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骨董品・美術品というと何のことか分からず、「ガラクタ」と考えて処分しようとしていませんか?その眠っている品物に思わぬ価値がある場合があります。まずはご相談ください。

香蘭社

香蘭社とは

 

香蘭社は日本の陶磁器メーカーです。

 

本社は有田焼で有名な佐賀県有田町にあり、

 

高級陶磁器以外にも、

 

電線に使われる器具である

 

「がいし」という器具なども制作しています。

 

 

創業は元禄時代、初代の深川栄左衛門が

 

磁器の製造を始めたことがきっかけでした。

 

後に8代目栄左衛門が

 

明治維新の影響で佐賀鍋島藩の支援を失った

 

有田焼の再興に力を注ぎ

 

絵付け師や陶工を集めて作った結社が香蘭社です。

 

この頃はまだ個人経営でしたが

 

1870年には工部省の要請で

 

香蘭社が有田焼の技術を活かした

 

磁器製の絶縁がいしを日本で初めて製造し、

 

通信事業に大きく貢献することとなりました。

 

 

その後も陶磁器の制作を続けた香蘭社は

 

1875年になると個人経営での発展の限界を感じ、

 

合本組織香蘭社を創業します。

 

以後世界各地で行われた万国博覧会で

 

非常に多くの名誉金牌を受賞し、

 

海外にもその名を広めました。

 

1879年には現在にも続く形となる株式会社、

 

香蘭合名会社を設立します。

 

数年後には宮内省御用達ともなり

 

有田焼の名声と

 

その素晴らしさを世界に広めています。

 

 

香蘭社1

 

 

ブランド

 

現在では洋食器だけでなく

 

明治期のデザインをモチーフとしたペンダントや

 

柄が磁器製の万華鏡など

 

様々な作品も制作している香蘭社ですが

 

シリーズによってはブランド分けされています。

 

 

香蘭社4

 

 

榮左衛門

 

香蘭社の代表的なブランドです。

 

創業者深川栄左衛門にちなみ、

 

主に明治時代に製造した作品をモチーフとした

 

伝統的な技と、優雅で多彩な絵付けが

 

作品の特徴です。

 

商品には、1977年に

 

昭和天皇に献上したセットと同じ

 

デザインを施した、

 

『青華緑彩花車模様切透飾り壺』や

 

明治後期の作品を復刻した

 

古伊万里調の花柄デザインの

 

『染錦草花図長角蓋物』などがあります。

 

香蘭社クラシック

 

有田色絵磁器の多彩な文様で

 

世界から多くの賞を受賞した香蘭社の

 

当時の技法や緻密な文様を再現することで出来上がる

 

クラシカルな雰囲気を醸し出す作品が特徴です。

 

商品に、

 

1909年にシアトル太平洋博に出品した際

 

グランプリとなった

 

「染錦唐草遊犬の図」のデザインを復刻した

 

『環付香炉』などがあります。

 

赤繪町工房

 

色絵磁器制作の最終段階である

 

赤絵付けの絵付け師が集まる界隈

 

「赤絵町」に工房を設け

 

作品を制作しているブランドです。

 

2015年には創立25周年を迎え

 

作品はオリジナリティを交えた

 

赤絵付けが施されています。

 

商品に、人気のある「山茶花」が描かれた

 

赤絵柄が特徴の『山茶花蓋物』や、

 

瓢の図柄を施した江戸切子とのコラボ

 

『赤ひさごぐい飲みグラス』などがあります。

 

 

香蘭社 赤繪町工房

 

 

大倉陶園

大倉陶園とは

 

大倉陶園は日本の陶磁器メーカーです。

 

1919年、

 

大倉孫兵衛・和親親子によって創業し

 

高級洋食器を製造しています。

 

 

1919年に

 

現在の東京都大田区蒲田に工場を設立すると

 

大倉孫兵衛はイギリスやフランス、イタリアに

 

劣らない品質の洋食器を造りたいと

 

当時日本では製造されていなかった

 

