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松戸店
2020/04/02

千葉県松戸市 浮世絵の買取|歌川国貞 三代豊国|江戸っ子のトレンドを描く

浮世絵 歌川国貞 三代豊国 版画 買取り 買取専門店 くらや松戸店

 

 

こんにちは。

 

歌川国貞などの浮世絵をはじめ、

 

日本画古美術などの

 

買取専門店『くらや松戸店』です。

 

 

コレクションしていた浮世絵の買取をしてほしい

 

との事で、ご来店いただきました。

 

「友達から骨董品古美術品の買取を

 

『くらや松戸店』がしてくれるって聞いて…。」

 

との事。

 

先日、ご友人もご来店くださったようで、

 

安心して任せられると聞いて

 

ご来店くださったとも仰っていました。

 

 

早速、お品物を拝見させていただくと

 

江戸後期の絵師:歌川国貞のちの三代豊国

 

手懸けた作品木曽六十九驛、江戸名所図会、

 

今様押絵鏡、大日本六十余州等18点でした。

 

年数が経過した事による、

 

スレ汚れなどはありましたが問題ない範囲です。

 

当店でご提示できる最高の買取価格を

 

出させていただいたところ、

 

お客様にもご満足いただけました。

 

 

日本を代表する美術品としても知られ、

 

世界の人々に愛された浮世絵

 

近年では、

 

無関心だったアジア諸各国にも

 

注目されるようになりました。

 

浮世絵が国際的に知られるようになったのは、

 

19世紀後半から20世紀初頭にかけ

 

西洋社会に巻き起こった日本ブームからです。

 

いわゆるジャポニズムがトレンドになりました。

 

モネやドガ、ゴッホやピカソまで、

 

浮世絵の美学に魅せられ熱狂します。

 

 

この頃の日本といえば開国したばかり、

 

欧米との文化の違いに目を奪われました。

 

その間に浮世絵の版画や肉筆絵の多くは、

 

海外へ流出してしまったのです。

 

そうした事もあり、

 

欧米の主要な美術館や博物館のほとんどには

 

浮世絵が所蔵されています。

 

悲しい出来事のように思われますが、

 

浮世絵の流出こそが海外での日本への理解に貢献し、

 

現在でもその役割を果たし続くてくれている

 

存在となっているのです。

 

 

今回は、お買取した浮世絵についてお話いたします。

 

 

 

◆◇時代が生んだ江戸っ子の浮世絵◇◆

 

 

浮世絵は、

 

1656年の明暦の大火以降に誕生したと

 

いわれています。

 

江戸の城下町をほとんど焼き尽くした後、

 

復興していく町と共に日々生まれ変わる

 

トレンドを絵画化したのが浮世絵の始まりでした。

 

浮世絵という言葉はこの頃、

 

自然に発生した流行語です。

 

浮世という言葉の語源は、

 

憂世(つらい世の中)と表されるのが一般的でした。

 

しかし、復興景気に沸く風潮の中で、

 

「つらい世の中だからこそ

 

浮き浮きと楽しく暮らそう。」と

 

考えるようになってきます。

 

古くは公家や武士などの富裕層を相手に

 

描いていたプロの画家たちは、

 

庶民の日常をとらえた近世初期風俗画を

 

描くようになりました。

 

浮世絵は、

 

そんな時代の中で生まれた

 

庶民のエンターテイメント。

 

いまの世の中をそのまま受け止め、

 

町で話題の美女はもちろん、

 

遊女や歌舞伎役者、力士に火消し、

 

各地の風景など様々なジャンルが描かれました。

 

浮世絵の主題は、

 

過去や未来よりも今を描くことにあったのです。

 

 

江戸は徳川幕府が存在する天下の城下町。

 

多くの武士達の生活を成り立たせるため、

 

江戸にはいろんな地域から町人が集められ、

 

その数は、1693年では約354,000人、

 

1718年には約535,000人に増えていきました。

 

