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骨董品
2019/10/24

清水多嘉示【彫刻家】

清水多嘉示(しみずたかし)

 

清水多嘉示は18977月に長野県諏訪市で生まれました。

 

幼少期は画家としての才能が注目されており、

 

20歳になると本郷洋画研究所で学ぶなどより

 

絵画制作に熱中していきます。

 

その才能を活かし風景や人物を骨太な描写力で表現し

 

二科展においても活躍を見せていました。

 

しかし1923年にフランスに渡った際、

 

清水多嘉示には彫刻家としての転機が訪れます。

 

フランスの美術機関である

 

サロン・デ・チュイルリーの場で

 

ロダンの弟子となるアントワーヌ・ブールデルと

 

知り合ったのです。

 

以降、このアントワーヌ・ブールデルが師となり

 

清水は彫刻の基礎技術を磨いていきました。

 

30代となって日本に帰ると、清水多嘉示は

 

主にブロンズで作品を作り、

 

アントワーヌ・ブールデルの影響を

 

強く受け継いだテイストは日本国内で認められ、

 

日本美術院展覧会や春陽会国画会などで

 

活躍するようになります。

 

以降も制作活動に打ち込み、1965年には

 

芸術院会員となり、1969年には勲三等瑞宝章を

 

受章しました。

 

やがて1981年、84歳で息を引き取っています。

 

代表作には『すこやか』や『裸婦』

 

『みどりのリズム』、『飛躍』や『瞑想』

 

と言ったものがあります。

 

 

 

アントワーヌ・ブールデルについて

 

1870年の戦いの記念像』や『アポロンの頭部』

 

などが知られています。

 

強いマッス感と構築性があり、

 

記念碑を多く手掛けている事で有名です。

 

またアントワーヌ・ブールデルは

 

清水多嘉示に限らず、本郷新や木内克。

 

富永直樹や佐藤朝山と言った日本国内の

 

数多くの作家に影響を与えています。

 

清水多嘉示としては、ブールデルから

 

構築性について教えられており、

 

人物像に生命力を宿すことに成功しました。

 

当時日本の彫刻界は「構築力が弱い」と言われる中で

 

国外での経験を活かし日本で作品を発表した

 

清水多嘉示の貢献は、多大なものと言われています。

 

 

 

彫刻家として貢献した清水多嘉示

 

こうして日本国内において重要な役割を果たした

 

清水多嘉示は、1973年には

 

日本美術展覧会の顧問も務めています。

 

他にも東京国立近代美術館評議員となったり

 

国際造型芸術連盟の会議に参加するなどして

 

海外への日本の彫刻のアピールも務めました。

 

もし、最初は洋画家を目指していた

 

清水多嘉示が彫刻家へと転身していなかったら

 

日本の彫刻の技術は少し違っていたものに

 

なったのかもしれません。

 

 

 

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