
もくじ
「祖父が集めていた骨董品がたくさん残っているのですが、私たちには価値が分からないので、一度見に来てもらえませんか。」
今回ご紹介するのは、西予市にお住まいのお客様からいただいた、ご実家の片付けに伴う骨董品の出張買取エピソードです。
愛媛県松山市のイオンスタイル松山3階にある買取専門店 くらや 松山店では、骨董品や美術品をはじめ、茶道具、掛軸、陶磁器、漆芸品など幅広いジャンルの店頭買取・出張買取を行っております。
近年は、ご実家の片付けや遺品整理をきっかけに、
「祖父が集めていた骨董品をまとめて見てほしい。」
「蔵や押し入れから古い漆器や掛軸が出てきた。」
「価値が分からないので専門の鑑定士に見てもらいたい。」
といったご相談をいただく機会が増えています。
今回のお客様も、ご実家の片付けを進める中で、おじい様が長年にわたり収集されていた骨董品を整理することになり、出張買取の依頼をいただきました。
後日、ご都合に合わせて西予市の現場へお伺いし、詳しいお話を伺いました。
お客様によると、おじい様は骨董品がお好きで、骨董市やオークション、共通の趣味の友人から、気に入った作品を少しずつ購入して集められていたそうです。掛軸や陶磁器、茶道具などさまざまな骨董品が保管されていましたが、その中でも特に大切にされていたのが、共箱に収められた輪島塗でした。
「祖父は、この3点だけは特に大事にしていました。」
そう言って見せてくださったのは、文基台、文箱、色紙箱の三点です。いずれも吉野山蒔絵が施された豪華な輪島塗で、金蒔絵による繊細な風景が丁寧に表現されており、長年大切に受け継がれてきたことが伝わってくる品でした。
鑑定では、まず文基台、文箱、色紙箱をそれぞれ共箱から取り出し、一点ずつ状態を確認しました。
漆芸品は、見た目の華やかさだけで評価が決まるものではありません。長期間の保管によって漆の表面に曇りや擦れが生じていないか、蒔絵に割れや剥がれ、欠落がないか、木地に割れや歪みが出ていないかなども重要な確認ポイントです。また、直し(修復跡)がないかも大事なポイントとなります。今回もそれぞれの状態を確認し、文基台、文箱、色紙箱がまとまって残されていることや、共箱が付属していることも含めて評価しました。
「祖父が大切にしていたものなので、きちんと見てもらえて安心しました。」
と喜ばれていました。
作品そのものだけでなく、共箱が残されていたことや、文基台・文箱・色紙箱が一式で大切に保管されていたことも含めて評価の対象となることをお伝えし、ほかの骨董品とあわせて無事に成約となりました。
輪島塗は、日本を代表する漆芸品として高く評価されており、制作技法や品質の高さから現在でも多くの愛好家に親しまれています。
次章では、輪島塗がどのように発展し、日本を代表する伝統工芸となったのか、その歴史についてご紹介いたします。
輪島塗は、石川県輪島市で受け継がれてきた日本を代表する漆器です。堅牢なつくりと美しい加飾を兼ね備えた漆器として知られ、現在では国内外で高く評価されています。1977年(昭和52年)には、「輪島塗の製作技術」が国の重要無形文化財に指定されました。長い年月をかけて受け継がれてきた職人の技術が、日本の伝統文化として高く評価されています。
輪島塗の起源には諸説ありますが、室町時代にはすでに輪島で漆器づくりが行われていたことが分かっています。文明8年(1476年)の重蔵神社の棟札には塗師の名前が記されており、この頃には漆器づくりが地域に根付いていたと考えられています。当時は現在のような豪華な蒔絵が施された漆器というよりも、生活用品として使われる実用的な漆器が中心だったとされています。
その後、江戸時代に入ると、輪島を含む能登は前田家が治める加賀藩の領内となります。加賀藩は、文化や工芸の保護・育成にも力を入れていきます。九谷焼や金沢の伝統工芸とともに、輪島塗もこうした文化政策の中で発展していきます。
前田家は、漆器づくりに欠かせない良質な木材を守るため「七木の制」を定めるとともに、漆の植林も奨励しました。漆器の原材料を安定して確保できる環境が整えられたことは、輪島塗の発展を支える大きな要因の一つとなりました。
さらに、輪島塗ならではの丈夫さを生み出したのが、「地の粉(じのこ)」と「布着せ」の技術です。地の粉とは、輪島市周辺で採れる珪藻土を焼いて細かく砕いた粉末で、これを漆に混ぜて下地を作ることで、非常に強固な土台が生まれます。また、傷みやすい部分には麻布を漆で貼り重ねる「布着せ」を施し、耐久性をさらに高めています。こうした工程を経て作られる「本堅地(ほんかたじ)」は、輪島塗を代表する製作技術として現在まで受け継がれています。
