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日暮里店
2023/04/18

東京都荒川区 茶道具の買取|名物 伝来物|目利きの鑑定士が価値をしっかり見極めます

12:00 am

はじめに

こんにちは。茶道具や掛け軸、骨董品の査定・買取を行っている買取専門店『くらや日暮里店』です。「亡くなった母が大切にしていた茶道具。茶道が大好きな母が集めたものだからこそ、きっと価値があるはず」「他の買取店では二束三文の査定額を付けられた。絶対に良いものだから、知識のある鑑定士に査定を依頼したい」という方は、是非『くらや日暮里店』へご連絡ください。

 

茶道具には、捨てるものはひとつとしてありません。茶道具を保管する共箱や共布も、査定時に評価を左右する大切な付属品。かさ張るからと捨ててしまうお客様も多くいらっしゃいます。茶道具の付属品は高価買取に繋がるカギとなりますので、お持ちの方はご来店時に一緒にお持ち込みください。

 

過去に一度でも茶道具を買取店へ持ち込まれた方なら、「箱はありませんか?」「どこで手に入れましたか?」「購入したのはどなたですか?」などと質問されたご経験があるかと思います。なぜその様なことを確認されるのか、不思議に思う方も多いはず。

 

こういった質問は、実は茶道具の買取において非常に大切なことなのです。日本の骨董品、とりわけ茶道具には〈伝来物〉と呼ばれるものが多く存在します。茶道具を保管する共箱や、お道具に付いている付属品は、我々プロの鑑定士が正確に鑑定を行うための材料となるのです。

 

作家名や落款、道具の銘などが確認できれば、その茶道具が歩んできた履歴を知ることができます。誰がつくり、どんな人の手に渡って来たのか…これらを知ることは、お客様の大切な茶道具にしっかりと見合った価値をお付けする上で大切なのです。

 

茶道具の高価買取は、茶道具に関する専門の知識を持った鑑定士が在籍する『くらや日暮里店』へお任せください。買取経験が豊富なプロの鑑定士がひとつひとつ丁寧に査定し、高価買取を実現します。

仏教と茶道具

紀元前に中国から始まったお茶の歴史。平安時代初期に編纂された勅撰史書・日本後記には、〈嵯峨天皇に大僧都永忠が近江の梵釈寺において茶を煎じて奉った〉と書かれています。国内における日本茶の喫茶に関する記述としては、これが初であったようです。

 

茶道具の伝来には、仏教が深く関わってきます。日本に仏教が伝来したのは、お茶の伝来から更に遡ること数百年。6世紀半ば頃のことでした。多くの僧が仏教を学ぶべく中国へ渡り、帰国時には経典などと一緒に茶道具を持ち帰りました。

 

時代を超えて様々な人の手に渡り、大切に保管され、現代の私達に伝えられている茶道具。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などといった天下人も、名高い茶道具を数々手にしてきました。茶入や茶碗、釜や香炉などは、財力と絶対的権力を示す役割を担う道具だったのです。

 

茶の湯は、俗世を離れた空間を理想とします。いわば仏教の修行のような生活とも言えるでしょうか。茶道のお稽古は、頭というより体を通して会得していくものですが、その方法は座禅を組みながら修行を深めていく方法に大変よく似ています。

 

茶の湯の精神をあらわす言葉として大切にされてきた禅語も、茶道具を語る上で大事なポイントです。禅宗の僧侶(禅僧)が語ったとされる〈日日是好日〉や〈一期一会〉といった言葉は、墨跡となり床の間に掛けられます。茶道における掛け軸は、茶席の趣旨や主人のメッセージを伝えるための道具なのです。

12:00 am

名物

茶道具の中には〈名物〉と呼ばれるものがあります。名物とは、その道具自体の価値はもとより、所持者や伝来によって別格のものとして分類するべく登場した言葉です。

 

見た目が美しいもの、名高い人物が所有した由緒ある茶道具には、〈大名物〉〈中興名物〉〈名物〉という格付けがあります。この格付けには諸説あり、三千家の始祖である千利休以前の道具を大名物と呼ぶ場合もあれば、名物の中の上位格の道具を大名物とし区別することもあるようです。

 

天下三肩衝と呼ばれた茶器〈楢柴肩衝〉〈新田肩衝〉〈初花肩衝〉や、茶入〈初花〉の他、〈曜変天目茶碗〉〈白天目茶碗〉〈唐物茄子茶入〉などは、大名物と呼ばれる代表的存在です。こういった逸品は、足利義政や織田信長、豊臣秀吉、徳川将軍家など、歴史上の名だたる大名達が所有したことで知られています。

 

また、利休の名が冠される茶道具の分類方法も特徴的です。利休が所持した、作った、作らせた、関わったとされる〈利休道具〉と、茶の湯の基本となった〈利休形〉に大別されます。

 

