水船六洲(みずふねろくしゅう)
水船六洲(本名:田中六洲)は1912年3月に
広島県呉市で生まれました。
なお兄は洋画家の水船三洋であり
父親も書家として活躍するなど、
芸術的感性に優れた家庭で育ったようです。
水船六洲は1936年に在学していた
東京美術学校彫刻科を出ると、
同年に文部省美術展覧会鑑査展において
『ウクレレを持つ女』が初入選。
その5年後の1941年の
第4回文部省美術展覧会においては
『江川太郎左衛門』が特選となり、
それからも日本美術展覧会の場で3回ほど
作品が特選を獲得しました。
なお水船六洲は東京美術学校彫刻科の在学時から
木版画制作も行っており、木版陰刻などで
自身の作風を確立させた小野忠重が開く
新版画集団の造形版画協会や
日本版画協会にも入ります。
他にも彫刻家として
1967年に新日本美術展覧会に出品した
『燭明り』が内閣総理大臣賞を受賞。
1971年には『紡ぎ唄』で日本芸術院賞を獲得しました。
そして関東学院教師や、同校の小学校校長として
勤務を任せられるなど、後進の指導も行っています。
作風
彫刻家としての水船六洲は、木彫りの上に
まるで絵画のような彩色をすることで知られています。
広島県出身の彫刻家
広島県出身の彫刻家としては次の方々がいます。
■今城国忠
『ふたり』や『守る者』などが有名で、
刀傷や木の素材を繊細なひとつの表現として
用いる作家として知られています。
■岡本敦生
ヒロシマアートグランド及び
ヒロシマ国際文化財団美術奨励賞を受賞。
白御影石による有機的な印象の
作品群を展開しています。
■中川為延
二紀会理事を務めた経験もあります。
『建設譜』や『回春』などが知られています。
1950年に会社がスポンサーとして提供した
セメントによる作品群が有名です。
関連用語の細かい解説
水船六洲は造型彫塑人会にも入っています。
造型彫塑人会について簡単にですが、
紹介したいと思います。
造型彫塑人会の設立について
造型彫塑人会の設立には
詩人や彫刻家としても知られており、
彫刻作品として『老人の首』や
『手』が知られている高村光太郎。
他にはアントワーヌ・ブールデルから学び、
アントワーヌ・ブールデルの作風を
色濃く受け継いだことが評判となった、
清水多嘉示などが関係しています。