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骨董品
2020/07/30

流政之【彫刻家/長崎県/中原悌二郎賞】

流政之(ながれまさゆき)

流政之は1923年2月に長崎県で生まれました。なお父は立命館大学を立ち上げたことで知られている中川小十郎であり、文武両道の教育を受けます。そしてその経験は刀鍛冶の職人に学ぶ経由に繋がります。

その後、10代の時に京都へ移住し、1942年には立命館大学に進学。ですが中退となり、1943年には海軍飛行科予備学生となって、ゼロ戦の操縦者として務めることとなりました。また1945年に戦争が集結した後は、世界各地を点々と旅しています。この間に彫刻を独学で学んでいき、1955年には、日本とアメリカの両国の戦死したパイロットを弔う目的の、木彫と鉄溶接での初個展『飛行空間』を開催しました。翌年には北陸で石地蔵に触れたことを転機として、その技術を習得し、彫刻作品を手掛けるようになります。

 

以降も立て続けに制作を行っていきますが、特に流政之が30代半ば頃となる1958年の鳥取の風土による流政之展で、ロックフェラー夫人に認可されたのは後の実績としても大きな影響がありました。またその時期から、建築家と組んだ仕事も行うようになっていきます。翌年には前年に続いてロックフェラー夫人が流政之の作品を購入し、また、さらに3年後の1962年にはロックフェラーの招待でアメリカに渡り、モニュメントを手掛けたりアメリカ各地で個展の開催などを行ったりしました。

他にも1974年に日本芸術大賞受賞。1978年には中原悌二郎賞を獲得するなど、国内外においても非常に多くの実績を積み上げていき、2018年7月、95歳で息を引き取りました。

 

 

流政之の作品の特徴は?

日本の昔から培われている作風を洗練させた、大胆な造形が特徴となっています。流政之は平和のためのモニュメント作品も多く、1955年の飛行空間内では『飛』と『上昇』、『洋上』や『生』の作品を発表しています。他にも平和のためのモニュメント作品として、1999年に発表した阪神淡路大震災から勇気づけるための『べっちゃないロック』を発表。

なお1978年には日本映画界に勇気を与える目的で日本アカデミーの立ち上げに参加し、オスカー像『映画神像』も手掛けています。技法としては石の磨いた部分と割った部分を敢えて使う割れ肌を発案したことが有名です。

なお陶芸や家具デザインなども、流政之は手掛けています。

 

 

流政之は他にどのような部分が評価できるのか?

流政之は1964年からアメリカでの活動が目立つようになっており、“サムライアーティスト”と言う異名を獲得しています。なお同年のニューヨーク世界博覧会にて発表した巨大壁画作品の『ストーンクレージー』が、異名の契機と言う見方もされています。1975年にはニューヨークの世界貿易センタービルに設置する、世界でもトップクラスの大作となる彫刻作品『雲の砦』を手掛けました。

ところがこの作品は2001年にアメリカ同時多発テロが起こったことでビルが崩壊し、作品自体の破損を免れたものの、救助活動を行う都合で破棄。しかし流政之は2004年に北海道立近代美術館にてその半分ほどの大きさの『雲の砦Jr.』を発表するなど、柔軟な対応を見せました。

 

他の代表作

 

2004年にミカゲ石で作った『ナガレバチ』(NAGARE STUDIOに設置)。

家具作品としては釘を用いずにランプなどを作った日本の伝統技術で西洋家具を作った『ミングレン』シリーズがあります。

 

 

各ワード紹介

■映画神像

日本アカデミー賞が作られた1978年は、日本国内における邦画の来場者数が激減していました。勇気づけるために正式に認可を受けて設けられ、像はアメリカの後追いと評価されることを想定して独自のものを作ろうと言う気概により、映画神像が誕生しました。

映画神像は巨大な作品でありますが、2003年に札幌シネマフロンティアのための『映画神像 北海道』が作られたり、2011年にはT・ジョイ博多のための『映画神像 九州』と派生作品も制作。また日本アカデミー賞の受賞者が手に持てるほどの小さくしたものもあり、本場のオスカー像とは違い特に愛称は設けず“日本アカデミー賞トロフィー”で名前が決められています。

 

■中原悌二郎賞

北海道釧路出身の彫刻家で、ロダンの作風を強く反映させながらも、そのロダンの助手に認可されたほど見事に、その作風を自身の持ち味の一部として昇華させました。

日本の彫刻作品に生命感を生み出したとして評価され、その中原悌二郎を讃えたものとして、1970年、中原悌二郎賞が誕生しました。2001年からは2年置きに実施され、最近の受賞者は第41回の三沢厚彦教授となります。

 

 

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