
もくじ
「実家の片付けをしていたところ、箱に入った絵が何点か出てきました。父が昔購入したものだと思いますが、私たちには作者も価値も分からないので、一度見に来てもらえませんか。」
今回ご紹介するのは、伊予市にお住まいのお客様からいただいた、絵画の出張買取のご相談です。
お客様は、ご家族でご実家の片付けを進める中、応接間や廊下、押し入れなどに保管されていた複数の絵画を見つけられたそうです。中には長年壁に飾られていた作品もあれば、購入時の箱に収められたまま、ほとんど飾られることなく保管されていたものもありました。
お父様は絵がお好きで、百貨店や画廊の展示会へ足を運ばれていたそうです。しかし、ご家族も、いつ・どこで購入したものなのかまでは分からないとのことでした。
サイズの大きい絵もあり、店頭への持ち込みが難しいため、出張買取を依頼したとのことでした。
後日、お客様のご都合に合わせて伊予市のご実家へお伺いし、残されていた絵画を一つずつ確認させていただきました。
お部屋には、日本画や版画など、さまざまな作品が保管されていました。
その中にあったのが、平山郁夫のリトグラフの作品です。
平山郁夫は、戦後の日本画壇を代表する画家の一人です。シルクロードや仏教遺跡、古都、瀬戸内海などを題材にした作品で広く知られ、現在も高い知名度と人気があります。
お客様も平山郁夫という名前はご存じでしたが、お父様の残した絵の中に平山郁夫の作品が残っているとは思われていなかったようでした。
平山郁夫の作品には、日本画の肉筆作品だけでなく、原画をもとに制作されたシルクスクリーン、リトグラフなどの版画作品も存在します。版画は複数部制作されるため、一般的には、肉筆画よりも評価は低くなります。しかしながら、作家本人が監修した作品や、署名やエディションナンバーが入った作品には、美術品としての価値があるのです。
今回拝見した作品についても、まず作品全体を確認した後、余白に記された署名、エディションナンバー、制作技法、発行元に関する表記などを丁寧に確認しました。
さらに、額の裏側やタトウ箱も確認していきます。依頼の作品には、発行元や限定部数などが記載されたシールが貼られており、評価する際の資料として役立ちました。絵画は作品だけで判断するのではなく、購入時の資料や箱、作品に貼られた共シールなども含めて確認することが大切です。
作品には若干の経年変化が見られたものの、大きな傷みはなく、署名やエディションナンバーも確認できました。平山郁夫らしい静かな色彩と奥行きのある風景表現が感じられる作品で、現在の市場での需要や同種作品の取引状況なども踏まえて評価をお伝えしました。
お客様からは、
「父が気に入って購入したものなので、価値の分かる方に見てもらえて安心しました。自分の家では飾る場所もなく、どうやって処分を進めていこうか悩んでいましたが、今回お願いして本当に良かったです。」
とのお言葉をいただき、ほかの絵画とあわせてご成約となりました。
今回の出張買取では、平山郁夫のリトグラフをお買取りさせていただきました。次章では、日本画壇を代表する画家の平山郁夫についてご紹介したいと思います。
平山郁夫は、昭和から平成にかけて活躍した日本画家です。
壮大なシルクロードの風景、砂漠を進むラクダの隊商、仏教遺跡、古都の寺院などを描いた作品で広く知られています。静けさをたたえた青や緑、深い群青色を用いた作品も多く、一目見て平山郁夫の作品だと感じられる独自の世界を築きました。
瀬戸内海に囲まれた生口島で生まれる
平山郁夫は、1930年6月15日、広島県豊田郡瀬戸田町、現在の尾道市瀬戸田町に生まれました。
生まれ育った生口島は、瀬戸内海に浮かぶ自然豊かな島です。穏やかな海と島々が重なり合う風景、古い寺院や信仰に触れる環境は、後の平山芸術に大きな影響を与えました。
平山郁夫は、生涯を通して瀬戸内海の風土を自らの芸術の原点としていました。実際に、晩年まで瀬戸内海や故郷の風景を題材にした作品を数多く残しています。
15歳で経験した広島への原爆投下
平山郁夫の人生と画業を語るうえで欠かすことができないのが、広島での被爆体験です。
1945年8月6日、当時15歳だった平山郁夫は、勤労動員先の広島市内で原子爆弾の投下を経験しました。爆心地から比較的近い場所にいながら九死に一生を得ましたが、目の前に広がる惨状は、その後の人生に深い影響を残しました。
