岡田三郎助は1869年に佐賀県で生まれました。
父は元佐賀藩主ですが、三郎助自身は
洋画家で外交官の百武兼行の作品を見た事で
画家としての道に興味を持ちます。
その後1894年に同じ佐賀県出身の画家で
明治洋画壇を代表する久米桂一郎によって
黒田清輝と知り合い、黒田清輝が開く
天真道場に入るきっかけとなりました。
また天真道場では外光派について学び、
作品にも大きな影響をもたらします。
その後20代後半の頃にはフランスに渡ると
ラファエル・コランに弟子入りし
1902年には帰国。
そして東京美術学校の教授として就任しました。
また藤島武二と共に
本郷絵画研究所を立ち上げています。
そして1934年、65歳の時には
帝室技芸員に任命されました。
代表作は『読書』や『某夫人像』
『水浴の前』や『あやめの衣』などがあります。
岡田三郎助の作品の特徴は
フランスにて始まった外光派の影響を受けた風景画や
またラファエル・コラン譲りの
優雅できらびやかなタッチで描いた
女性像にあります。
ラファエル・コランの元で学ぶ女性達を見た事で
女性について意識を向けたのが大きいとされ
氏の描く女性像に一定の注目が集まり始めました。
日本人的美しさは着物を着ることで引き立つ
と考えた岡田三郎助の女性像。
肌を大きく露出させても
身体の一部に着物を身に着けています。
またはっきりとした輪郭と言うよりも
淡いタッチで描いているのも
岡田三郎助の作品の特徴です。
黒田清輝が久米桂一郎と共に結成した
画塾が元になっています。
稽古は粘土や石膏像。
また人物の描き起こしのみと言う
規定を設けた事で知られています。
岡田三郎助は女性の画家としての社会進出にも
大きく貢献した人物でもあります。
1916年になると女子美術学校にて後進の指導をし
いわさきちひろや岡田節子など
多くの女性画家が巣立っていきました。
またアトリエの横に女子洋画研究所を建てるなど
教育という形でも女性達と関わってきた事は
作品作りにも反映されているのかもしれません。