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2020.01.23
ブランド品

伊藤廉【洋画家】

伊藤廉(いとうれん)

 

伊藤廉は189810月に愛知県名古屋市で生まれました。

 

1914年にそれまで二度の中退の経験を得た後

 

本郷絵画研究所に入ります。

 

そして1921年には東京美術学校西洋画科へ入学し

 

その2年後、同校の在学中に『室内』で

 

10回二科展に初入選となりました。

 

1925年に東京美術学校西洋画科を出ると

 

2年後の1927年から3年間フランスのパリへ渡っています。

 

その後日本に帰ると二科会員となり、

 

児島善三郎や林武と共に

 

独立美術協会を立ち上げまました。

 

1931年からは第1回独立展の際に

 

『ナポリの浮浪者』や『新聞をよむ女』など

 

パリへ渡った経験を活かした作品を10点出品し、

 

以降独立展での活動が続きます。

 

1936年には

 

東京オリンピック開催委員美術部門委員となり

 

その翌年には独立美術協会を離脱。

 

その後は1943年に国画会会員となったり

 

1946年には東京芸術学校講師を務め、

 

1961年には東京芸術大美術学部長となるなど

 

後進の指導を積極的に行いました。

 

 

 

作風

 

伊藤廉は静かな具象画の作品群が有名です。

 

活動初期は人物画が多いのですが、

 

フランスからの日本帰りの時期とも重なる

 

1930年代初めには、静物画を描くようになりました。

 

静物画としては元々その物に対して

 

強く意識をしていましたが、1951年には

 

胸の病気を経験した事によりその気持ちが固まり、

 

果物を派手派手しさがない静かな色合いで

 

描いていくようになります。

 

 

 

具象画について

 

描きたいものをあやふやな輪郭で描かず

 

抽象化せず具体的に描いたものを指します。

 

世界中の画家はまず静物画や風景画、人物画など

 

あらゆるものを描いており、それらは具象画と言う

 

区別がなされると言われています。

 

具象画は写実主義と呼ばれるほど

 

徹底的にリアルに描くわけではなく、

 

写実主義や抽象絵画など様々なジャンルに分類される中

 

その中で具象画としていかに描いていくか、

 

が注視された作品でもあると思います。

 

 

 

独立美術協会

 

1930年に二科会と図画会出身の芸術家達が

 

集って出来たものです。

 

彼らの作品の発表の場となる独立展を開く度に

 

様々な芸術家達が集まり一大組織となりました。

 

元々はフランスのバルビゾン村の風景をえがいていた

 

画家達のバルビゾン派の別名である、

 

1830年派に基づいて立ち上げられました。

 

 

 

後進の指導に務めるのに相応しい伊藤廉

 

伊藤廉の地道とも言える作風は、それだけ

 

戦前・戦後に築いてきた日本の美術を示すに相応しい

 

と言われています。

 

多くの後進の指導に務められたのはその為だ

 

と言えますし、また子供向けに書かれている体を取る

 

とは言え、絵を描く多くの人に向けて書かれた

 

「絵の本」と言う自分の考えを述べた本も

 

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