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グッチ(GUCCI)の成り立ちと代表作

グッチ誕生の歴史

1923年に高級皮革製品の店をフィレンツェに創業したことが始まりです。イタリア生まれのグッチは、靴の修理業を経て、皮革製品の制作販売からその名を知られるようになりました。「ローマの休日」で知られるオードリー・ヘップバーンや、アメリカの大女優でモナコ王妃となったグレース・ケリー達に愛用されていました。 グッチ一族は跡目争いからの骨肉の争いを経て、ブランドとしての信頼が失われたため、現在はグッチの経営に関わることができなくなっています。

時計の歴史

1972年にウォッチマーケットに参入。腕時計の特徴はグッチが目標に掲げてきた高品質。装飾は豪華すぎずシンプルなスタイルに独自のデザイン性を持たせるセンスがグッチの腕時計の特徴。

グッチの腕時計で人気が高いのは、定番の「101シリーズ」やバンブーバッグの持ち手をモチーフにしたバングルタイプの「バンブー」。男性の場合、クロノグラフを採用した「Gフェイス」。女性の場合、グッチのシンボルであるGGマークをデザインに取り込んだ「トワール」、繊細なデザインの「105シリーズ」などがあります。

 

グッチGライン㉔ グッチレクタングル㉔

左「Gライン」 右「レクタングル」

カルティエ(Cartier)の成り立ちと代表作

カルティエ誕生の歴史

1847年、フランスに宝石細工師として、師匠のアドルフ・ピカールからパリジュエリー工房を受け継いだ事でスタートしたブランドです。1904年に友人の飛行家であるサントス・デュモンのために腕時計を制作したのがきっかけになり、本格的に腕時計のブランドとして知名度を上げました。

時計の歴史

1919年、曲線を省き、シンプルな直線で構成した腕時計「タンク」を発表。

 

カルティエタンク㉓

「タンク」

 

1920年代には腕時計の需要が本格化。1930年代ニューヨーク・ウォール街の株価大暴落に始まる暗黒の時代は王侯貴族に多くの顧客を得ていたため、難を逃れることができました。この時代に宝飾防水時計として知られる「パシャ」が誕生しました。

 

カルティエパシャ㉓

「パシャ」

 

1939年、ドイツに対するイギリス、フランスの宣戦布告の声を聞くと同時に、カルティエはイギリス空軍のために写真機材や備品の製造を始めました。

戦後のカルティエは、腕時計の生産にますます力を入れるようになりました。クロノグラフなど複雑な機能を搭載した時計から、華麗な装飾を施した女性用のブレスレット・ウォッチまで、そのバリエーションは多様化を極めています。

オメガ(OMEGA)の成り立ちと代表作

オメガの歴史

オメガの出発点となったのが、ルイブランドが1848年に、ラ・ショー=ド=フォンにて懐中時計の組み立てを行った事から始りです。後にルイの息子がLouis Brandt & Filsを立ち上げる事となります。 1879年にルイブランがこの世を去り、その後にセザールブランが経営に参画することとなります。その事から現在地となっているビールに本社を移転することとなりました。

1894年、後のヒットとなるキャリバーのオメガを製作。 ルイ=ポールとセザールが亡くなるとポール=エミーユ・ブランが経営を引き継ぎ、ティソ等とSSIHグループが結成されました。キャリバーは名機と呼ばれ、その機能性にも大きな定評があり、またムーブメントにおいては地板や装飾も含めてオメガによる100%自社開発のムーブメントです。

時計の歴史

1932年のロサンゼルスオリンピックは、企業が全計時を委託される初のオリンピックとなりました。当時は、ヌーシャテル天文台で検定された30個のクロノグラフを用意したと言われている。

1948年に「シーマスター」が発売される。ダイバーズモデルの代表格と言える風格を持ち合わせ、第二次世界大戦中、イギリス軍の依頼を受けたことで製作されたのが「シーマスター」です。ねじ込み式の裏蓋を使用した防水時計のマリーンと名付けられたモデルが原型と言われています。