この体験は、後に平山郁夫が「平和への祈り」を作品に込める大きな原点となります。
ただし、平山郁夫は原爆の惨状を直接的に繰り返し描くのではなく、仏教やシルクロード、歴史的な文化遺産などを通して、人間の命や文明のつながり、平和への願いを表現しました。
静かな画面の奥に込められた祈りこそが、平山作品の大きな特徴といえるでしょう。
東京美術学校で日本画を学ぶ
戦後、平山郁夫は東京美術学校、現在の東京藝術大学へ進学し、日本画を学びました。
卒業後は、日本画家・前田青邨に師事します。前田青邨は、歴史画や人物画で知られる近代日本画の巨匠です。平山郁夫は前田青邨のもとで、日本画の伝統的な技法や構図、歴史を題材にする姿勢を学びました。
1953年には「家路」が院展に初入選します。
しかし、初入選後すぐに画家としての評価が確立したわけではありません。入選と落選を繰り返しながら、自分が生涯を通して描くべき題材を模索する時期が続きました。
転機となった「仏教伝来」
平山郁夫の画業における大きな転機となったのが、1959年に発表した「仏教伝来」です。
この作品は、インドで生まれた仏教が、長い年月と道のりを経て日本へ伝わってきた歴史を題材にしています。
平山郁夫は、仏教伝来の道を単なる歴史上の出来事としてではなく、人から人へ思想や文化が受け継がれていく壮大な流れとして捉えました。
「仏教伝来」をきっかけに、平山郁夫は日本文化の源流を求めるようになります。そして、その関心は中国、中央アジア、インド、中東へと続くシルクロードへ向かっていきました。
シルクロードを生涯の題材に
1968年以降、平山郁夫はシルクロード各地を実際に訪れ、遺跡や風景、人々の暮らしを取材するようになりました。
シルクロードとは、古代から東洋と西洋を結んできた交易路の総称です。絹や香辛料などの品物だけでなく、仏教をはじめとする宗教、芸術、技術、思想など、さまざまな文化がこの道を通って伝えられました。
平山郁夫は、砂漠の中に残る遺跡や、夕暮れの大地を進むラクダの隊商を描きながら、長い歴史の中で人々が築いてきた文化のつながりを表現しました。
平山郁夫シルクロード美術館によると、その取材旅行は160回を超えたとされています。現地を訪れ、自分の目で風景や光、空気を確かめることを重視していたことが分かります。
平山郁夫のシルクロード作品には、昼間の強い日差しを受けた砂漠だけでなく、月明かりに照らされた夜の風景や、青い空の下に広がる遺跡なども多く描かれています。
特に、深い青色を用いた幻想的な作品は広く知られており、壮大な風景の中に人間やラクダを小さく描くことで、自然と歴史の大きさを感じさせます。
教育者として東京藝術大学学長を務め、文化財を守る活動にも尽力
平山郁夫は、画家として制作を続ける一方、後進の育成にも力を注ぎました。
長年にわたって東京藝術大学で教鞭を執り、1989年から1995年まで学長を務めています。その後、2001年から2005年まで再び学長に就任しました。
また、1996年には日本美術院理事長に就任し、日本画壇の発展にも大きく貢献しました。
平山郁夫の功績は、絵画制作だけにとどまりません。
シルクロード各地を旅する中で、戦争や紛争、盗掘、経済的な事情によって貴重な文化財が失われていく現実を目にした平山郁夫は、文化財を国境や民族を超えた人類共通の財産として守る活動に取り組みました。
その活動の一つとして知られているのが「文化財赤十字構想」です。
人命を救う赤十字のように、危機にさらされた文化財を国際的な協力によって守ろうという考えで、アフガニスタンをはじめとする各地の文化財保護に力を注ぎました。
ユネスコ親善大使や世界遺産担当特別顧問なども務め、文化を通じた国際交流と平和の実現を訴え続けました。
1998年には、長年にわたる画業と文化への貢献が認められ、文化勲章を受章しています。
2009年12月2日、79歳で亡くなりましたが、平山郁夫が残した作品と文化財保護への思いは、現在も美術館や関係団体によって受け継がれています。
リトグラフを評価する際は、作者や絵柄の人気だけでなく、署名やエディションナンバー、保存状態、付属資料など、複数の要素を総合的に確認します。ここでは、鑑定士がリトグラフを評価する際に確認している主なポイントをご紹介いたします。
署名とエディションナンバー
リトグラフ作品では、作品の余白に鉛筆などで作家の署名が記されていることがあります。
