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2019.07.18
骨董品

清水六和【工芸作家/陶芸】

清水六和(きよみずろくわ)

 

清水六和は1875年3月に京都で生まれました。

 

父は清水焼の四代目となる京都の陶工家、清水六兵衛で

 

六和はその父から基礎的な技法を学ました。

 

また日本画を、同じく京都を代表する

 

日本画家・幸野梅嶺から教わります。

 

なお1895年に幸野梅嶺が亡くなったため

 

幸野梅嶺の弟子でもある谷口香嶠から

 

引き続き日本画の教えを受けました。

 

やがて28歳の時には京都市立陶磁器試験場にて

 

釉薬や製陶法及びマヨリカ焼きについて

 

調査や教えを受けています。

 

この間に様々な製陶場を見て回った経験は

 

のちに清水六和の特徴でもある

 

上品な清水焼にも活かされました。

 

1912年には京都遊陶園を立ち上げ

 

その翌年の1913年、30代後半に

 

5代目として清水六兵衛の名を引き継いでいます。

 

50代になると帝国美術院展覧会で審査委員を務め

 

翌年、マヨリカ焼きの研究が認められ

 

緑綬褒章を受章することとなりました。

 

 

 

■家系としての清水六兵衛について

 

京都五条坂を代表する陶芸の一家です。

 

初代は大阪の出身で京都五条坂にて、

 

京都産寧坂での茶道具作りが知られている

 

海老屋清兵衛から学んだ事がきっかけです。

 

一家は新しい作風を意識しており

 

現在8代目まで続いています。

 

 

 

■清水焼について

 

元々粟田口焼や音羽焼、八坂焼と言った

 

清水寺へのルートを中心した、

 

清水坂エリアで焼かれた焼き物全体を指しています。

 

また京焼とも呼ばれています。

 

今は広義が広くなり、東山一帯や山科

 

宇治の地域も含まれています。

 

なお京都においては原料の土が採れないので

 

他所の場所の土を使用していますが、

 

京都の歴史の重さと各作家性を反映した

 

豊かなデザイン性が支持されています。

 

 

 

■マヨリカ焼について

 

元々イタリアを代表する焼き物で

 

素地に錫白釉を掛けた状態から、

 

上絵付けを行っています。

 

ルネッサンス時代に作られ始めたと言われており

 

多彩な色合いが特徴です。