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骨董品
2018/11/15

熊谷直彦【帝室技芸員/画家】

熊谷直彦(くまがいなおひこ)

 

熊谷直彦は、1829年に神職の子として

 

京都で生まれました。

 

幼名は藤太郎いい、

 

父は京都の賀茂の神職で山本季金です。

 

熊谷は12歳で四条派の画家岡本茂彦に入門し、

 

日本画を学びました。

 

その後、師事していた岡本が亡くなると

 

熊谷は独学で日本画の技術を磨いていきます。

 

やがて1844年には、広島藩の藩士熊谷左門の下で

 

養子となり、名を熊谷直彦と改めました。

 

その後、幕末になると尊皇攘夷論者として活動し

 

33歳で広島藩の執政関忠親の側近となりました。

 

同年、野村帯刀と共に上京し

 

後に京都留守居役に任命されています。

 

明治維新後は、東京で再び絵画の道に進み

 

諸国を遊歴し見識を広めていきました。

 

55歳の時には第2回内国絵画共進会に「鯛」、

 

「大江山」の2作を出品し銅賞を獲得しています。

 

その間、明治宮殿の造営に関わり杉戸絵を描きました。

 

その後、1893年のシカゴ万国博覧会には「雨中山水」

 

1900年のパリ万国博覧会では「雨中山水」などを

 

出品しています。

 

これらの功績が認められ、1903年には

 

日本美術協会秋展において特別賞状を授与され

 

翌年75歳のときに、帝室技芸員に任命されました。

 

後には東宮御所の杉戸の絵を描くなど、

 

数々の作品を残しています。

 

 

 

熊谷直彦の作品の特徴と技法

 

熊谷直彦は、山水画や花鳥図、人物画などを

 

主に描きましたが

 

その作風は四条派の伝統を重んじ踏襲しています。

 

高倉家に出入りして衣紋束帯の故実を研究し

 

諸国の古寺を遊訪して古名跡を巡りました。

 

また、養子先の熊谷家が広島藩京都詰衣文方を

 

務めていたこともあり

 

有職故実や衣冠束帯にも通じていました。

 

このような経験を活かし、熊谷はしなやかな筆致で

 

花鳥風月の一瞬を捉え

 

華麗な色彩感覚で表現しています。

 

のびやかで優雅な構図と作風で

 

その空間に違和感なく溶け込む作品が

 

熊谷の特徴といえるでしょう。

 

 

 

熊谷直彦の評価される所以

 

熊谷直彦の作品は、四条派で正統な日本画を描く

 

画家として評価されていました。

 

また、古来の礼法を研究する有職故実や

 

衣冠束帯に通じていたため、

 

作品にも画風にも、その品格が滲み出ています。

 

また、伝統的な日本画を海外の博覧会に出品し

 

日本の伝統美を世界に紹介した功績も

 

評価されています。

 

 

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