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掛け軸・絵画
2020/07/16

佐久間鉄園【日本画家/宮城県/文展審査員】

佐久間鉄園(さくまてつえん)

佐久間鉄園は1850年11月に陸奥仙台で生まれました。なお本名は佐久間健寿と言います。生家である佐久間家は15代にも渡る仙台藩のお抱え絵師として栄えており、数多くの名人が誕生していきました。よって佐久間鉄園自身も北宗漢画や漢学について、家族から教わっています。一方で貴族院議員としても務めた狩野派の画家・下条桂谷からも指導を受けました。

ところが佐久間鉄園の活躍が期待される頃になると明治維新の影響で藩制度が失われたため、お抱え絵師としての活躍が難しい世の中へと変化して行きます。その後画家として活躍できるようになるのは、40歳に差し掛かる時期となりました。

以降は1899年の日本美術協会展にて『松下牧童図』が3等賞を獲得。日本美術協会展での活躍も続き、下条門下の四天王の一人と数えられるようになります。1907年には文部省美術展覧会の開設に伴って正派同志会の設立に加わると同時に幹事に就任。他にも日本美術協会の顧問や文部省美術展覧会の審査員をすると言ったような活躍をみせ、1921年4月、71歳で息を引き取りました。

 

 

佐久間鉄園の作品の特徴は?

佐久間鉄園の作品は、狩野派と言う作風でアカデミックなものでした。室町時代に狩野正信によって始まった一派は、漢画とやまと絵の2つの特徴を持つ画風が歓迎されていたのもあってお抱え絵師となり、代を継ぎながらも約400年間に渡って藩に好まれてきました。

ところが江戸時代の終わり頃になると、狩野派としてのクオリティを保つためのお手本や模写などを行う粉本主義は“創作性がない”と、変革が歓迎されていた明治時代から見なされ、狩野派の画家の努力も空しく、再興には至っていません。その背景もあって、佐久間鉄園は一時期画家としての活動は止め、新聞社にて務めています。

 

 

佐久間鉄園の他の活動部分は?

佐久間鉄園は評論家としても活動を行い、その際の代表著書に『鉄園画談』や『支那歴代名画論評』があります。

 

■画家としての作品

 

亀の上に観音が乗っていると言うユニークな構図の『亀上観音図』(瑞巌寺が所蔵)。作者は異なりますが、長崎の四福寺には同じく亀上観音をモデルにした像が見られたりします。

佐久間鉄園の作品では、他に『鍾馗之図』などがあります。

 

 

各ワード紹介

■下条桂谷

出羽米沢出身で海軍主計学校長も務めています。日本美術協会の幹事として高島北海や望月金鳳なども育てました。佐久間鉄園が活躍できたのは、下条桂谷との繋がりがあったからと言うような見方もされています。

 

■漢学

儒教の基本を解釈した経学の中でも漢時代ものを指します。

 

 

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