Useful お役立ち情報
2019.04.04
骨董品

上村松篁【文化勲章/日本画】

上村松篁(うえむらしょうこう)

 

上村松篁は1902年11月に、京都市で生まれました。

 

母は序の舞が知られている画家の上村松園です。

 

1920年に京都市立絵画専門学校へ入学し、

 

京都画壇を代表する西山翠嶂に弟子入りします。

 

また同年には画塾青甲社にも入ったり、

 

第3回帝国美術院展覧会において閑庭迎秋を出品し

 

初入選を果たしました。

 

それ以後は1928年の第9回帝国美術院展覧会において

 

蓮池群鴛図が特選になったり、

 

第3回日本美術展覧会において審査員となるなどして

 

名を広めていきます。

 

しかし日本美術展覧会の運営に疑問を持ち

 

1947年に脱退。

 

次の年、46歳のときには秋野不矩や福田豊四郎達と共に

 

創造美術協会を立ち上げました。

 

これらの功績が認められ、上村は1984年

 

82歳のときに文化勲章を受章しています。

 

以降は京都市立美術専門学校の教授を務めたり

 

皇居新宮殿の為の屏風絵を描くといった活動も

 

有名です。

 

 

 

作品の特徴

 

上村松篁の作品の特徴は、円山四条派に忠実ながらも

 

現代的な絵の構図や豊かな色彩感覚で、

 

花や鳥などを品位高く描いている所にあります。

 

またその特徴は

 

母の上村松園の作品と共通する所が多く、

 

上村松篁自身が母の作風を追いかけていた

 

とも言われています。

 

 

 

作品の背景

 

■円山四条派

 

江戸時代中期に栄えた円山応挙からなる円山派と

 

呉春が開いた四条派の合わせたものです。

 

円山応挙は写実的でありますが

 

バランスの良い構図を目指しており、

 

上村松篁の作品にもその思想が反映されている

 

と考えられます。

 

■京都市立美術専門学校

 

1880年に設立された

 

日本で初めての公立絵画専門学校です。

 

設立当初は、戦前の京都画壇を代表する竹内栖鳳や

 

同じく竹内栖鳳と共に

 

京都の重鎮として活躍した山元春挙。

 

菊池塾を設立した菊池契月などが在籍していました。

 

 

 

上村松園の遺伝子を引き継いだ上村松篁

 

上村松篁は作品はもとより、京都市立絵画専門学校にて

 

後進の指導を行った事から、母の上村松園と同じく

 

文化勲章受章を受賞したと言われています。

 

しかしその作品は上村松園の遺伝子をも

 

しっかりと引き継いだものとなっており、

 

そういった点も文化勲章受章に繋がった、

 

と充分に考えられます。