 

オメガ シーマスター プラネットオーシャン⑦

「シーマスター プラネットオーシャン」

 

1952年にはヘルシンキオリンピックで史上初の電子計測機器である「オメガ・タイム・レコーダー」を開発。クォーツ式で1/100秒を計測できる画期的な発明と言われました。

1960年に「シーマスター・デ・ビル」発表。ドレスウォッチとして発売され、フォーマルウェアにマッチする上品さがあり、実用性も兼ね備えています。 1999年にはコーアクシャル機構が搭載されました。

 

デ・ビル プレステージ コーアクシャル⑦

「デ・ビル プレステージ コーアクシャル」

 

1965年「スピードマスター」がアメリカ航空宇宙局の公式腕時計となり、タフなボディー設計などは勿論、その機能性に溢れた精巧で緻密な作りが認められ世界中で話題となる。 1966年にアメリカ航空宇宙局採用を機に「スピードマスター・プロフェッショナル」となって発売されました。

 

オメガスピードマスタープロ⑦

「スピードマスタープロ」

 

多重の構造などから非常にタフな設計となっており、簡単に壊れることは無いと言われ、無重力状態でガラスが破損し空間に破片が飛び散らぬよう、プラスティック製の防風を採用しています。機械はアルベール・ピゲ設計のヌーベル・レマニア製となっており、最高のメーカーの部品を使っています。

1970年「スピードマスター」が爆発的に人気となる事件が起きました。大々的に計画が建てられ遂行されたアポロ13号計画、月に向かう途中にアクシデントが発生し、酸素タンクが爆発し大事故が発生した。このエピソードは映画『アポロ13号』でも描かれています。この大爆発事故の中、アポロ13号が大気圏に突入する必要に迫られ、そのためには14秒間の逆噴射する時間を正確に測らなければならない事態に陥り、その時にクルーが時間を測るために用いた腕時計がこのオメガの「スピードマスター」でした。

1982年「コンステレーション」を発表。ステンレス素材で完全に統一されている丸型のケースにベルトが特徴です。文字盤の12時の位置にブランドロゴを配備し、インデックスの部分にはダイヤモンドインデックスを採用し高級感も加えています。

1999年に開発された「コーアクシャル」が大きな衝撃を時計業界に走らせた、機械式時計の心臓部である調速機構と脱進機機構という部分。こちらの摩擦を従来に比べて大幅に低減させる事に成功しました。10年間程度はオーバーホール無しでも精度が保てるという機能性を開発しました。

現在のオメガ

スポーツやプロジェクトへ積極的なアピールを行う事で「精度のOMEGA」という認識が広く知らしめています。また歴史と伝統に裏付けされた確かな技術により、トップクラスのブランドであり、まさにコストパフォーマンスの高い高品質腕時計ブランドというに相応しい地位を確立しています。

オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)の成り立ちと代表作

オーデマ ピゲ誕生の歴史

1875年、ジュラ山脈のジュウ渓谷で古くから時計に携わっていた名門一家の出身の時計師ジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲが互いに協力関係を結んで誕生したのが、このオーデマ ピゲです。 初期の懐中時計用ムーブメントは、少なくとも一つは複雑機能が備わっていて、高度な複雑時計技術を要するミニッツリピーター機構に至っては3分の1の製品に搭載されていたといわれています。

時計の歴史

1928年に腕時計の製造を始め、1930年代にはすでにジャンピングアワーやミニッツリピーターといった先進技術を開発。1934年に開発された懐中時計用スケルトン・ムーブメントは完璧であるとの高い評価を受けました。手工芸の粋を集めて繊細な彫刻がされたスケルトンウォッチはオーデマ・ピゲの名前を一流ブランドへと押し上げていきました。