硬質な白磁の製造を始めました。

 

商品化までには多くの研究と実験を重ね、

 

1922年に初めて菓子鉢が出荷されますが

 

その頃には大倉孫兵衛は

 

他界してしまっていました。

 

 

しかし孫兵衛の努力の甲斐あって

 

数年後には三越と取引が始まり

 

大倉陶園の商品は市販されるようになります。

 

その後ワシントン日本大使館への

 

ディナーセット納入や

 

昭和天皇の長女成子様の成婚で

 

食器調達を受け持つなどして

 

大倉陶園の商品は多くの人々に

 

その品質の高さを認められていきました。

 

 

1945年には空襲で工場が全焼するも

 

翌年には出荷を再開し

 

その後、天皇明仁様と美智子様の

 

成婚祝いの晩餐会用の食器を制作するなどして

 

以後皇室御用達となっています。

 

 

大倉陶園の作品

 

大倉陶園は『良きが上にも良きものを』を理念に

 

鑑賞価値の高い商品を製造しています。

 

前述した皇室に納品した作品以外にも

 

各国の一流ホテルやレストランで幅広く使われ

 

その作品は

 

《セーブルのブルー、大倉のホワイト》

 

と賞されています。

 

 

ブルーローズ

 

1928年に完成したとされ、

 

現在でも人気のある作品です。

 

美しい白磁の地に

 

コバルト絵具と油で絵付けする

 

岡染付という独自の技法を活かして

 

青いバラが素晴らしいグラデーションで

 

描かれているのが特徴です。

 

高火度で繰り返し焚き上げることで

 

完成するそうです。

 

 

大倉陶園 ブルーローズ、-0

 

 

呉須正倉院

 

1961年に誕生した作品です。

 

「呉須」とは日本に古くからある

 

清水焼や有田焼などの磁器に用いられた技法のことで

 

素焼きした地に

 

コバルト絵具と水を使って絵を描きます。

 

正倉院の宝物の中から

 

唐草文や唐花文様が描かれたものが

 

モチーフになっています。

 

 

大倉陶園 呉須正倉院-0

 

 

クラシックローズ

 

1983年の作品で

 

大倉陶園のハンドペイントの

 

代表的なデザインです。

 

白磁に美しいバラと葉・枝が

 

日本画の技法によって描かれています。

 

ナポレオン

 

1970年の作品で、

 

大倉陶園独自の漆蒔という技法を用いて

 

作られています。

 

生地に漆を塗った上に顔料を擦り

 

漆の中に落ち着かせ焼成することで

 

筆跡などのない均一な色合いの

 

色付けになっているのが特徴です。

 

このナポレオンのシリーズには

 

ナポレオン・ボナパルトが好んだ

 

モスグリーンの漆蒔技法が施されており、

 

月桂樹で彼を象徴する

 

蜂と王冠を囲んだデザインになっています。

 

 

ラリック ~LALIQUE~

ラリック ~LALIQUE~ とは

 

ラリックはフランスの

 

ハンドメイドクリスタルのメーカーです。

 

19世紀末に訪れたアール・ヌーヴォーと

 

アール・デコ期を代表するデザイナー、

 

ルネ・ラリックによって創設されました。

 

 

1860年、シャンパーニュ地方に生まれたラリックは

 

パリで育ち

 

16歳の時に宝石職人に弟子入りします。

 

夜間はパリの美術学校で学びながら

 

成長を遂げたラリックは

 

1880年頃から

 

カルティエなどの大手企業とも契約を果たす

 

高級アクセサリーデザイナーとして活躍を始め、

 

パリのヴァンドーム広場に

 

アトリエを構えます。

 

1890年代半ばには

 

当時人気だった女優

 

サラ・ベルナールが得意客になり

 

サロンで展示会を開催するなど、

 

ルネ・ラリックの名は

 

パリの宝石・ファッション業界で

 

かなり有名になっていました。

 

さらに1897年には

 

ベルギーのワールドフェアに出品した宝石が

 

レジオン・ドヌール勲章を受賞します。

 