千利休の侘茶の創意を受けて制作された〈長次郎〉の作品などは、茶碗に拘りがある方なら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。手づくねと呼ばれる技法で焼かれた樂茶碗や水差、花入れなどは、二次流通の市場においても高い人気を誇ります。

茶の湯を重んじた武将達

12:00 am

客間に唐物の絵画や書を飾り、客をもてなしながら茶を楽しむ〈会所の茶〉が主流であった鎌倉時代。仲間内で風呂に入り汗を流した後、熱い茶を飲んで楽しみ酒宴を繰り広げる〈淋汗茶の湯〉が流行った室町時代。

 

こういった絢爛豪華な茶会を尻目に、禅の精神を取り入れ質素な草庵で茶をいただく〈侘茶〉が誕生しました。闘いが日常であった戦国時代。茶を点てて静かに喫することは、禅の精神にも通じ殺伐とした武将達の平常心を取り戻す手段でもあったのだそう。とりわけ織田信長と豊臣秀吉は、茶の湯を大きく発展させたことでも知られています。

 

織田信長と茶道具にまつわるエピソードとして、こんなことがあったそうです。茶人としても高名だった松永久秀は、信長軍に反旗を翻し、敗色が濃厚になると城に立て籠りました。

 

この時信長軍から「平蜘蛛釜を渡せば、命だけは助けてやる」と要求された久秀でしたが、「この釜だけは死んでも信長には渡さない」と申し出を断り、釜と一緒に火薬で爆死。衝撃的な最期を遂げたと言われています。

 

このエピソードからも分かるように、戦国武将にとって茶道具は実用品であると同時に、所有していることが権力の象徴になる、大切なステータスシンボルでした。信長はこれを利用し、名品を徹底的に買い集めます。

 

とはいえ、ただ並べて悦に入るだけで終わらないのが、織田信長の常人とは異なるところ。集めた名品は手柄をあげた家臣たちに与え、その茶道具を使って茶会を開く権利も与えたのだそうです。

 

このように、織田信長は家臣のプライドを刺激し、茶道具を信頼関係構築のための足掛かりとして利用したと言われています。後に秀吉が〈茶の湯御政道〉と名付けたこの仕組みは、茶の湯と政治が結びつく大きなきっかけになったようです。

 

信長が苦心して集めた名物たちは、本能寺で開かれたお茶会で披露されました。このお披露目会は本能寺の変が起こる前日に開かれたため、その殆どが信長と運命を共にし、焼失してしまう結果に…。

 

信長に次いで天下人となった豊臣秀吉も、千利休を茶頭にとりたてたことで知られています。ここから〈武道茶道〉の流派が始まり、織部流、遠州流、三斎流など、現代に続いていきます。

 

秀吉は信長以上に利休を重んじ、茶人としてのみならず、相談相手としても非常に頼りにしていたそうです。茶の湯を通じて築かれた利休の人脈は、秀吉にとって心強いものだったのでしょう。

 

ところが、何が原因だったのかは今でも謎に包まれていますが、この二人の間に不和が生じ、秀吉の逆鱗に触れた利休は切腹を命じられます。利休は京都にある聚楽屋敷内で、自害によってその生涯を終えたのだそうです。

 

信長や秀吉のほかにも、茶の湯の魅力に憑りつかれた戦国武将は数多く存在したと言われています。代表的なところで言えば、徳川家康や古田織部、石田三成、細川三斎などといった人物が有名です。中でも細川三斎は利休に師事し、利休に最も気に入られていた弟子だったようです。

まとめ

今回は、様々な人の手に渡り伝来された〈名物〉と呼ばれる茶道具についてお伝えしてきました。戦国時代に活躍した有名な武将達も、人心掌握のために茶道具を利用していたとは驚きでしたね。

 

観賞用としてだけでなく、実用品として現代まで伝えられている茶道具。誰が作ったかということだけでなく、〈誰が所有してきたか〉に価値が見出されるものはそう多くはありません。

 

自宅や実家の整理・片付け・掃除中に茶道具を見つけた場合は、捨ててしまわずに、その正しい価値を見極めることができる鑑定士に査定を依頼してみてください。茶道具には、一見して価値が分かりづらいものがたくさんあります。

 

「長年やってきた茶道教室をたたむことに。大切にしてきた価値ある茶道具、どうやって片付けたらいいだろう…」など、お手持ちのこだわりの茶道具が押し入れの奥に眠ったままになっていませんか?茶道具の査定・買取なら、専門知識のあるプロの鑑定士が在籍する『くらや日暮里店』に是非お任せください。

 

真贋判定をされたい方、売却をするのはまだ迷っているという方からのお問合せも大歓迎です。査定・相談は全て無料で行っております。「茶道具の専門店は敷居が高くて入りづらい…」と悩まれている方も、どうぞお気軽にお立ち寄りください。

 

皆様のご来店・お電話を、心よりお待ちしております。

 

 

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店舗:くらや 日暮里店
住所:東京都荒川区西日暮里2丁目18-10

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