佐藤助雄(さとうすけお)
佐藤助雄は1919年4月に山形県山形市で生まれています。
父が仏師であったため、
若い頃から木彫りの技術について学んでいました。
やがて1936年には日展依嘱や能彫会を立ち上げた
後藤良の家に住み込み、手伝いを行いながら
技術を学びました。
その後1939年に日本美術協会展において出品した
『ことり』が銅賞を獲得。
1943年には第6回新文部省美術展覧会において出展した
『従軍看護婦』が特選となり、
政府の買い上げ品となっています。
また戦後からブロンズ像での作品制作に移行。
その頃の最初の代表作としては、
1948年に市長賞を獲得した山形県展で出品した
『女の顔』があります。
また1954年からは
官展の三羽烏の一人と言われている北村西望や、
衣服を着た男性像が知られている富永直樹から
学びました。
その後も受賞を重ね続け、1982年には
日本彫刻会の委員長となり、
1987年10月に息を引き取っています。
自然体な表情を得意とする作風
佐藤助雄は若々しい女性の美しさを
表現した作家と言われています。
描かれている女性の表情は、
自然体で日常的な印象を受けます。
またポージングもそう言った表現になっています。
それらが特に感じられ、
日常的に触れやすい作品の一つとしては
佐藤助雄が住んでいた世田谷区の
教育センターにある『フルートの調べ』があります。
少女像であり、フルートを吹いている姿が
まるで生きているかのように表現されています。
また女性以外のモチーフの作品、
『猩』や『弁財天』などは、主題は違えど
同じく自然体な表情が造られています。
作品に使われている材質
■木彫り
ノミなどを使って線彫りや透かし彫りと言った
技法を駆使し、木を掘って造る作品を指します。
原始にまで遡るほど古くからあり
また世界各地の様々な場所で作品が発見されており
宗教や仏教作品も造られています。
■ブロンズ
主に銅と錫を使った合金ですが
多少の違いはありますが銅は8割以上。
錫は0.5割程度のみで使われています。
ブロンズでの制作の前に、
木や石などで原型を制作してからの開始になるので
佐藤助雄のブロンズでの作品造りは
ある種木彫りから発展させたものと言えます。
身構えずに見られる佐藤助雄の作品
佐藤助雄の作品は
本人の使っていたアトリエを改装した
佐藤助雄記念館で多く見られます。
自然体な表情はある種普遍的と言えますし
良い意味で時代性を感じさせず
身構えずに見る事ができると思います。