1946年には世界で最も薄い腕時計用手巻きムーブメントを開発して、50年代や60年代のドレスウォッチ全盛時代をリードしました。1955年世界で初めて閏年機能を搭載するパーペチュアルカレンダー腕時計を製作。時計の世界に新しい時代を切り開いた。

1972年「高級時計の常識を覆す」と世界初のステンレススティール製の高級スポーツウォッチ「ロイヤル オーク」を発表。

 

オーデマピゲロイヤル オーク⑥ オーデマピゲロイヤル オークオフショア⑥

左「ロイヤル オーク」 右「ロイヤル オークオフショア」

 

高級時計の既成概念や価値観をオーデマ ピゲ自身が打破しました。当時としてはユニークな船の舷窓をモチーフにしたベゼルや、ケースと一体化したブレスレットも斬新かつ大胆なデザインでしたが、それはライフスタイルをエンジョイする人々のための「ラグジュアリー・スポーツウォッチ」という現代の先端的なコンセプトを先取りするものでした。

1978年にオーデマ ピゲが製造した自動巻きパーペチュアルカレンダーは、ステップベゼルという独創的なデザインで、その後の時計界に多大な影響を与えた名作です。

創業以来、時計機構の最高峰のひとつであるパーペチュアルカレンダーを作り続けるオーデマ ピゲ。彼らの遺伝子の中に、このメカニズムが組み込まれていると言っても過言ではないでしょう。

エルメス(HERMES)の成り立ちと代表作

時計の歴史

1920年、ジャガー・ルクルトやユニバーサルなどの時計メーカとの共同作業で時計を作成したのが始まりです。 1927年に革を使った「ベルトウォッチ」を発表。ベルトウォッチはゴルファー向けに作られた時計で、ウエストベルトのバックルに時計の文字盤を隠して衝撃から時計を守るというアイディアから生まれました。 1978年にはスイスのピエンヌでエルメスの時計専門の子会社「ラ・モントル・エルメス」を設立させ、本格的に時計の製作に乗り出しました。

9世紀の帆船の窓を模した文字盤と、ブレス部分に「H」をあしらった時計「クリッパー」シリーズや、ケリーバッグの正面に用いられている南京錠と同じ形の文字盤をあしらった「ケリー」シリーズ、そして「H」を模した長方形の文字盤が特徴的な「Hウォッチ」シリーズは、一目見たらエルメスと分かる特徴的なものです。

 

エルメスクリッパー㉒ エルメスHウォッチ㉒

左「クリッパー」 右「Hウォッチ」

 

また、エルメスの時計作りのコンセプトは「美しい作品にも機能が伴っていなければならない」、実用性ばかりでなく、ユーモアや遊び心も忘れないデザインから年齢を問わず多くの人々に支持され人気があります。

ウブロ(HUBLOT)の成り立ちと代表作

ウブロとは

1979年にスイスのレマン湖畔にある小さな町ニヨンで、イタリア人のカルロ・クロッコ氏が創業。古い固定概念を打ち破る独創性なアイデアがふんだんに取り込まれている時計メーカーです。

時計の歴史

1980年にバーゼル・フェアへ出品した時計は、金のケースとラバーベルトを採用した革新的なものでした、当時の常識からすると余りに斬新すぎたため、スイスの時計業界からは奇異の目で見られました。しかし、ジョルジオ・アルマーニやルチアーノ・ベネトンなど、イタリアのファッションデザイン界の重鎮に支持され、ギリシャ国王やスペイン国王をはじめとするヨーロッパ各国の王族にも愛用者を増やしています。

2005年に発表された「ビッグバンシリーズ」は、ウブロのフラッグシップとして多くの人々に支持を得て人気を獲得しています。

 

ウブロビッグバン

「ビッグバン」

 

