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2018.07.13
骨董品

三輪壽雪(十一代三輪休雪)【人間国宝】

三輪壽雪(みわじゅせつ)

 

半世紀以上にも渡り

 

萩焼作りに精進してきた三輪壽雪。

 

ここではその作風やその背景について

 

紹介していきます。

 

 

来歴

 

三輪壽雪は19102月に

 

山口県萩市で三男として生まれます。

 

氏の家庭は元々代々が「休雪」の名を受け継ぐ

 

萩焼の窯元であり

 

兄の10代目休雪となる邦廣から、

 

萩焼について学びました。

 

 

しかし作風への影響は10代目休雪よりも

 

1941年に訪れた

 

三輪窯の川喜田半泥子の影響の方が目立ちます。

 

三輪壽雪は川喜田半泥子から茶陶を学ぶと同時に

 

その自由な作風に影響を受け

 

三輪窯の和風茶碗をベースに

 

鬼萩茶碗や割高台茶碗と言った

 

個性豊かな作品を作りあげていきました。

 

 

そして1967年に兄の邦廣から「休雪」の名を受け継ぎ

 

「休雪白」や「白萩手」など

 

萩焼に新風を吹かせた事が認められ

 

1983年、重要無形文化財として

 

人間国宝に認定されました。

 

 

 

三輪壽雪にまつわる背景

 

三輪壽雪は1955年には

 

雅号を休として作家活動をスタートしています。

 

それまで30年以上の間は

 

兄の手伝いを行いながらも修行に明け暮れ

 

戦時中の1944年に召集令が出た時を除くと

 

作陶の手を止めなかったと言われています。

 

47歳の時には

 

日本伝統工芸展に初出品した「組皿」が入選し

 

3年後には日本工芸会正会員になりました。

 

その頃になると兄の邦廣と比べられていますが

 

比べても遜色ないくらいに力があると言われ

 

また自由な作風も大きな評判を得ています。

 

茶陶の世界は常識に囚われすぎていて

 

新しい物が生まれずらい所もありますが

 

川喜田半泥子によって

 

自由な発想を確立させた氏の作品は

 

以上のような背景の中で

 

新たな茶陶として歓迎されました。

 

 

また兄弟揃っての人間国宝への認定は前例がなく

 

それも大きなニュースとなって

 

陶磁器界に大きな衝撃を与えました。

 

 

 

作品

 

三輪壽雪の作品の特徴は

 

兄らと共同で研究した「休雪白」にあたります。

 

藁灰釉によってまるで白い砂糖とも称される白釉を

 

厚く塗った作風は

 

これまでの古萩にはなかったものでした。

 

また休雪白の技術を発展させた「白萩手」。

 

鉄分を多く含めた「紅萩手」。

 

化粧掛けの泥漿を使った「荒ひび手」なども用い、

 

自由で大胆な作品世界を表現しています。

 

 

 

まとめ

 

三輪壽雪は2012年の12月に亡くなります。

 

102歳と長命で、1955年に

 

作家として活動を始めた事を考えると

 

57年ほどの月日が流れていた事になります。

 

半世紀以上も萩焼作りに精進してきた三輪壽雪ですが

 

それでも自身の事を不器用と称していました。

 

 

しかし三輪壽雪自身の工房には三輪神社のご神符があり

 

制作の前にはいつも拝んでいたなど

 

「不器用」と称する裏には

 

作品作りに対する真摯な気持ちが

 

隠されているのではないしょうか。