また、輪島塗は一人の職人だけで完成するものではありません。木地師が木地を作り、下地師が地の粉による下地を施し、塗師が何度も漆を塗り重ね、呂色師が美しい艶を仕上げます。その後、蒔絵師や沈金師が加飾を施し、一つの作品が完成します。このような高度な分業制が確立されたことも、輪島塗が高品質な漆器として発展した理由の一つです。
品質の高さが評価されるようになると、輪島塗は能登だけでなく全国へ広がっていきました。その背景には、塗師屋による全国への行商や、大阪と北海道を結ぶ北前船による物流の発達があります。丈夫で長く使えることに加え、美しい蒔絵や沈金が施された輪島塗は、武家や商家をはじめ、多くの人々に愛用されるようになり、日本を代表する高級漆器としてその名を広めていきました。
現在でも輪島塗は、椀や重箱、膳といった日用品だけでなく、文箱や硯箱、色紙箱などの美術工芸品も数多く制作されています。今回買取させていただいた文基台・文箱・色紙箱も、こうした伝統技術によって生み出された作品であり、実用品としてだけではなく、美術品としての魅力もある輪島塗でした。
次章では、輪島塗を代表する加飾技法である蒔絵や沈金、そして人間国宝をはじめとする著名な作家についてご紹介いたします。
輪島塗の魅力は、丈夫な下地づくりだけではありません。作品に美しさと品格を与える「加飾技法」にも、長年受け継がれてきた高度な職人技が生かされています。
今回買取させていただいた文基台・文箱・色紙箱にも、美しい吉野山蒔絵が施されていました。ここでは、輪島塗を代表する加飾技法と、輪島塗を支えてきた人間国宝・著名作家をご紹介いたします。
■ 蒔絵(まきえ)
漆で文様を描き、乾かないうちに金粉や銀粉を蒔いて装飾する、日本を代表する漆芸技法です。
などの技法があり、繊細な文様から立体感のある豪華な表現まで幅広く用いられています。
今回の作品に施されていた吉野山蒔絵も代表的な意匠の一つで、奈良県・吉野山に咲く桜を題材にした優雅な図柄として親しまれています。
■ 沈金(ちんきん)
漆を塗り重ねた表面に専用の彫刻刀で文様を彫り、その溝へ金箔や金粉を埋め込んで模様を表現する技法です。
蒔絵が「描く」加飾技法であるのに対し、沈金は「彫る」加飾技法という違いがあります。
一本一本の線を彫り進めながら陰影や立体感を表現するため、高度な彫刻技術と豊富な経験が求められます。
■ 呂色(ろいろ)
呂色は、漆を何度も塗り重ねた後、炭や研磨粉を使って丁寧に磨き上げる仕上げ技法です。
鏡のような深い艶が生まれ、蒔絵や沈金の美しさをより引き立てることから、高級な輪島塗には欠かせない工程の一つとなっています。
■ 人間国宝
輪島塗には、重要無形文化財保持者(人間国宝)として認定された名工が数多くいます。長年にわたり技術を磨き、日本の漆芸文化の発展や技術継承に大きく貢献してきました。
■ 著名作家・工房
人間国宝以外にも、輪島塗には高く評価されている作家や工房が数多くあります。
輪島塗を評価する際は、作品の状態だけではなく、どのような加飾技法が用いられているか、作者や工房、共箱の有無なども重要な評価ポイントになります。また、著名作家の作品でなくても、意匠や保存状態、製作年代によって評価が大きく変わってきます。
今回、西予市のお客様よりご相談いただいた文基台・文箱・色紙箱は、おじい様が長年大切に保管されていた輪島塗でした。
輪島塗は、日本を代表する漆芸品として知られていますが、買取の際は「輪島塗だから高く評価される」というわけではありません。鑑定士は、作品の状態や保存状況をはじめ、蒔絵や沈金などの加飾技法、作者や工房、共箱の有無など、さまざまな要素を総合的に確認しながら評価を行います。
今回のように、文基台・文箱・色紙箱が揃っており、共箱も残されていたことは、作品の価値を考えるうえで重要なポイントとなりました。また、漆の艶や擦れの有無、蒔絵や沈金の剥がれ・欠落、木地の割れや歪み、修復歴の有無なども重要な評価ポイントです。これらを総合的に確認することで、作品本来の価値を適切に評価しています。
ご実家の片付けや遺品整理では、「古い漆器だから価値はないだろう」「傷があるので処分しよう」と判断される方も少なくありません。しかし、思いがけず評価につながる作品が見つかることもありますので、ご自身で判断される前に一度ご相談いただくことをおすすめしております。
愛媛県松山市のイオンスタイル松山3階にある買取専門店 くらや 松山店では、輪島塗をはじめ、骨董品、美術品、掛軸、茶道具、陶磁器、漆芸品など幅広いジャンルの店頭買取・出張買取を行っております。
西予市をはじめ愛媛県内各地への出張買取にも対応しておりますので、ご実家の片付けや遺品整理で輪島塗や骨董品の整理をご検討の際は、お気軽に買取専門店 くらや 松山店までお問い合わせください。