2代目・浅蔵五十吉(本名:与作。
以後、特別な例がない限り浅蔵五十吉と省力します)
は、1913年に石川県能美郡寺井町で生まれました。
幼少期から、先代の五十吉でもある
父の磯吉から陶芸の基礎を教わり、
10代半ばの頃には、陶画業に加えて
自ら釉薬の研究も行った無形文化財保持者でもある
初代・徳田八十吉から色絵を教わっています。
さらに1946年には
日本美術展覧会の審査員として活躍する
北出塔次郎の弟子入りを果たすなど、
浅蔵五十吉はその技術を日々鍛錬していきました。
こうして第一回日本美術展覧会において
出品した『色絵三果の譜』が初入選となり、
翌年の1947年には、天皇陛下北陸行幸の
御前制作に関わっています。
また1952年には第8回日本美術展覧会に出した
水盤の『色絵方形』が北斗賞を獲得するなど、
受賞を重ね続けました。
こうした功績が認められ、
2代目浅蔵五十吉は1996年、83歳の時に
文化勲章を受章しています。
その他の代表作としては、「窯変交歓花器」や
「釉彩華陽飾皿」などがあります。
浅蔵五十吉の作品の特徴は
九谷焼をベースとしながらも
独自発展をしている所にあります。
焼成後に出る亀裂を敢えて使っていると言った
独創力は当時歓迎されました。
また石川県小松市の「露天のゆ 金閣」の
露天風呂にある壁面の彫刻にも関わっている
と言った経歴もあります。
■九谷焼
鉱山開発の際に出てきた陶石が元となり、
伊万里焼で知られる佐賀藩のノウハウが
使われています。
伊万里焼ではガラス質の上絵具である赤や緑色
黄色、紫、青色と言った赤絵で模様を描いており、
呉須も使われました。
九谷焼にもこれらの共通点があり
深い繋りがあると言えます。
■陶石
陶器の元になる岩石です。
ちなみに磁器も陶石から作られますが
陶器の場合は珪石や長石が磁器よりも
多く使われていると言った違いがあります。
現在2代目・浅蔵五十吉から技術を習得した
3代目・浅蔵五十吉が活躍しています。
3代目・浅蔵五十吉は同じ様に
九谷焼をベースとしながらも、
「五十吉カラー」と言う技法を生み出しています。