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2019.03.14
骨董品

梅原龍三郎【帝室技芸員/洋画家】

梅原龍三郎(うめはらりゅうざぶろう)

 

梅原龍三郎は1888年京都市下京区にて生まれました。

 

実家は染呉服業を営んでおりましたが、

 

1903年に当時通っていた京都府立第二中学校を

 

画家を志望した為に辞めます。

 

また同じ年に洋画家の伊藤快彦に弟子入りし、

 

その3年後、18歳のときに関西美術院に入ると

 

同じく洋画家の浅井忠からも教えを受けました。

 

1908年にはアカデミー・ジュリアンの教室で学ぶため

 

パリに渡りますが、そこでルノワールに触れ、

 

より深く探求するために約5年間、

 

スペインやイタリア含む様々な地方に渡り

 

「首飾り」や「ナルシス」と言った作品を発表します。

 

1922年になると小杉放庵や足立源一郎、

 

長谷川昇達と共に春陽会の設立に参加。

 

後に同会を脱会していますが、

 

帝国美術院会員の土田麦僊に誘われ

 

国画創作協会へと入りました。

 

また国画創作協会の洋画部を元にして

 

国画会を立ち上げます。

 

これらの功績を認められ、1944年、

 

56歳のときには帝室技芸員に認定され

 

1973年にはフランス政府から

 

コマンドール勲章も受賞しました。

 

他の代表作には「孔雀と女」や「足を洗う女」。

 

「桜島」や「北京秋天」などがあります。

 

 

 

特徴

 

梅原龍三郎の作風の特徴は、「裸婦」や「桜島」に

 

「北京」など、様々なテーマを豪快かつ圧倒的と

 

言われるくらいの色彩感覚で描いている所にあります。

 

単にルノワールの影響を受けているだけでなく、

 

桃山美術や南画、琳派と言った

 

様々な技法も作品中には使い、

 

「梅原様式」と言われるくらいに

 

発展していきました。

 

また同時代に活躍した安井曾太郎と

 

比べられることが多く、洋画界では

 

「安井・梅原時代」と言われるほど

 

支持されるようになります。

 

 

 

作品の背景

 

ルノワール

 

後期印象派の一人です。

 

暖かな色彩感覚の印象派の中でも、

 

特に柔和な色使いで

 

穏やかな世界観を描いていると言われています。

 

安井曾太郎

 

人物画で有名です。

 

セザンヌに影響を受けていますが

 

日本人らしい所作などを写実性がありながらも

 

鮮やかな色彩と

 

ある程度のデフォルメで描いています。

 

桃山美術

 

江戸時代で培われてきた、現実的でもありながら

 

浮世離れしている、ファンタジー要素の溢れた作品は

 

ある種桃山時代によって

 

極められていると言われています。

 

南画

 

元・明時代の中国の絵画に影響を受けた

 

日本画家の絵。

 

漢詩があったり、風景を水墨画で

 

描いているのも特徴です。

 

琳派

 

江戸時代で作られた書物の装飾絵の事です。

 

豊かな装飾性と言われている

 

大和絵が元になっていると言われています。