江戸っ子の「宵越しの金は持たねぇ。」

 

という啖呵は、

 

常に町人が現金収入を得る道が

 

開かれていたからでした。

 

消費するという文化の中、

 

浮世絵は注文が入ってから制作するのではなく、

 

既製品としてあらかじめ

 

作られた品が売られていました。

 

今でいうところのファッション誌やポスター、

 

ブロマイドといったトレンドを

 

先駆けるマスメディアだったのです。

 

 

また、地方から江戸へ来る人も多く、

 

江戸に駐在する諸国の藩士達や農民、

 

商人達は国に帰る際の土産とし、軽くて安く、

 

美しい浮世絵は恰好の土産物として喜ばれました。

 

地方では、

 

浮世絵を通称で江戸絵とも読んでおり、

 

江戸という特殊な大都市だからこそ

 

発展した独特の美術品でした。

 

 

浮世絵には、

 

絵師が紙や絹に直接書いた一点物の肉筆画と

 

版をおこして大量に和紙に摺った木版画の

 

2種類があります。

 

浮世絵は、

 

木版画を主な表現手段として選んだことも

 

発展した大きな要因の一つです。

 

一枚の版画から何百枚、

 

何千枚と沢山の複製を摺る事ができました。

 

これにより、

 

庶民に絵画を鑑賞する事の喜びを与えたのです。

 

版元(今でいう出版社)は、

 

利益を優先し世の中の流行に常に

 

敏感に反応しました。

 

現在のマスコミの前身ともいえます。

 

江戸の人々は浮世絵を紅絵(べにえ)、

 

錦絵(にしきえ)と呼び親しみ、

 

江戸っ子のなによりの自慢であり、

 

誇りでした。

 

 

 

◆◇幕末浮世絵界のパイオニア歌川国貞◇◆

 

 

浮世絵後期に活躍した絵師です。

 

役者絵や美人画を数多く描いた

 

人気浮世絵師の歌川国貞は、のちの三代豊国

 

当時No.1の浮世絵師で、

 

国芳や広重より人気がありました。

 

1786年江戸本所五ツ目の渡船場の株を持つ

 

裕福な家庭に生まれ、

 

10代半ばで歌川豊国に弟子入りすると、

 

20代前半から79歳で亡くなるまで

 

江戸で大人気の歌舞伎の舞台を描いた役者絵や

 

本の挿絵を発表し、

 

美しい女性を描いた美人画は特に名声を博しました。

 

遺した作品数も浮世絵師の中でも随一の制作枚数で、

 

万を超えるのではないか…との説があるほどです。

 

毎月上映される芝居や人気の遊女の姿を

 

次々に浮世絵にしていきました。

 

数多くの作品を残した歌川国貞は、

 

江戸の報道カメラマンといえるでしょう。

 

 

役者絵や美人画で名声を得た歌川国貞ですが、

 

それ以外にも独創的な武者絵や風景画など

 

歌川広重とはまた違った色彩や感覚が観る者を

 

魅了します。

 

現代にも通じるようなデザインセンスは

 

秀逸です。

 

 

三代豊国を襲名してからの歌川国貞は、

 

門人も増え版元からの注文も殺到し作画量も

 

この時期にピークに達していました。

 

主要なところを歌川国貞が描き、

 

他は弟子に任せる分業による作品もありました。

 

多くの作品を作ったことにより、

 

絵の質が低下したことは否めませんが

 

庶民の期待に応えるべく、

 

幕末の浮世絵大量生産時代をささえたのです。

 

 

江戸時代には人気No.1だった歌川国貞でしたが、

 

現在では同じころ活躍していた

 

歌川広重や歌川国芳の方が知名度は

 

高くなっています。

 

 

しかし、

 

歌川国貞の作品を実は多くの人がめにしています。

 

ご存知でしたか?