また、「25/150」のような数字が入っている場合は、150部制作されたうちの25番目であることを示しています。これをエディションナンバーと呼び、版画作品を確認する際の大切な情報の一つです。
ただし、署名やエディションナンバーが入っているという理由だけで、作品の評価が決まるわけではありません。過去には署名やエディションナンバーを偽造した複製品が出回ったこともあります。そのため、署名の位置や表記、印刷の状態、発行元、作品名、制作された時期などもあわせて確認することが大切なポイントとなります。
また、同じ作品名のリトグラフであっても、制作された版や発行元が異なる場合があります。そのため、作品全体だけでなく、余白部分や額の裏側に記載された情報まで丁寧に確認することが大切です。
作者・絵柄・作品名
リトグラフの評価では、誰が手掛けた作品なのかが重要なポイントになります。
またその作家の代表作かどうかも重要なポイントです。作家を代表する題材や人気のある作品、流通量の少ない絵柄などは、需要が高くなる傾向があります。
平山郁夫の場合は、シルクロードやラクダの隊商、仏教遺跡、古都、瀬戸内海などを題材にした作品が広く知られています。特に、平山郁夫らしい深い青色や静かな風景表現が感じられる作品には、現在も根強い人気があります。
また、同じ作家による同じ題材の作品でも、作品の大きさ、色彩、構図、制作部数などによって評価が異なることがあります。そのため、作者名だけで判断するのではなく、作品名や絵柄の人気、現在の市場での需要まで確認していきます。
作品の保存状態
紙に制作されたリトグラフは、湿気や紫外線、保管環境の影響を受けやすい美術品です。
長年壁に飾られていた作品では、紙の変色、シミ、日焼け、波打ち、カビなどが生じることがあります。額に入った状態で保管されていても、湿気が内部にこもったり、日光や照明によって色あせが生じる場合があります。
多少の経年変化や汚れが見られるからといって、すぐに価値がなくなるわけではありませんが、状態によっては評価に影響する場合があります。
しかし、ご自身で無理に額から外したり、汚れを落とそうとしたりすることはおすすめできません。作業中に作品を傷めてしまうだけでなく、かえって評価を下げてしまう可能性もあります。気になる汚れや変色がある場合も、そのままの状態でご相談いただくことをおすすめいたします。
証明書・共シール・タトウ箱(差し箱)
購入時の証明書や発行元の資料、作品名などが記載された共シール、タトウ箱(差し箱)などの付属品は、作品の詳細を確認するための大切な手掛かりです。
作品だけでは作者名や作品名、制作技法が分かりにくい場合でも、共シールや証明書、タトウ箱(差し箱)の記載から、情報を確認できることがあります。
また、箱や証明書に汚れや傷みがあっても、作品に付属する大切な資料です。処分せず、作品と一緒にご相談いただくことをおすすめいたします。
リトグラフを評価する際は、作者や作品名、技法、エディションナンバー、保存状態、証明書や共シールなどの付属資料を一つずつ確認し、総合的に評価いたします。
今回、伊予市で拝見した平山郁夫のリトグラフについても、作品全体の状態だけでなく、署名やエディションナンバー、共シール、タトウ箱(差し箱)などを確認し、現在の市場での需要を踏まえて評価いたしました。
本記事では、伊予市でご相談いただいた平山郁夫のリトグラフの出張買取エピソードをもとに、平山郁夫の歩みや作品の魅力、そしてリトグラフを評価する際のポイントについてご紹介しました。
平山郁夫は、日本画壇を代表する画家として数多くの名作を残しており、肉筆画だけでなく、リトグラフなどの版画作品も現在まで多くの方に親しまれています。そのため、作品によっては現在でも需要があり、美術品として評価されるものも少なくありません。
ご実家の片付けや遺品整理、生前整理では、「価値があるか分からない」「飾る機会がなくなった」「箱に入ったまま保管している」といった絵画が見つかることもあるでしょう。自己判断で処分してしまう前に、一度専門の鑑定士へご相談いただくことをおすすめいたします。
買取専門店 くらや 松山店では、平山郁夫をはじめとする日本画や、リトグラフ・シルクスクリーンなどの版画作品、洋画、掛軸、美術品など幅広く取り扱っております。店頭買取はもちろん、持ち運びが難しい作品につきましては出張買取にも対応しておりますので、お気軽にご相談ください。