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松山店
2020/08/27

愛媛県松山市 掛け軸の買取|愛媛県の書家・日本画家 伊予三筆~近現代の書家 著名な画人

9:03 am

 

こんにちは。
日本画や書画をはじめ、掛け軸などの買取専門店『くらや松山店』です。

 

今回は掛け軸についての説明をはじめ、愛媛県を代表する著名な書画や日本画家、書家や画人のご紹介をいたします。

掛け軸 書・日本画 近世以降の…

掛け軸というと山水画を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?これは江戸時代以降もっとも流行した文人画の影響があり、当時の武家や裕福な商人、地方の名主など教養のある層に好まれ多く描かれてきた結果、今でも旧家には本当にたくさんの数の山水画が残っています。

 

さて、掛け軸とは表装の仕方のことをいい、主に書や東洋絵画まれに版画などを表装し、鑑賞目的で床の間などに掛けて楽しめ、また保管や運搬も容易で古くから普及してきました。掛け軸の歴史は古く、その起源は中国北宋時代に遡るといわれています。当時は仏画など礼拝用の絵画を掛けやすく、保管もし易く持ち運びも簡単であることから大いに普及したそうです。

 

日本で掛け軸が普及したのは、鎌倉時代になり中国から渡ってきた水墨画が大いに流行したのが始まりと考えられています。仏教絵画の優品が多く残されているのもこの鎌倉時代で、素晴らしい水墨画や仏画が掛け軸のかたちで伝世しています。

 

室町時代に入り〈茶の湯〉で使われる掛け軸が登場し、床の間には水墨画が掛けられるようになりました。千利休により掛け軸が重要視されてくると、茶人の間で掛け軸の需要が爆発的に増えていき、季節や場所、来賓客にあわせ掛け軸を取り替え楽しむようになり、真行草といった格式の考え方を掛け軸で表現するようにもなります。

 

江戸時代以降は、より多くの人々が日本画を楽しむようになり、山水画や花鳥画、墨蹟や古筆、和歌・短冊や消息文、肉筆浮世絵などが掛け軸として登場していきました。明治時代から大正期にかけ、日本画は益々発展し、昭和時代に入ると文展や日本美術院といった官公庁主催の展覧会が大いに開催され、最も日本画が発展していき、今日でも著名な日本画家が多数登場していくことになりました。

 

掛け軸は時代と共に芸術性価値を高めていき、より多くの人々に普及した為、現在でも多くの旧家に残されています。美術的価値の高い希少な古画や高僧の墨蹟、大名など武家の書や中国渡来の唐画、地元で有名な書画家といった価値が高いと思われる掛け軸から、近在の文人や嗜みのあった方の書画等まで、本当に数多くの様々な掛け軸が100年以上の時を経て伝わってきています。掛け軸は容易に鑑賞でき保管にも適した表装のことでした。

愛媛県の書家や俳人

伊予国(現愛媛県)は古くから海上交通の便がよく、大山祇神社や石鎚山など信仰の的があり、保養所としての道後温泉が有名だった為、多くの訪問者とりわけ文学者や芸術家が集る要素がありました。従って多くの著名人の書画が残されています。俳人を中心とした作品が多く、県内にも多くの優品が伝わっています。

 

また、松山藩主松平家は伝統的に書を愛で、藩主自らも能筆で、藩内からは多くの能書家を輩出しています。中でも〈伊藤子礼〉、天徳寺の〈蔵山和尚〉、円光寺の〈明月和尚〉は《松山の三名筆》と呼ばれ特に有名です。松山藩では、他にも松山藩校明教館の儒者〈日下伯巌〉、門下の〈武知五友〉、僧明月や懶翁と共に伊予三筆と称される〈三輪田米山〉、その弟の〈三輪田高房〉〈三輪田元綱〉など数多くの名筆家を出しています。

 

宇和島藩の伊達家、西条藩の松平家、今治藩の松平家、大洲藩の加藤家でも各大名が文化芸能を推奨していたため、大いに書も栄えていました。宇和島藩主の〈伊達宗紀(号:春山)〉や〈伊達宗城(号:南洲)〉を中心に、宇和島藩儒者の〈上甲振洋〉、伊予宇和島大隆寺の高僧〈晦巌道廓〉などの能書家が知られています。

 

近世以降の名筆として数多くの俳人を輩出しているもの愛媛県の特徴といえるでしょう。

 

簡単に紹介するだけでも、日本を代表する俳人の〈正岡子規〉、近代俳壇の最高峰〈高浜虚子〉、〈河東碧梧桐〉はあまりにも有名で誰もが聞いたことのある著名人です。その他にも松山で没した〈種田山頭火〉、金石家の〈後藤朝太郎(号:石農)〉、松山坊っちゃん会設立の〈桜井忠温〉、正岡子規晩年の弟子〈森田雷死久〉、日露戦争時の軍人〈秋山真之〉、松山道後温泉にも来遊した〈日下部鳴鶴〉等々、愛媛県にゆかりのある俳人はとても多く、またその作品も多く残っています。

 

そして、戦前戦後と長く活躍されたとても有名な書家がいます。現代の名筆家〈松本芳翠〉です。愛媛県伯方島出身の松本芳翠は、大正3年、日下部鳴鶴に師事し、大正11年、平和記念東京博覧会で一等賞金牌を受賞しました。戦後は昭和23年より日展審査員、昭和44年には日展参与となり、近代日本書道の中心人物の一人として活躍しました。楷書の名人〈松本芳翠〉は愛媛県人ならば必ず知っておきたい書家だと思います。