1900年に行われたパリ万国博覧会では、

 

受賞には至らなかったものの

 

彼の作品は大きな注目を集めました。

 

 

このように20代から40代まで

 

ジュエリーの作品を造り続けたラリックですが、

 

彼の才能は

 

ジュエリー制作だけに留まりませんでした。

 

 

その転機は1907年、

 

ヴァンドーム広場で近所だった

 

香水商のコティによってもたらされました。

 

すでに宝石や様々なものにガラスを取り入れ

 

制作を行っていたラリックは、コティから

 

香水のラベルのデザインを頼まれましたが

 

「香水瓶も作らせてほしい」と申し出ました。

 

当時美しいデザインの瓶に

 

香水を詰めて販売するというのは非常に斬新で

 

ラリックの店に並んだ優美な香水瓶たちは

 

すぐに評判になります。

 

こうしてラリックは

 

ガラス製品の制作に力を注いでいきました。

 

 

ラリック3 香水瓶

 

 

1921年頃には新たにガラス工場を設立し、

 

ラリック社の起源が出来上がります。

 

香水瓶以外にも花瓶、置時計、

 

さらにはオリエント急行のインテリアや

 

ホテルのステンドグラス

 

有名自動車会社のカーマスコットなど、

 

ラリックは晩年までガラス製品の制作を続けました。

 

 

ラリックの作品の特徴

 

ラリックの作品は花や草木、動物、昆虫、

 

神秘的な女性像などをモチーフとしたものが

 

多く見られます。

 

 

ラリック1

 

 

ガラス製品にはフロステッドとよばれる

 

艶消しの技法を使った装飾表現が見られ、

 

サティナージュと呼ばれるこのテクニックは

 

光を単純に透過することなく

 

内部にこめてから柔らかに反射します。

 

深いトーンから透明に近い仕上げまで作り上げる

 

ラリックのフロステッド加工は、

 

作品に独特な陰影をもたらす

 

世界最高の技術といえます。

 

 

ラリック2

 

 

クリストフル ~Christofle~

クリストフル ~Christofle~ とは

 

クリストフルはフランスの銀食器

 

主にカトラリーを扱っているメーカーで、

 

1830年、シャルル・クリストフルによって

 

創業しました。

 

1820年、15歳の時に宝石商見習いとして

 

義兄の元で修業を始めた

 

シャルル・クリストフルは

 

10年後、すでにフランスで最も有力な

 

宝石商の一員として

 

その才覚を表していました。

 

さらに数年経ち、南米などでも名の知れた

 

宝石や金属細工を扱う大企業の社長となった彼は

 

産業革命の影響で

 

急激に増え始めたブルジョワジーたちの

 

王侯貴族のような贅沢な生活への

 

憧れを満たす製品の必要性を感じ始めます。

 

 

その後シャルルは1842年に

 

電気分解で金銀のメッキを行う技術の特許を購入し

 

真鍮の表面に金や銀のコーティングを施した

 

装飾品の制作を始めます。

 

1844年には世界初の電気機械工場を設立し

 

シルバーと同じ輝きを持ち、

 

且つシルバーより格段に安い銀製品を

 

工業的な規模で生産できるようになりました。

 

生産当初は模倣品に悩まされたようですが

 

銀含有量92.5%という

 

他社の割合を遥かに超える優秀な製品は

 

徐々に受け入れられ、

 

中流階級向けの銀器や食器類の販売を始めると

 

すぐに人気を博しました。

 

 

1846年にはフランス国王ルイ・フィリップが

 

テーブルウェアをオーダーし、

 

1850年頃にはルイ・ナポレオンが

 

チュイルリー宮殿用の食器セットをオーダーするなど

 

クリストフルはその名を広めていきます。

 

まもなくロンドン万国博覧会では

 

メダルを受賞し

 

さらには「皇帝お抱えの調達人」

 

そして「王の金職人」という称号を

 

正式に受け取ることとなりました。

 

その後オーストリア、ロシア、ドイツなど

 