ラグジュアリーさとタフさをもった腕時計で、軽量かつ耐久性に優れているカーボン製のケースを使用してスケルトンの文字盤が特徴的です。デイトディスクなどの内部構造が見える仕様になっています。その後も更なる大型ケースの「キングパワー」シリーズを発売し人気に拍車をかけています。近年では自社ムーブメントである「UNICO」の実装や、グランドコンプリケーション部門を創設するなど、その技術力にも磨きをかけています。

 

ウブロビッグバン

「ビッグバン ウニコ」

ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)の成り立ちと代表作

ヴァシュロン・コンスタンタン誕生の歴史

1755年時計工芸の魅力を表現するためにスイスのジュネーブにて時計工房を設立。創設者であるジャン・マルク・ヴァシュロンは時計職人、時計製造技術のみならず、芸術や哲学といった分野にまで幅広い知識を有していことで有名でした。このような高次元のレベルで仕事をする集団を人々は「カビノチェ」と呼ばれていました。

1786年息子のアブラーム・ヴァシュロンが引き継ぎ、1819年には3代目ジャック・バルテレミー・ヴァシュロンがフランソワ・コンスタンタンを共同経営者として迎え、パートナーシップをとり、正式に社名が「Vacheron&Constantin」になりました。

時計の歴史

1830年にレバー式脱進機を搭載したスイス製の時計に引き込み作用を導入しました。この発明以降、レバー式脱進機の良さが認められ、急速に発展を遂げます。

1839年ジョルジュ・オーギュスト・レショーが製造技師として加わり、パンタグラフを発明、時計の製造に革命をもたらしました。1880年ブランドのシンボル「マルタ十字」が誕生。

1906年に鐘の音で分単位に時報を鳴らす「ミニッツリピーター」を製作。1935年には、部品数820という世界一複雑な時計「グランド・コンプリケーション」をエジプト王への贈り物として製作。

1955年厚さ1.64mmのキャリバーを搭載した世界で最も薄い時計を発表。同年、ジュネーブ平和会議(4国巨頭会談)にてアイゼンハワー大統領などの4カ国の首脳に時計を進呈しました。 1979年「カリスタ」を発表。これには合計118個、総カラット数130カラットのダイヤを使い、当時としては最高値がつきました。

ヴァシュロン・コンスタンタンの強み

創業当初から複雑な仕組みの時計作りを得意としており、数多くの「複雑時計」を発表してきました。機械式時計の品質を証明する規格のなかで、最も希少価値の高いスイスの公的認証「ジュネーブ・シール」を取得し続けています。

 

ヴァシュロンコンスタンタンパトリモニー④ ヴァシュロンコンスタンタンオーバーシーズ④

左「パトリモニー」 右「オーバーシーズ」

ロレックス(ROLEX)の成り立ちと代表作

ROLEX誕生の歴史

ロレックスの歴史は、創設者であるハンス・ウイルスドルフの先駆的かつ先見性のある精神に結びついています。1905年、24歳のウイルスドルフはロンドンに時計販売の専門会社を設立し、手首に着ける時計の構想を始めました。当時、腕時計の性能は良いものではなかったといわれています。腕時計がエレガントであるだけでなく、信頼性も兼ね備えるものになると彼は考えていました。極めて革新的なこの時計がいかに信頼性の高いものであるかを人々に理解してもらうため、彼はスイスのビエンヌにある時計メーカーが製造した高精度の小型ムーブメントを搭載しました。

ハンス・ウイルスドルフは、名前にもこだわりを持ち、言語や発音、また記憶に残り、時計に刻印した時に美しくみえる名前を付けたいと考えました。後に「アルファベットのあらゆる組み合わせを試し、数百の候補が挙がった」がこれぞというものがないなか。ある朝、ロンドンのシティで乗合馬車の2階席に座り、走行している時、「天啓のように『ROLEX』という名前がひらめいた」と語っています。