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愛媛県の日本画家

伊予国(現愛媛県)に所縁のある絵師として面白い人に「加藤文麗」がいます。文麗は伊予大洲藩主加藤泰恒の子として宝永3年に生まれ、後に旗本の養嗣子となり家督を継ぎましが、武芸より画を好み、なんと狩野常信について狩野派を学びました。そしてあの〈谷文晁〉が12歳のころ狩野派の画法を教えていたのです。大名の家に生まれ画人として名を遺した数少ない存在といえるでしょう。

 

また、幕末から明治期かけて愛媛県は多くの著名な画人を輩出しています。中林竹洞に画を学び明治3年中国にわたり南画派の胡公寿に学んだ〈天野方壺〉は特に有名です。

 

他にも大正から昭和にかけて活躍した日本南画院の〈河野秋邨〉、ユニークな巨匠として是非とも覚えておきたい人気画家〈高畠華宵〉は、戦前の少年少女雑誌や婦人誌などの挿絵を描き、その独特な画風はモダンで洒落ていて、竹久夢二と並び一躍人気の画家となりました。当時の雑誌や封筒の挿絵から双六の図案など様々な作品を残し、今でもよく目にすることがあります。戦前の有名画家で〈矢野橋村〉は今治の生まれで戦前の南画界の重鎮でした。

 

昭和に活躍した県内の著名な画家として、横山大観に師事し後に日展参事となった〈大智勝観〉、速水御舟に師事し法隆寺金堂の壁画模写にも参加した〈高橋周桑〉、矢野橋村の甥〈矢野鉄山〉も戦後日展で活躍されていました。昭和から平成にかけては、金島桂華に師事し日展でも活躍した〈黒光茂樹〉らが存在しています。

 

瀬戸内に面した風光明媚な土地柄、そして道後温泉にくる多くの文人芸人らの影響を受け、愛媛県は多くの有名画家を輩出しています。

価値ある掛け軸について

では、価値ある掛け軸とはどのようなものがあるのでしょうか?

 

勿論、一番重要なことはその掛け軸を誰が書いたのか?そしてその題材・画題はなにを表現しているものなのか?だと思います。まずは作品としての完成度や希少性といった要素が大事です。地方画家よりも全国的に有名な画家の方が価値が高いのは当然といえるでしょう。《美術年鑑》や《美術名典》には物故作家から現代作家までの膨大な数の作家作品の評価額が記載されていますので価値を調べる参考になります。

 

次に作品の真贋鑑定の問題が出てきます。これは長年の経験や豊富な知識をもった専門の鑑定士の出番です。一朝一夕にその審美眼を会得することは出来ません。より多くの本物に触れ、売買として扱い、常日頃から勉強を重ねることで身に付いていきます。どんなものを扱っているのか、鑑定には実績の豊富な鑑定士の判断が必要になるでしょう。

 

それでも簡単に見分ける方法はないのか?とよく聞かれます。

 

参考程度になりますが、大まかに判断できる要素はいくつかあると思います。 それは〈箱〉〈表装〉〈伝来〉を見ていくことです。まず、掛け軸が収まっている〈箱〉ですが、箱蓋には題名が書かれていることが多く、その題字を書いている人が作者本人だと〈共箱〉、弟子や近親者、数寄者が鑑定して箱書したものを〈識箱〉や〈〈鑑定箱〉といいます。

 

大事にされてきた掛け軸の中には掛け軸箱をさらに箱に収めた〈二重箱」している場合もあります。価値ある掛け軸は概ね良い箱に収まっています。パッと見てすっきりとした丁寧な仕事がされている掛け軸箱は良いものが入っていることが多いでしょう。

 

次に〈表装〉ですが、日本画の表装で多く使われている伝統的な〈大和表装〉、文人画風の絵画では〈文人表装〉に仕立ててあることが多いと思います。表装の布を裂地といい代表的なものに〈緞子〉と〈金襴〉があります。近代著名作家の作品は裂地にもこだわりがあり、上質なものを使う傾向にあります。伝来の古い掛け軸でも豪華な金糸本金襴が使われているものがあり、しっとり荘厳が雰囲気を醸し出しています。

 

表装の一部である軸先も良し悪しの参考になります。軸先は軸頭ともいい、掛け軸をまく軸棒の両端の出っ張っている部分の事です。軸先は様々な素材が使われており、代表的なものでは鹿角、紫檀、石材などがあります。最近のインテリア掛け軸では樹脂製のものが使われています。良い掛け軸の多くは軸先も高級素材が使われています。

 

9:03 am

最後に〈伝来〉とは?
日本では掛け軸の文化は古くからあり、多種多様の掛け軸が旧家に伝わっています。昔から古いお宅に残っている伝わってきたものを伝来物と言います。江戸時代以前から大切に伝来してきた掛け軸には、謂れや所持者の変遷を書いた〈添状〉や、江戸時代の鑑定書となる〈極め札〉が一緒になっています。珍しいところでは明治から大正時代に盛んにおこなわれた旧大名家の蔵品売立会の〈落ち札〉が残っていることもあります。昔の大名家が所持していた掛け軸なんて夢がありますよね。こいったものは〈〇〇伯爵家伝来〉として紹介されることになります。

 

以上、価値ある掛け軸は、まずは〈作品の出来〉と〈作者(誰が書いたものなのか)〉が一番の判断材料になります。そして作品の真贋も大事ですが、これは難しいところで専門鑑定士の見識が必要です。容易に目利きになる事は出来ませんが、一般の方でも箱や表装、伝来などの様子で良し悪しを推測することは可能なので、もしご自宅に古い掛け軸があれば是非一度見てみると面白いでしょう。

 

『くらや松山店』は、経験豊富なプロの鑑定士がプレミアのあるお品物には付加価値をつけて買取をする買取専門店です。迷った時はプロの鑑定士に査定してもらう事をお勧めしておりますので、是非ご相談ください。

 

お客様からのお電話・ご来店をお待ちしております。

 

 

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