
もくじ
「祖父が集めていた掛軸がたくさん残っているのですが、価値が分からないので見てもらえませんか。」
愛媛県松山市のイオンスタイル松山3階にある買取専門店 くらや 松山店には、このようなご相談をいただく機会が増えています。宇和島市をはじめ、ご実家の遺品整理や生前整理を進める中で、床の間や押し入れから何本もの掛軸が見つかり、「処分する前に一度見てほしい」と出張買取をご依頼いただくケースも少なくありません。
掛軸は、ご家族が長年大切に飾られてきたものや、趣味で収集されていたものが受け継がれることが多く、一本だけではなく十数本、時には数十本まとめて保管されていることもあります。しかし、「誰の作品なのか分からない」「古い掛軸だから価値はないと思っていた」「書かれている文字が読めず、作者も分からない」といった理由から、そのまま保管され続けているご家庭も多いのではないでしょうか。
私たち鑑定士が掛軸を拝見する際、まず最初に確認するのは「誰の作品なのか」という点です。掛軸は作者によって評価が大きく異なるため、落款や印章、書風・画風などを確認しながら、作品の作者を見極めていきます。
また、掛軸の価値を判断するうえでは、「いつの時代に制作された作品なのか」という点も重要な評価基準の一つです。たとえ作者が分からない作品であっても、江戸時代以前に制作された古い掛軸や、寺院などで大切に伝えられてきた仏画・古写経などは、美術品や文化資料として高く評価されることがあります。そのため、「作者が分からないから価値はない」と判断することはできません。
作者や年代を確認したうえで、保存状態や表装の傷み、シミや折れの有無、共箱や箱書きなどの付属品を確認し、市場での評価や希少性も含めて総合的に鑑定を行います。同じように見える掛軸でも、作者や時代背景が異なれば評価は大きく変わることがあり、お客様が「価値はないと思っていた」という作品が思いがけない査定につながることも少なくありません。
そのため、ご自身で作者が分からないからといって価値がないと判断したり、状態だけを見て処分してしまうのは大変もったいないことです。掛軸の価値は、作者や年代を正しく見極めたうえで初めて適正な評価を行うことができるのです。
また、掛軸には山水画や花鳥画、日本画だけでなく、書家による作品も数多く存在します。特に愛媛県には全国的にも高い評価を受ける書家がおり、ご実家に受け継がれてきた掛軸の中に、地元ゆかりの作品が含まれていることもあります。代々大切に保管されてきた掛軸だからこそ、その価値を専門店で確認することが大切です。
その代表的な書家の一人が、愛媛県松山市出身の三輪田米山(みわだべいざん)です。独創的で力強い書風は、現在でも多くの書家や愛好家から高く評価されており、掛軸作品は骨董市場でも人気があります。しかし、お客様からは「三輪田米山という名前を初めて聞いた」「実家の掛軸が米山の作品とは思わなかった」というお声をいただくことも少なくありません。
今回は、愛媛県を代表する書家・三輪田米山の略歴や作品の魅力をご紹介するとともに、宇和島市でご依頼いただいた出張買取のエピソードを交えながら、掛軸の査定で大切なポイントについてご紹介いたします。ご自宅に眠る掛軸の中にも、思いがけない価値を持つ作品が含まれているかもしれませんので、ぜひ最後までご覧ください。
三輪田米山(みわだべいざん)は、文政4年(1821年)2月12日、現在の愛媛県松山市鷹子町に生まれました。本名を常貞、幼名を秀雄といい、「米山」は書家として用いた号です。父・三輪田清敏は日尾八幡神社の神官を務めており、米山はその長男として育ちました。
米山は17歳頃から本格的に書を志したとされています。初めは日下伯巌の書を学び、その後、僧・明月の書が中国の書聖として知られる王羲之の書法を学んだものであることを知り、王羲之の法帖を手本に研究を重ねました。古典を深く学びながらも、単に手本を忠実に写すことにとどまらず、長い年月をかけて自らの感性を加え、独自の書風を築いていきました。
28歳の頃には父の跡を継ぎ、日尾八幡神社の神職を務めます。神官として地域に奉仕する一方で、地元の子弟の教育や神官の育成にも携わり、地域の振興にも貢献した人物として知られています。米山は中央の書壇で活動した書家ではなく、生涯の大部分を松山の地で過ごしましたが、その書は次第に伊予一円で評判となり、多くの人から揮毫を求められるようになりました。
現在も日尾八幡神社をはじめ、松山市や中予地方の神社には、米山が文字を揮毫した神名石、注連石、石碑、扁額、幟などが数多く残されています。愛媛県内に現存する米山の碑文は100件を超えるとされ、制作年代を知ることのできる作例としても貴重な資料になっています。
三輪田米山の書を語るうえで欠かすことができないのが、酒との深い関係です。米山は大変な酒好きとして知られ、酒を飲み、酔いが回った状態で人々の求めに応じて筆を振るったと伝えられています。米山の日記にも、酒と揮毫との関係をうかがわせる記述が残されており、特に酔いの中で書かれた「酔余の書」は、生前から伊予一円で高い評判を呼びました。
一般的な書では、文字の形を整え、筆の運びを制御しながら書くことが求められます。しかし米山の書には、そうした形式や常識だけに縛られない、自由で豪快な魅力があります。酒に酔うことで余計な力や迷いが抜け、米山本来の感性や勢いがそのまま筆に表れたとも考えられています。
