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2026.07.30
松山店

【西予市】片岡球子のリトグラフを出張買取|片岡球子とは?代表作をご紹介|買取専門店 くらや 松山店

11:52 am

第1章|【西予市へ出張買取】病院の待合室に飾られていた片岡球子のリトグラフ

「父の遺品整理をしていて、絵画やその他、いろいろと見てもらいたいものが出てきたのですが、西予市まで来てもらうことは可能ですか?」

今回ご紹介するのは、西予市にお住まいのお客様からいただいた、絵画の出張買取のご相談です。

お父様は長年医師として病院を営まれており、患者様が過ごす待合室には、季節や雰囲気に合わせてさまざまな絵画を飾られていたそうです。

お父様が亡くなられた後、ご家族で病院やご自宅の遺品整理を進める中、院内に飾られていた絵画をはじめ、さまざまなものが見つかったとのことでした。

「父のものがいろいろ残っていて、私たちには価値が分からないものもあります。処分する前に、一度見てもらった方がいいのではないかと思いまして。」

お客様はそう話されていました。

絵画は額に入った大きなものも多く、そのほかにも木箱に入った品や贈答品などがあるため、一度に店頭まで運ぶことは難しかったそうです。また、ご家族だけでは作者や購入した経緯が分からないものも多く、「処分してしまっていいものなのか判断がつかない」と悩まれ、専門店に見てもらおうということで、出張買取をご依頼いただきました。

後日、お客様のご都合に合わせて西予市のご自宅へお伺いし、残された商品を確認させていただきました。

「これは開業祝いでいただいたものだったと思います。」

「こちらは父が気に入って待合室に飾っていた絵です。」

お客様は一つひとつ当時のことを思い出しながらお話しくださり、ご家族にとっても思い出の詰まった品々であることが伝わってきました。

数ある絵画の確認を進めていく中、一枚のリトグラフに目が留まりました。そのリトグラフは、長年病院の待合室に飾られていた片岡球子の作品でした。

作品を拝見しながら、

「こちらは長い間飾られていたものですか。」

とお尋ねすると、

「そうです。父は患者さんに少しでも気持ちよく過ごしてもらえたらと、待合室には何枚か絵を飾っていました。季節によって掛け替えていたようですが、この絵は父が気に入ってよく飾っていた記憶があります。」

とのことでした。

長年飾られていたため額装には多少の経年変化が見られましたが、作品自体の状態は良好で、大切にされてきたことが伝わってきました。

鑑定では、作品の保存状態を確認するとともに、サインやエディションナンバー、額裏に貼られたシールなども一つひとつ確認していきました。あわせて、付属品の有無や現在の市場での需要なども踏まえながら、評価内容をご説明しました。

「父が大切にしていたものなので、丁寧に見てもらえて本当に良かったです。」と、安心されたご様子でした。

今回は片岡球子のリトグラフをはじめ、病院に飾られていた絵画や、ご自宅に保管されていた陶磁器、贈答品などもあわせて拝見し、それぞれ内容をご説明したうえでご成約となりました。

遺品整理では、「価値が分からないから処分しよう」と考えていたものの中に、思いがけない評価につながるものが含まれていることも少なくありません。だからこそ、一点だけではなく、まとめてご依頼いただくことで新たな発見につながる場合もあります。

次章では、今回ご紹介した片岡球子がどのような日本画家だったのか、その生涯についてご紹介していきます。

11:52 am

第2章|片岡球子とは?型破りな表現で日本画の新境地を切り開いた日本画家

1905年(明治38年)、片岡球子は北海道札幌市に生まれました。幼い頃から絵を描くことが好きで、教師になるための資格を取得していましたが、日本画家になる夢を諦めることができず上京し、女子美術専門学校(現在の女子美術大学)日本画科へ進学しました。卒業後は横浜市の小学校教諭として勤務しながら制作を続け、画家として歩み始めます。

画家としての道のりは決して順調ではありませんでした。若い頃は公募展への落選が続き、その独創的な画風は「ゲテモノ」と評されることもあったといわれています。しかし、片岡球子は自らの表現を曲げることなく制作を続け、1930年(昭和5年)に院展へ初入選。その後も努力を重ね、1952年(昭和27年)には日本美術院同人に推挙されるなど、日本画家として着実に評価を高めていきました。

1955年(昭和30年)には約29年間勤めた小学校教諭を退職し、本格的に画業へ専念します。その後は女子美術大学、さらに愛知県立芸術大学で後進の指導にもあたり、多くの日本画家を育てました。教育者としても長年にわたり日本画界に大きく貢献した人物として知られています。

片岡球子の作品といえば、鮮やかな色彩と大胆な構図が特徴です。従来の日本画にはあまり見られなかった力強い筆致と独創的な表現で、自分だけの画風を築き上げました。

1966年(昭和41年)には、代表作となる「面構(つらがまえ)」シリーズの制作を開始します。歴史上の人物や文化人、浮世絵師などを独自の視点で描いたこのシリーズは、実際の肖像をそのまま再現するのではなく、その人物の生き方や精神性まで表現しようとした意欲作として高く評価されています。代表作の一つである《面構 鳥文斎栄之》は、1975年(昭和50年)に日本芸術院恩賜賞の受賞につながりました。