海外とも取引を開始し

 

今では世界中でその商品が親しまれています。

 

代表作

 

マルリー

 

1897年に制作されたデザインです。

 

パリ近郊のマルリー城にちなんで名付けられ

 

草花や枝をモチーフとした

 

装飾性の高いロカイユ様式の作品です。

 

豪華客船、高級ホテルなどでも使われています。

 

 

クリストフル マルリー-0

 

 

 

マルメゾン

 

1967年に制作されたデザインです。

 

ナポレオン1世と皇妃ジョセフィーヌが愛した居城

 

マルメゾン城にちなんで名付けられています。

 

柄の部分に月桂樹のデザインが施された作品で、

 

ナイフとフォークには

 

裏面まで装飾がされています。

 

 

クリストフル マルメゾン-0

 

 

リュバン

 

フランス語で「リボン」を意味する名がつけられ

 

このシリーズはカトラリー全体を

 

リボンの装飾が縁取っています。

 

対称的に配置されたリボンが、

 

柄の部分でふんわりと結ばれたデザインです。

 

 

クリストフル リュバン

 

 

パール

 

1876年に制作されたデザインで

 

カトラリーの輪郭を縁取るように、

 

まるで真珠のような半球の珠が

 

彫り込まれています。

 

一般的な厚さと比べると10倍以上ある、

 

クリストフルならではの

 

シルバーコーティングがなせるデザインともいえます。

 

 

クリストフル パール-0

 

 

ロイヤルウースター ~Royal Worcester~

ロイヤルウースター ~Royal Worcester~ とは

 

ロイヤルウースターはイギリスの

 

最古の陶磁器メーカーです。

 

1751年、薬剤師のウィリアム・デイヴィスと

 

医師のジョン・ウォール、

 

そして彼らに説得された

 

地元の実業家たちの支援によって

 

イギリスのウースターに工場が設立されました。

 

設立された工場は

 

『ウースター・トンキン・マニファクチャー』

 

と名付けられます。

 

 

ウィリアムとジョンによって発見された

 

陶磁器の製法は

 

機密事項として大切に受け継がれ

 

創業翌年にはソープストーンを混ぜた軟式磁器を製作していた

 

ブリストル工房と合併し、

 

さらに革新的な技術が取り入れられます。

 

このソープストーンを用いて作成された

 

ウースターの陶磁器は

 

非常に薄く加工することが出来、

 

さらに熱湯を注いでも

 

割れることがありませんでした。

 

ヨーロッパ諸国はその製法を見破ろうとしましたが

 

当時それを解明することは出来ず、

 

ウースターは需要の高い

 

ティーセットの製造に力を入れ

 

人気を博します。

 

 

その後も研究を重ねたウースターは、

 

1755年になると

 

当時のヨーロッパの人々の憧れだった

 

中国の陶磁器に近い薄く高品質な磁器の製造と、

 

釉薬の上からエナメルで絵付けを施す

 

「ジェット・エナメル」

 

という黒の絵付けに成功します。

 

さらに銅版画転写法の技法により

 

大量生産を可能にするなど

 

急速に成長を遂げ、ついに1789年、

 

ジョージ3世によりイギリスの陶磁器界で初めての

 

ロイヤル・ウォラント(王室御用達)

 

の称号を与えられました。

 

こうして「ロイヤルウースター」の名が

 

世界に広まっていきます。

 

 

その後ウースターは

 

他企業との合併・買収を重ね

 

何度も社名を変更しましたが、

 

イギリス最古の陶磁器メーカーとして

 

イギリスの陶磁器の伝統に

 

大きく貢献し続けています。

 

 

代表作

 

ペインテッド・フルーツ

 

1880年、ロイヤルウースターの絵師が

 

地元の農家からプラム栽培導入記念に

 

作品を依頼されたことをきっかけに

 

デザインが生まれました。

 

ハンドペイントによる

 

油彩画の様な美しい色使いの絵付けと

 

焼成を6回繰り返し、

 

特殊な技法で22金を施して

 