 

例えば、

 

江戸文化を紹介する本やTV番組では

 

歌川国貞の絵がよく使われています。

 

スパゲティをウリにした某飲食店では、

 

東海道五十三次之内 京 石川五右衛門の顔が

 

使用されており、

 

江戸が感じられる身近な浮世絵師歌川国貞

 

いえるかもしれませんね。

 

 

 

◆◇世界中に知られる浮世絵◇◆

 

 

鎖国をしていた日本の浮世絵

 

なぜ世界中に評価され、

 

各国の美術館や博物館に所蔵されることに

 

なったのでしょうか。

 

 

江戸時代、

 

唯一の外交関係にあったオランダを介して

 

海外へ漆器や陶磁器などを輸出していました。

 

その陶磁器等を包んでいた

 

梱包材の浮世絵が評判となり、

 

美術品として浮世絵版画を買い求める

 

西欧人の交易者がいたからといわれています。

 

 

日本では浮世絵は梱包材に使われるほど、

 

どこにでもあるものだったのです。

 

細かく精密でフルカラーで印刷された物が、

 

梱包材になっている!

 

当時の西欧人からすると、

 

衝撃意外のなにものでもありませんでした。

 

その頃の海外に印刷技術が無いわけでは

 

ありませんでしたが、

 

色彩豊かな印刷物を楽しめたのは

 

富裕層のみに許さたのことだったのです。

 

 

この色鮮やかな印刷物の浮世絵を当時の日本は、

 

現在の価格で約400円、役者絵は約160円、

 

人気が落ちてくると約60円~120円の安値で

 

買う事ができました。

 

庶民がフルカラーの印刷物を気軽に楽しめたのは、

 

世界中でも日本だけです。

 

 

幕末以降、海を渡った浮世絵は、

 

たちまち人気となり当時の日本では

 

考えられないような高値で

 

取引されるようになりました。

 

浮世絵好きで有名なゴッホは

 

熱心なコレクターでした。

 

オランダのゴッホ美術館には、

 

ゴッホとテオが所有した477点の浮世絵

 

所蔵されています。

 

大胆な構図と鮮やかな色彩は、

 

印象派を代表する若き日の巨匠たちに影響を与え、

 

西洋の人々を魅了したのでした。

 

 

 

◆◇浮世絵の査定買取◇◆

 

 

高値でお買取させていただくには、

 

浮世絵の品質を保つ保管方法は大切ですので、

 

ポイントをご紹介いたします。

 

 

日光はもちろんですが、

 

室内の蛍光灯からも紫外線は発生するので

 

直接当たらないところへの保管することは大事です。

 

フォルダーや保存用の箱に入れることを

 

お勧めします。

 

 

虫喰いにも気をつけなければなりません。

 

温度や湿度を一定にし、風を通しましょう。

 

 

作品同士がこすれたり、

 

直接手が触れる機会を減らすため

 

1点に1フォルダー用意し、

 

作品を平らに保つことが理想的です。

 

傷みを出さない為にも、

 

今後保管に自信がないという方は早めに

 

買取をしてもらうことをお勧めします。

 

 

また、浮世絵が傷んでいるから…と

 

ご自身での修復はしないでください。

 

査定額が減額したり、

 

もしかするとお買取させていただくことが

 

難しくなってしまうこともあります。

 

傷んでいても査定は可能ですので、

 

そのままの状態で拝見させてください。

 

ホコリや少し叩けば

 

取れそうな汚れも軽くで大丈夫です。

 

浮世絵に傷をつけない事を優先にお考えください。

 

 

誰の作品かわからない浮世絵

 

価値が分からない浮世絵など、

 

是非ご相談ください。

 

浮世絵に限らず、

 

気になるものは一緒にお持ちいただければ、

 

プロの鑑定士が価値を見極めます。

 

 

皆様からのお電話・ご来店を

 

心よりお待ちしています。

 

 

 

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店舗:くらや 松戸店
住所:千葉県松戸市常盤平3丁目9-19

電話:047-712-0215

営業時間:10:00~18:00

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