その後も富士山や歴史上の人物、裸婦など幅広い題材に取り組み、日本画の可能性を広げ続けました。1982年(昭和57年)には日本芸術院会員となり、1986年(昭和61年)には文化功労者、1989年(平成元年)には文化勲章を受章します。女性として3人目の文化勲章受章者であり、日本を代表する日本画家の一人として高く評価されています。103歳で亡くなる直前まで制作を続け、その情熱は晩年まで衰えることはありませんでした。

次章では、片岡球子の作品の中でも特に人気の高い「面構」や富士山シリーズなど、代表的な作品についてご紹介していきます。

11:52 am

第3章|片岡球子の代表作とは?今なお多くの人を魅了する人気シリーズ

片岡球子の作品は、鮮やかな色彩と大胆な構図、そして既成概念にとらわれない独自の表現で知られています。日本画の伝統を大切にしながらも、自らの感性を前面に押し出した作品は高く評価され、現在でも美術館や展覧会で多くの人を魅了しています。中でも、片岡球子を代表する作品として知られているのが、「面構(つらがまえ)」「富士」「裸婦」の3つのシリーズです。

まず代表作として挙げられるのが、「面構(つらがまえ)」シリーズです。

1966年から約40年にわたり制作が続けられた片岡球子のライフワークで、戦国武将や浮世絵師、文人、僧侶など、日本の歴史に名を残した人物を独自の感性で描いた作品群です。背景には、その人物を象徴する作品や時代背景が取り入れられることも多く、単なる肖像画ではなく、その人物の生き方や精神性まで表現しようとしたシリーズとして高く評価されています。

次に、片岡球子を語るうえで欠かせないのが「富士」シリーズです。

力強く描かれた富士山に、赤や青などの鮮やかな色彩を大胆に用いた作品は、片岡球子を象徴する代表作として広く知られています。現実の風景を忠実に描くのではなく、自身が感じた富士山の生命力や雄大さを表現した作品が多く、見る人に強い印象を与えます。また、富士山の周囲に花々や草木を配した作品も多く、独創的な構図と色彩は現在でも高い人気を誇っています。

そして晩年に精力的に取り組んだのが、「裸婦」シリーズです。

片岡球子は80歳を迎える頃から裸婦を積極的に描き始めました。これまでの代表作とはまた異なる表現で、日本人女性ならではの柔らかな曲線や存在感を、力強い線と落ち着いた色彩で描き出しています。長年にわたり独自の画風を追求してきた片岡球子だからこそ生み出せた作品群として、美術ファンから高い評価を受けています。

 

今回拝見したリトグラフは、片岡球子の代表作として知られる「富士」シリーズを題材とした作品でした。力強く描かれた富士山と、手前に大胆に配された花々が印象的で、片岡球子らしい鮮やかな色彩と独創的な構図がよく表れています。

鑑定では、作者や作品の保存状態だけでなく、このようにどのシリーズの作品であるかや、図柄の人気、エディションナンバーの有無なども総合的に確認しながら評価していきます。

片岡球子の作品は、日本画・版画という技法だけで価値が決まるものではありません。作品ごとのシリーズや構図、制作された版画の人気なども評価を考えるうえで大切なポイントの一つとなります。

 

11:52 am

第4章|まとめ

今回は、西予市のお客様よりご依頼いただいた、片岡球子のリトグラフの出張買取についてご紹介いたしました。

ご実家の片付けや遺品整理では、「誰の作品か分からない」「長年飾っていたのでシミや汚れもあり、評価は難しいと思っていた」といったお声をいただくことが少なくありません。しかし、絵画は作者や作品のシリーズ、保存状態、付属品の有無などを総合的に確認して評価していきます。経年による傷みがある場合でも、作品によっては十分に評価できるケースもありますのでご自身で判断せずに、専門店へ相談することが大切です。

買取専門店 くらや 松山店では、片岡球子をはじめ、日本画、洋画、版画、掛軸、美術品など幅広いジャンルの店頭買取・出張買取を行っております。鑑定士が一点ずつ丁寧に拝見し、それぞれの作品の特徴や評価のポイントについても分かりやすくご説明いたします。

西予市をはじめ、松山市、今治市、新居浜市、西条市、大洲市、宇和島市、四国中央市、東温市など愛媛県内各地へ出張買取に対応しております。

ご実家の片付けや遺品整理、生前整理などで絵画や美術品の整理をご検討の際は、ぜひ買取専門店 くらや 松山店までお気軽にご相談ください。鑑定士がご都合に合わせてお伺いいたします。

 

骨董品・美術品、遺品整理の高価買取なら買取専門店の
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営業時間10:00~19:00
住所愛媛県松山市天山1丁目13-5 イオンスタイル松山3階
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