
もくじ
愛媛県松山市のイオンスタイル松山3階にある買取専門店 くらや 松山店では、茶道具をはじめ、掛軸、骨董品、美術品、煎茶道具、陶磁器などの店頭買取・出張買取を行っております。四国中央市をはじめ、愛媛県内各地から、ご実家の整理や遺品整理、生前整理をきっかけに、茶道具に関するご相談を数多くいただいております。
先日、四国中央市にお住まいのお客様より、「亡くなった祖母が茶道をしていて、お茶碗やお道具がたくさん残っています。私たちには価値が分からないので、一度見に来てもらえませんか。」と、出張買取のご依頼をいただきました。
後日、お客様のご都合に合わせてご自宅へお伺いし、お話を伺うと、おばあ様は長年茶道を嗜まれ、お稽古や茶会で使用する茶碗や棗、水指、建水、茶杓など、多くの茶道具を大切にされてきたそうです。ご家族で遺品整理を進める中、思い出話に花が咲く一方で、「どれを残し、どれを整理すればよいのか分からない」と悩まれ、ご相談くださったとのことでした。
茶道具は、道具の種類も多く、お茶をされたことのない方にとっては、何に使う道具なのか分からないものも少なくありません。実際にお客様からも、「茶碗くらいは分かるけれど、それ以外は何に使うものなのか全く分からないんです。」とお話がありました。
また、茶道具は作者や窯元、制作年代、共箱の有無、書付、保存状態などによって評価が大きく変わります。そのため、「箱に名前は書いてあるけれど、有名な作家なのか分からない」「古いものだから価値があるのか、それとも新しいものなのか判断できない」といったご相談をいただくことも少なくありません。
今回拝見した茶道具の中にも、さまざまなお道具がありましたが、その中で目を引いたのが、やわらかな土味と温かみのある釉調が魅力の萩焼の茶碗でした。
萩焼は、使い込むほどに茶が染み込み、少しずつ表情が変化していく「萩の七化け」で知られ、古くから茶人に愛され続けてきた日本を代表する焼き物です。また、萩焼には数多くの名工が存在しますが、その中でも代々「三輪休雪」の名を受け継いできた三輪家は、萩焼を代表する名門として全国の茶人から高い評価を受けています。
今回ご相談いただいた茶碗も、鑑定を進めていく中で、その三輪家にゆかりのある作品であることが分かりました。
次章では、約400年にわたる萩焼の歴史と魅力、そして萩焼を語るうえで欠かすことのできない三輪家の歴史について詳しくご紹介いたします。
萩焼は、山口県萩市を代表する陶磁器であり、日本を代表する茶陶の一つとして広く知られています。その歴史は約400年前の江戸時代初期までさかのぼります。
慶長年間(1596~1615年)、毛利輝元が萩へ入府した際、朝鮮から渡来した陶工・李勺光(りしゃっこう)と李敬(りけい)兄弟を招いたことが萩焼の始まりとされています。以来、萩焼は毛利家の御用窯として発展し、茶の湯文化とともに受け継がれてきました。素朴でやわらかな土味や温かみのある風合い、そして使い込むほどに茶が染み込み、器の表情が変化していく「萩の七化け」は、萩焼ならではの魅力として現在も多くの茶人を魅了しています。
萩焼を代表する窯元はいくつかありますが、その中でも代々「三輪休雪」の名を受け継ぐ三輪家は、坂高麗左衛門家と並ぶ萩焼の名門として知られています。三輪家では代々当主が「休雪」を襲名し、家督を譲った後は新たな号(ごう)を名乗るという伝統が受け継がれてきました。そのため、三輪休雪の銘が入った作品であっても、何代の三輪休雪の作品かによって評価が変わってきます。
特に現在の茶道具市場で高い人気を誇るのが、人間国宝に認定された十代三輪休雪と十一代三輪休雪です。
十代三輪休雪は、本名を三輪邦廣(くにひろ)といい、1927年に十代休雪を襲名しました。長年にわたり古萩や高麗茶碗を研究し、藁灰釉(わらばいゆう)によって生み出した温かみのある白い釉薬は「休雪白」と呼ばれ、萩焼の新たな魅力を切り開いた名作として高く評価されています。1967年に弟へ家督を譲ると、「三輪休和(きゅうわ)」と改号し、1970年には萩焼作家として初めて重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