時計の歴史

1910年、ロレックスの時計はスイスクロノメーター歩度公認検定局から、腕時計として初めてクロノメーターの公式証明書を獲得しました。4年後の1914年には、イギリスのキュー天文台よりロレックスの腕時計にA級証明書が与えられ、この証明書は通常、航海用のクロノメーターのみに与えられるものでした。その後、ロレックスは時計製造で世界的に有名なジュネーブに拠点社を移しました。以来、今日に至るまでロレックスの腕時計は精度の代名詞となっています。

1926年、ロレックスが防水性と防塵性を備える世界初の腕時計を開発し、大きな第一歩を踏み出しました。「オイスター」と名付けられたこの時計は、完全密閉のケースを備え、ムーブメントを完璧に保護することを可能にしました。実際にオイスターが使われる場所で、技術性能のテスト、調整、展示などを行うことが最も適切だと考え、スポーツや航空、モーターレース、探検などの分野は時計における技術特性を確認する実験室となりました。

1931年、ロレックスは世界初の自動巻メカニズムを持つパーぺチュアルローターを開発。真の芸術作品と呼ぶにふさわしいこの独創的な機構は、現在のあらゆる自動巻腕時計の原点です。

1945年には、ダイアルの小窓に日付を表示する、初の自動巻腕時計である「デイトジャスト」が誕生。際立った特徴を持つ「デイトジャスト」には、ジュビリーブレスレットが採用され、フルーテッドベゼルとの組み合わせはオイスターの象徴的デザインとなり、オイスターコレクションの中心的モデルとなっています。

 

ROLEXデイジャスト116234G③

「デイジャスト116234G」

 

1950年代初頭、ロレックスは、時刻を刻む以上の機能を備えたツールとして、プロフェッショナルウォッチを開発。これは深海探検、飛行、登山、科学調査など、プロフェッショナルな活動のための時計であり、1953年には「エクスプローラー」、「サブマリーナー」が誕生しました。

 

ROLEXエクスプローラーⅠ 214270(ブラック)③ROLEXエクスプローラーⅡ③

左「エクスプローラーⅠ 214270(ブラック)」

右「エクスプローラーⅡ」

ROLEXサブマリーナデイト 116610LV(グリーン)③

「サブマリーナデイト 116610LV(グリーン)」

 

1955年に「GMTマスター」、1956年「デイデイト」、「ミルガウス」が誕生。プロフェッショナルウォッチとしての業績をさらに確立しています。

 

ROLEXGMTマスターII 116710BLNR③ ROLEXミルガウス116400GV③

左「GMTマスターII 116710BLNR」

右「ミルガウス116400GV」

 

1960年フロリダ州デイトナビーチ。しっかりと固まった平らな砂浜がどこまでも続くこのビーチ、デイトナ市はモーターレースの世界的中心地として有名なこの地で、1904年から1935年にかけて、14もの地上最速記録が樹立され、そのうち5つは、ロレックスを着用したマルコム・キャンベル卿によるものでした。そして1963年「コスモグラフデイトナ」が誕生、後に「デイトナ」の名称を冠するようになりました。

 

ROLEXデイトナ116520 (ホワイト)③ ROLEXデイトナ116520(黒)③

左「デイトナ116520(ホワイト)」

右「デイトナ116520(ブラック)」

 

また、1960年後期にはプロの深海ダイバーのニーズにより、ケースにはヘリウム排出バルブが搭載され、高圧室での長い減圧時でも、混合ガスに含まれるヘリウムを排出し、時計に損傷を与えない「シードゥエラー」が誕生しました。

1970年代「オイスター」の誕生50周年を記念し、勇気と信念を持ち、課題の解決に挑むすばらしい人々を称えるために設立された「ロレックス賞」。これは人々の生活改善や世界の自然および文化遺産の保護を実現する可能性を持つ、世界中で現在進行中または新しく始められるプロジェクトを対象とする賞です。

