藤井観文は1888年、輪島市で生まれました。
漆芸家としては、沈金の名工といわれた
橋本佐助から教わった経験を持ちます。
また日本画家として活躍した時期があり
日本画を習っていた時には
自然を情感豊かに描き上げた事で知られている
川合玉堂から教わった事があります。
これらの経験を活かし、日本美術院展や
帝国美術院展覧会にも入選しました。
そして漆芸家として再び活動するようになると
1938年に第2回新文部省美術展覧会において
初入選を獲得。
1956年には第3回日本伝統工芸展で初入選となり
1964年には文化財保護委員会委員長賞を
受賞しています。
翌年には日本工芸会正会員となりました。
また藤井観文は活動終盤
日本画家としても活動した経験を活かし、
歌川広重の東海道五十三次の
浮世絵版画をテーマとした
扇面額を作り上げました。
輪島塗りの存在は
縄文時代から確認できています。
ただ輪島塗りの語源である地名は
室町時代からとなります。
日本に限らず樹液を使った工芸作りの文化は
東アジア全体にまで及びますが
輪島塗りの特徴としては、100以上の工程を
分業により行う所にあります。
さらに能登産のヒバの木を主とした
天然素材で作り上げ、金粉や金箔をも使うことで
堅牢優美と称される工芸品になります。
そして日常用途でも使えるくらい
実用性と堅牢さを兼ね備えており、
1977年には国の重要無形文化財に指定されました。
輪島市は能登半島の中にあり
2018年2月の累計としては
2.7万人ほどしかいません。
また藤井観文の活躍した時期の一つでもある
1950年代は、戦後間もない時期でもあり
材料不足に苦しめられたと言います。
それでも輪島塗りは今日まで
地域の特産品を維持する原動力の一部となりました。
なお1950年代に活躍した
輪島塗りを請け負う場所や他の作家としては
1912年に誕生した塗師屋業である藤八屋。
麻布や和紙での乾漆技法が有名で
人間国宝となった塩多慶四郎などもいます。