その跡を継いだ十一代三輪休雪は、本名を三輪節夫(さだお)といいます。兄である十代休雪のもとで長年研鑽を積み、1967年に十一代休雪を襲名しました。大胆な造形と力強い作風で知られ、荒々しい景色を活かした「鬼萩」は十一代を代表する作風として高い人気を誇ります。1983年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2003年に長男へ家督を譲った後は「三輪壽雪(じゅせつ)」を号しました。
そして現在の評価でも注目されているのが、十二代三輪休雪です。本名は三輪龍作(りゅうさく)。東京藝術大学大学院で陶芸を学び、襲名前から現代陶芸家として数々の個展を開催するなど、高い評価を受けていました。2003年に十二代三輪休雪を襲名し、さらに2019年に十三代へ家督を譲った後は「三輪龍氣生(りゅうきしょう)」と改号しています。
三輪休雪の作品を鑑定する際には、「三輪休雪」という名前だけを見るのではなく、どの代の作品なのか、襲名前の作品なのか、襲名後の作品なのか、または改号後の作品なのかまで確認することが大切です。例えば、今回の出張買取でご相談いただいた茶碗には「三輪龍作」の銘がありました。これは十二代三輪休雪が襲名する前に制作された作品であることを判断する、重要な手がかりとなります。
萩焼には三輪家のほかにも、長い歴史の中で数多くの名工が活躍してきました。次章では、茶道具市場でも高い評価を受けている萩焼の代表的な作家についてご紹介いたします。
萩焼には、代々「三輪休雪」を受け継いできた三輪家以外にも、長い歴史の中で数多くの名工が誕生しています。作者によって土味や釉薬、造形の表現が異なるため、それぞれに個性があり、現在でも茶道具市場で高い評価を受けています。本章では、三輪家と並んで萩焼の歴史を支えてきた、代表的な名跡をご紹介いたします。
まずご紹介するのは、坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)です。江戸時代初期から約400年続く萩焼の名門であり、歴代当主が「坂高麗左衛門」の名を襲名しています。毛利藩御用窯として発展し、萩焼の歴史を語るうえで欠かせない存在です。茶碗や水指、花入など幅広い作品を制作しており、歴代の作品は現在も多くの茶人や愛好家に親しまれています。
もう一つの名門として知られるのが、坂倉新兵衛(さかくらしんべえ)です。坂高麗左衛門家と並ぶ萩焼の代表的な窯元で、代々「坂倉新兵衛」を襲名しながら伝統を守り続けています。土の風合いを活かした素朴で味わい深い作品が特徴で、茶道具としてだけでなく、美術工芸品としても高い人気があります。
また、近代萩焼を代表する作家として高い評価を受けているのが、田原陶兵衛(たはらとうべえ)です。こちらも代々襲名が続く名跡であり、伝統を守りながらも時代に合わせた作品づくりを続けています。茶碗だけでなく、水指や花入、香炉など幅広い作品を制作し、多くの茶人から支持されています。
さらに現代では、伝統技法を継承しながら独自の作風を追求する陶芸家も数多く活躍しています。萩焼は約400年の歴史を持つ焼き物ですが、現在も新たな表現を取り入れながら進化を続けており、古い作品だけでなく、現代作家が手掛けた作品の中にも、茶人や愛好家から高く評価されているものがあります。
萩焼の鑑定では、「萩焼だから価値がある」「有名な窯元だから価値がある」というわけではありません。作者はもちろん、制作年代や作品の出来栄え、共箱や書付の有無、保存状態などを総合的に確認し、一点ずつ丁寧に評価することが大切です。
次章では、四国中央市のお客様からご相談いただいた出張買取のエピソードをご紹介いたします。遺品整理の際に見つかった萩焼の茶碗を鑑定したところ、そこには十二代三輪休雪が襲名する以前、「三輪龍作」銘で制作された作品が含まれていました。
