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骨董品
2019/03/22

金山平三【帝室技芸員/洋画】

金山平三(かなやまへいぞう)

 

金山平三は1883年12月に兵庫県神戸で生まれました。

 

22歳で東京美術学校の西洋画科本科に入学すると

 

白馬会を立ち上げる黒田清輝から教わり、

 

4年後に首席で卒業しています。

 

1912年からは3年間フランス等の諸外国へ自費で渡り

 

小説家の島崎藤村と知り合いました。

 

やがて文部省美術展覧会において

 

出品した作品「夏の内海」が特選となり、

 

また官設美術展において

 

積極的に作品を出展し続けます。

 

これらの才能が評価され、1944年、61歳のときには

 

帝室技芸員に認定されました。

 

その後1964年にこの世を去っています。

 

 

 

作品の特徴

 

金山平三の作品の特徴は、

 

旅行先でスケッチをしてきた経験が活かされた

 

爽やかな風景画にあると言われています。

 

事細かに塗られているその色彩感覚は

 

外光派によるものと言われており、

 

また活動後期になると

 

芝居絵も発表するようになります。

 

 

 

作品の背景

 

■外光派

 

室内で描くのではなく

 

外に出て描く作家の事を指します。

 

19世紀のフランスで始まり、今まで風景画は

 

室内で着色が行われていたのに対して

 

外で塗るようになった事で、自然光を作品の中に

 

取り入れやすくなりました。

 

■印象派

 

外光派はしばし印象派とほぼ同定義と

 

捉えられることもあります。

 

実際の風景の輪郭や色と言うよりも

 

自然光や空気を描写する作家達を指します。

 

その為リアリズムがあると言うよりも

 

一種の幻想的な風景として

 

作品世界が展開されています。

 

■芝居絵

 

浮世絵でも歌舞伎役者を取り上げているもので

 

役者絵や絵看板とも言われています。

 

金山平三の場合は芝居絵だけでも

 

沢山の作品を残しています。

 

 

 

孤立となった金山平三

 

金山平三は1935年に起こった

 

松田源治文相による帝国美術院の再編成を機会に

 

官設美術展を辞退します。

 

再編成では帝国美術院官制の下に置くことになり

 

過去の入選実績を元に作品が展示されていたのを

 

取り止める形となっています。

 

金山平三はその体制が直接関係して辞退したのかは

 

不明ですが、それ以降は孤立したと

 

指摘している方もいます。

 

実際に多くの画家は他の画家と共に

 

美術団体を組んでいるのに対し、金山平三の場合は

 

そう言ったものは見受けられません。

 

1946年には文部省から

 

日本美術展覧会の審査員の誘いが来ますが

 

それも断り、死去する1964年には

 

叙位や叙勲も辞退しています。

 

 

 

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