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骨董品
2019/05/17

吉井淳二【文化勲章/洋画】

吉井淳二(よしいじゅんじ)

 

吉井淳二は19043月に鹿児島県曽於郡で生まれます。

 

1922年に日本画家となる海老原喜之助と共に、

 

大東亜戦争の影響を色濃く受ける

 

川端画学校にて学び、それから2年後の1924年には

 

東京美術学校西洋画科に入学しました。

 

在学中には二科展に出品した『静物』と

 

『花と女』が初入選を果たしています。

 

同校を25歳で卒業すると、

 

吉井は同じ鹿児島出身の外光派で知られる

 

和田英作から教えを受け始めます。

 

フランスへも留学し、帰国後、1940年には

 

二科会の会員となりました。

 

やがて1979年には二科会理事長になるなど、

 

二科会を代表する画家となっていきます。

 

これらの功績が称えられ、吉井淳二は1989

 

85歳の時に文化勲章を受章しました。

 

 

 

作品の特徴

 

吉井淳二が評価されている所は、

 

写実的な作風で働く人々や生物画を

 

描いている点にあります。

 

また良い意味でクセがなく、

 

見やすく素朴な雰囲気を感じさせます。

 

吉井淳二のこの作風は23歳の頃から既に確立されており

 

その時の作品である『踏切風景』は、

 

単純な構成ながらも温かみのある作品で

 

実物は吉井の故郷にある鹿児島市立美術館が

 

所蔵しています。

 

また1964年に日本芸術院賞を受賞した『水汲』は

 

水汲みをする女性達に背景を描かずに

 

クローズアップした作品となっていますが、

 

その分女性達の表情に注視した作品となりました。

 

 

 

フランス留学時代に海老原喜之助と再会

 

吉井淳二はフランス留学中に

 

海老原喜之助と再び会います。

 

海老原喜之助とは吉井淳二が上京したての頃に

 

共同生活を送った事があり、

 

後に南日本美術展を創立しました。

 

さらに吉井淳二は

 

イギリスやオランダなどにも渡っています。

 

日本的な雰囲気を表現した吉井の作品は、

 

こういった経験から日本の良さを見つめ直した点が

 

根源となっているのかもしれません。

 

 

 

二科会について

 

二科会は191410月に第1回の展示が行われました。

 

当時の文部省美術展覧会では

 

洋画家の作品は軽く見られがちの傾向にありましたが、

 

二科会はそれに嫌気が差した、

 

石井柏亭や坂本繁二郎などの洋画家達によって

 

設立されています。

 

 

 

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