ご相談当日、ご自宅へお伺いし、一点ずつ茶道具を拝見していると、ご家族がおばあ様との思い出をたくさん聞かせてくださいました。
「祖母は昔からお茶が好きで、家にはいつもお茶道具がありました。」
「茶会が近くなると、前の日から嬉しそうに道具を準備していたのを覚えています。」
そんな思い出を振り返りながら、一つ一つお道具を確認していきます。
木箱の中には、長年大切に使われてきた茶碗や棗、水指、建水などが丁寧に収められていました。
どの茶道具も、おばあ様が大切に扱われてきたことが伝わる状態で、ご家族も「祖母は本当に物を大事にする人でした」と懐かしそうに話してくださいました。
確認を進めていく中で、共箱に入った、萩焼の茶碗が目に留まりました。
箱書を確認すると、そこには「白萩茶碗 龍作」の文字が記されていました。
「祖母は、この茶碗は特に大事にしていた記憶があります。茶会の日には必ずこの箱を自分で出していました。」と懐かしそうにお話しくださいました。
お客様へ、三輪龍作が後に十二代三輪休雪を襲名した陶芸家であることや、この茶碗が襲名前の作品であることをご説明しました。
「そんなに有名な方のお茶碗だったとは知りませんでした。祖母が大切にしていた理由が分かった気がします。」と、驚かれながらも嬉しそうな表情を浮かべられていました。
前章でご紹介したように、三輪龍作は後に十二代三輪休雪を襲名した陶芸家です。
今回拝見した茶碗は、その襲名前に制作された作品であり、おばあ様が長年大切に使い続けてこられたことが感じられる一碗でした。
その他のお茶道具も丁寧に拝見し、査定内容をご説明すると、お客様は、
「価値が分かったことも嬉しいですが、祖母が大切にしていた理由を知ることができて良かったです。」と安心されたご様子で、査定額にもご納得していただき無事に成約となりました。
遺品整理では、思い出の詰まった茶道具を手放すことに迷われる方も少なくありません。また、一つひとつの作品には、作家の歴史だけでなく、ご家族の思い出も刻まれています。
今回のご依頼でも、おばあ様が大切にされてきた茶道具の価値と、その背景にある思い出をご家族へお伝えできたことが、とても印象深い出張買取となりました。
本ブログでは、約400年の歴史を持つ萩焼の魅力や、代々「三輪休雪」の名を受け継いできた三輪家の歴史、さらに坂高麗左衛門や坂倉新兵衛、田原陶兵衛といった萩焼を代表する名跡についてご紹介しました。
萩焼は、古くから茶の湯の世界で親しまれてきた焼き物であり、現在でも茶碗をはじめ、水指や花入、香炉など、多くの作品が茶人や愛好家から高い評価を受けています。また、同じ萩焼であっても、作者や制作年代、襲名前・改号後の銘、共箱や書付の有無などによって評価が大きく異なるため、専門的な知識が必要となる分野でもあります。
今回ご紹介したように、ご実家の整理や遺品整理では、「価値が分からない」「作者が読めない」といった理由から、そのまま保管されている茶道具が見つかることも少なくありません。しかし、その中には、三輪龍作のように襲名前の銘が記された作品や、歴代の名工による作品が含まれていることもあります。
また、茶道具は一つだけで評価するのではなく、茶碗や棗、水指、建水、茶杓など、お道具一式としてご相談いただくことで総合的に評価されやすくなります。そのため、ご実家の整理や遺品整理の際には、木箱や付属品も一緒に保管したままご相談いただくことをおすすめいたします。買取専門店 くらや 松山店では、萩焼をはじめ、茶道具、煎茶道具、掛軸、骨董品、美術品など、幅広いお道具の店頭買取・出張買取を行っております。四国中央市をはじめ、愛媛県内はもちろん、四国地方などへの出張にも対応しております。
ご実家の整理や遺品整理で見つかった茶道具の処分をご検討されている場合は、お気軽に買取専門店 くらや 松山店までご相談ください。経験豊富な鑑定士が、一点ずつ丁寧に拝見させていただきます。