そのため、三輪田米山の作品は、酔いが深まった状態で書かれたものほど、米山らしい奔放さや力強さが表れており、評価が高いともいわれています。ただし、単に酔って書かれていれば、すべてが同じように高く評価されるわけではありません。文字の造形、線の力、余白とのバランス、作品全体の勢いなど、米山の書の魅力がどれだけ表現されているかが重要になります。
米山の代表的な書風は、豪壮で気宇壮大、型にはまらない自由な造形を特徴としています。特に少ない文字を大きく書いた作品では、堂々とした筆運びと大胆な余白の使い方が際立ち、見る人を圧倒するような力を感じさせます。一見すると無造作に書かれているように見える文字にも、古典を学び続けた確かな技術と、米山にしか生み出せない独特の空間感覚が込められています。
こうした何ものにもとらわれない天真自在な書は、後に「近代書の先駆」として評価されるようになりました。米山は明治41年(1908年)、88歳で生涯を閉じましたが、その作品は現在も愛媛県内外の美術館や収集家のもとに受け継がれています。
また、生涯に数多くの書を残したとも伝えられており、神社の石碑や扁額だけでなく、掛軸、屏風、額装作品など、さまざまな形で作品が残されています。そのため、愛媛県内の旧家や、米山と交流のあった人物の家系に、受け継がれているのです。
ただし、米山の名前や落款があるからといって、すべてが真筆とは限りません。人気作家ゆえに贋作も出回っているのです。実際の鑑定では、落款や印章だけでなく、線の勢い、文字の造形、墨の使い方などを総合的に確認して査定を行います。三輪田米山の作品であっても、書かれた内容や文字数、作品の出来栄え、保存状態によって評価は異なります。
次章では、宇和島市のお客様からご依頼いただいた出張買取の中で、おじい様が集められていた数多くの掛軸を鑑定し、その中から愛媛ゆかりの作品と三輪田米山の書を確認したエピソードをご紹介いたします。
先日、宇和島市にお住まいのお客様より、「祖父が集めていた掛軸がたくさんあるので、一度見に来てもらえませんか。」と出張買取のご依頼をいただきました。
お話を伺うと、おじい様は長年にわたり掛軸を収集されていたそうで、ご実家には床の間に飾られていた作品のほか、押し入れや納戸にも保管された掛軸が数十本残されていました。ご家族で遺品整理を進める中、「どれに価値があるのか全く分からない」「処分する前に専門家へ見てもらいたい」と思われ、ご相談くださったとのことでした。
後日予定を合わせて、現地にお伺いし、掛軸を拝見すると、山水画や花鳥画、書画作品など、さまざまな作品が大切に保管されていました。年代もさまざまで、おじい様が長い年月をかけて一幅ずつ集められてきたことが伝わってきます。
さらに見ていくと、愛媛県にゆかりのある書家の作品もいくつか見つかりました。その中でも特に目を引いたのが、三輪田米山の書です。
豪快でありながら繊細さも感じられる筆遣いは、まさに米山ならではの魅力が表れた作品でした。長年保管されていたことによる傷みは見られたものの、作品の魅力を損なうような大きな傷みはなく、大切に受け継がれてきたことがうかがえました。
お客様も、「祖父が昔から大切にしていた掛軸でしたが、三輪田米山という愛媛にゆかりのある書家の作品だとは知りませんでした。一本ずつ見ていただいて本当に良かったです。」と喜んでいただきました。
今回のように、ご実家の整理や遺品整理では、数十本の掛軸がまとめて見つかることも珍しくありません。その中には、作者が分からないまま受け継がれてきた作品や、愛媛県にゆかりのある書家・画家の作品が含まれていることもあります。
一見すると同じように見える掛軸でも、一幅ごとに作者や制作された時代、受け継がれてきた背景は異なります。だからこそ、おじい様が大切に集められてきた掛軸を一本ずつ丁寧に拝見し、それぞれの価値を見極めることが大切だと、改めて感じた出張買取となりました。
今回は、愛媛県を代表する書家・三輪田米山の略歴や作品の魅力をご紹介するとともに、宇和島市でご依頼いただいた出張買取のエピソードを交えながら、掛軸の価値を見極めるポイントについてご紹介いたしました。
掛軸は、誰の作品なのかを見極めることが重要であり、さらに制作された時代や保存状態、共箱などの付属品を含めて総合的に評価することで、その作品本来の価値が見えてきます。また、作者が分からない作品であっても、古い時代に制作された仏画や書など、美術品・骨董品として高く評価されるものも少なくありません。
ご実家の整理や遺品整理では、掛軸が十数本、あるいは数十本まとまって見つかることも珍しくありません。その中には、ご家族も知らなかった著名な書家や作家の作品が含まれていることもあり、今回のように愛媛ゆかりの作品と出会うケースもあります。見た目だけでは判断できないからこそ、一幅ずつ丁寧に確認することが大切です。
買取専門店 くらや 松山店では、掛軸をはじめ、骨董品、美術品、茶道具、陶磁器など幅広いジャンルの鑑定・買取を行っております。専門知識を持つ鑑定士が一幅ずつ丁寧に鑑定いたします。店頭買取はもちろん、宇和島市をはじめ愛媛県内、および四国各地への出張買取にも対応しておりますので、作品が多く持ち運びが難しい場合でも安心してご相談ください。
「祖父が集めていた掛軸がたくさんある。」「価値が分からず、そのまま保管している。」そのような掛軸がございましたら、処分を検討される前に、ぜひ買取専門店 くらや 松山店へご相談ください。受け継がれてきた大切な作品を、一幅ずつ丁寧に鑑定し、その価値をしっかりと見極めさせていただきます。