清水六和は1875年3月に京都で生まれました。
父は清水焼の四代目となる京都の陶工家、清水六兵衛で
六和はその父から基礎的な技法を学ました。
また日本画を、同じく京都を代表する
日本画家・幸野梅嶺から教わります。
なお1895年に幸野梅嶺が亡くなったため
幸野梅嶺の弟子でもある谷口香嶠から
引き続き日本画の教えを受けました。
やがて28歳の時には京都市立陶磁器試験場にて
釉薬や製陶法及びマヨリカ焼きについて
調査や教えを受けています。
この間に様々な製陶場を見て回った経験は
のちに清水六和の特徴でもある
上品な清水焼にも活かされました。
1912年には京都遊陶園を立ち上げ
その翌年の1913年、30代後半に
5代目として清水六兵衛の名を引き継いでいます。
50代になると帝国美術院展覧会で審査委員を務め
翌年、マヨリカ焼きの研究が認められ
緑綬褒章を受章することとなりました。
■家系としての清水六兵衛について
京都五条坂を代表する陶芸の一家です。
初代は大阪の出身で京都五条坂にて、
京都産寧坂での茶道具作りが知られている
海老屋清兵衛から学んだ事がきっかけです。
一家は新しい作風を意識しており
現在8代目まで続いています。
■清水焼について
元々粟田口焼や音羽焼、八坂焼と言った
清水寺へのルートを中心した、
清水坂エリアで焼かれた焼き物全体を指しています。
また京焼とも呼ばれています。
今は広義が広くなり、東山一帯や山科
宇治の地域も含まれています。
なお京都においては原料の土が採れないので
他所の場所の土を使用していますが、
京都の歴史の重さと各作家性を反映した
豊かなデザイン性が支持されています。
■マヨリカ焼について
元々イタリアを代表する焼き物で
素地に錫白釉を掛けた状態から、
上絵付けを行っています。
ルネッサンス時代に作られ始めたと言われており
多彩な色合いが特徴です。