11時間研磨した末に出来上がる最高級品です。

 

独特の美しさを持った

 

果物と花が描かれた各作品には

 

見える部分に絵付け師のサインが入っています。

 

 

ロイヤルウースター ペインテッドフルーツ

 

 

ラビニア

 

フルーツの柄の中でも特に人気の高い作品で

 

ブラックベリーのような

 

美しい色合いの果実と共に、

 

優しい色合いの白い花と葉が描かれています。

 

縦に波打つようなラインが浮き出たシェイプで、

 

縁には金が施されており、

 

清楚ながら豪華なデザインです。

 

 

ロイヤルウースター ラビニア

 

 

ヘレンド ~Herend~

ヘレンド ~Herend~ とは

 

ヘレンドはハンガリーの洋食器メーカーです。

 

食器だけでなく、インテリア用品や

 

人形などの作品も制作しています。

 

 

創業はナポレオン戦争が終結して

 

しばらく経った1826

 

ヴィンツェンツ・シュティングルによるものです。

 

それまでのハンガリーでの磁器製作は

 

競争相手の出現を嫌った諸外国に

 

阻まれていましたが、

 

19世紀初頭になり商業が発展したことで、

 

ようやくハンガリーの小さな村

 

ヘレンドに窯が出来上がりました。

 

その後ヘレンドは

 

当時の同業者にはもう作られなくなっていた

 

伝統的なモチーフの作品を制作することで

 

大貴族から先祖代々の磁器コレクションの

 

補充の注文を受け人気を博します。

 

1842年には

 

ハンガリーの国章の使用が許可され、

 

さらに帝室・王室御用達磁器製作所として

 

登録されました。

 

 

皇帝フランツ・ヨーゼフの庇護も受けたヘレンドは

 

1851年のロンドン万国博覧会では

 

金賞を受賞し、ヴィクトリア女王から

 

ディナーセットの注文を受けることとなります。

 

この時出来上がったものは

 

「ヴィクトリア」と名付けられ

 

大変流行すると共に、ヨーロッパ各地に

 

その名を広めるきっかけとなりました。

 

 

その後もヘレンドは多くの貴族から親しまれ

 

現在でも成型と絵付けは

 

人の手によって行うなど

 

伝統を守り続けています。

 

 

代表作

 

ヴィクトリア

 

1851年のロンドン万博を機に

 

ヴィクトリア女王に

 

ウィンザー城の食卓用として

 

買い求められた作品です。

 

19世紀ヨーロッパで流行していた

 

シノワズリ(中国風)のデザインを写したもので、

 

美しい白地に華やかな色合いで

 

牡丹の花や乱れ舞う蝶が描かれています。

 

 

ヘレンド ヴィクトリア

 

 

インドの華

 

1867年、第2回パリ万博で

 

ナポレオン3世妃ウージェニに

 

買い上げられた作品です。

 

当時ヨーロッパでは

 

ジャポニスム(日本風)が流行しており

 

柿右衛門写しとして出品されていました。

 

その後皇妃はパリ滞在中だった

 

ハンガリーのフランツ・ヨーゼフ皇帝を

 

この作品でもてなしたと言われています。

 

ヘレンドグリーンと呼ばれる

 

清楚で独特な緑色で草花が描かれたデザインは、

 

今でも根強い人気があります。

 

 

ヘレンド インドの華

 

 

ウィーンのバラ

 

白磁に優しいピンク色のバラが

 

一輪描かれたデザインのものです。

 

元々はウィーンのハプスブルク家が

 

内使い用に使っていたデザインの為

 

門外不出で

 

一般人の目にも触れないデザインでしたが、

 

ハプスブルク家が帝位を去る際、

 

皇帝の命によってウィーン窯から

 

ヘレンドが引き継ぐこととなりました。

 

このデザインは

 

オーストリア皇后エリザベートが気に入り、

 

今でもそのバラは全て

 

ハンドペイントで描かれているそうです。

 

 

ヘレンド ウィーンのバラ

 

 

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