1985年時計ブランドとしては初の、すべてのステンレススチール製モデルのケースに「904Lスチール」を採用。この素材は通常ハイテク産業や宇宙工学、化学業界で使用されており、貴金属並みの優れた耐蝕性を備え、また格別に美しい輝きを放つ光沢仕上げを施すことが可能となりました。

2000年代ロレックスは「4130 ムーブメント」を開発。標準的なクロノグラフに比べて非常に少ないわずか290個の部品が使用され、シンプルな美を呈しています。またディテールに於いても「セラクロムベゼル」の開発と「ブルー パラクロム・ヘアスプリング」を開発しました。

ロレックスは20世紀初頭の設立当初から、常に個々の卓越性と完璧性の追求を奨励し、世界中の文化に対して独自の継続的な貢献を果たしています。今なお様々な世代、文化、信条を持つ一般大衆とアーチストとの間の交流を促進しています。

IWC(International Watch Company )の成り立ちと代表作

IWCとは

1868年スイスにインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(IWC)を創設。ビジネス的な戦略にもストイックなIWCは、製造した全製品の素材、ケース、キャリバーの詳細を記録するなど従来の時計メーカーが行っていなかったことにも積極的です。

1915年腕時計の製造を本格的に開始しました。最初からマーケットの対象をアメリカに置いた考え方は、まるで現代のビジネス戦略。人口の多い国、これから確実に発展する国を対象とした製品製造は当時の伝統的な時計造りのスイスの考えからは脱していました。

時計の歴史

1930年代IWCを訪れた2人のポルトガル人の注文から「ポルトギーゼ」が誕生した。このポルトギーゼ誕生以来、時間との架け橋として様々なモデルが誕生、発表されてきました。

 

IWCポルトギーゼ②

「ポルトギーゼ」

 

1955年発表の「インヂュニア」。“エンジニア向け時計”として発表され、耐磁性や高効率の自動巻き機構に特色があります。

1967年史上初の20気圧防水機能を備えた「アクアタイマー」と共に、IWCはプロ専用ダイバーズ・ウォッチの新たな時代を切り開きました。1969年クォーツ・ムーブメント 「ベータ 21」の開発に従事し、クォーツ・ムーブメントによる初の腕時計として時計製造に革命をもたらすこととなります。

1970年代後半からデザイナーF. A.ポルシェとの協力関係をもとに、1980年代に航空宇宙をはじめ、その他先端技術分野の専門家の意見を取り入れ、チタニウムの加工という技術的挑戦に挑みました。F. A. ポルシェのデザインをベースにした世界初のチタニウム製ケースのクロノグラフを製作。

 

IWCインヂュニアクロノグラフ②

「インヂュニアクロノグラフ」

 

1990年7年間の製作期間を経て、クロノグラフ、永久カレンダー、ミニッツ・リピーター、ムーンフェイズ表示など、さまざまな機能を組み込んだ腕時計サイズの「グランド・コンプリケーション」が登場。精密な複雑時計の分野で大躍進を遂げています。1993年創業125周年を祝って開発された時計製作技術の金字塔「イル・デストリエロ・スカフージア」は、トゥールビヨン、スプリット・セコンド、ミニッツ・リピーター、永久カレンダーなどの複数の複雑機構を一つに組み、当時世界で最も複雑な機械式腕時計で、1回限りで125本の限定生産。

2000年リシュモン・グループに加わる。2003年新設計の永久カレンダーと世界で例のない南北両半球のムーンフェイズを同時表示する「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー」を発表、IWCの技術革新の伝統をあらためて印象づけました。2007年斬新な設計による時計ミュージアムを開館。かつてはケースとムーブメント部品の製作が行われていたスペースが、現代的で光あふれる展示室となり、IWCの歴史を紹介しています。

特に、IWC「パイロット・ウォッチ」コレクションは、斬新なデザイン、洗練された複雑機構、厳選された高級素材を採用したモデルなど、多彩なラインナップで世界中の時計愛好家の皆様を魅了しています。

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