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2020.02.13
ブランド品

小林和作【洋画家】

小林和作(こばやしわさく)

 

小林和作は18888月に山口県吉敷郡で生まれました。

 

家が地主でもあったため、豊かな生活の中で育った

 

と言われています。

 

その後1904年に日本画家になる為に

 

京都市立美術工芸学校の日本画科へ入学。

 

在学中は繊細さの中に

 

骨太なタッチも感じられる作風で有名な、

 

川北霞峰の開く画塾でも学び、

 

学校は1908年に卒業しました。

 

また京都市立絵画専門学校にも入り

 

そこでは円山四条派と西洋画が合わさった作風の

 

竹内栖鳳から指導を受けます。

 

1910年には第4回文部省美術展覧会において発表した

 

『椿』により、初入選を獲得。

 

3年後の第7回文部省美術展覧会では

 

『志摩の波切村』が褒状を頂きますが、

 

それからは落選が目立つようになりました。

 

そして1919年になると

 

洋画家として道を進むことを決意し、

 

欧州地方に幾度も渡り文展での活躍も目立つ

 

洋画家の鹿子木孟郎が開く下鴨画塾に入ります。

 

1924年には第2回春陽会展において初入選となり

 

以降は春陽会展の場で活躍するようになりました。

 

また1927年には春陽会会員となり

 

その翌年には林重義達と共にヨーロッパ地方へ渡ります。

 

そして1953年には芸術選奨文部大臣賞を獲得するなど

 

地位を強固なものにしていきますが

 

1974年にスケッチ目的の旅先にて、

 

不意の事故により亡くなりました。

 

 

 

作風

 

小林和作の作品は明快な色彩と

 

構図にも注力したテイストで、

 

鑑賞者を楽しい気分にさせると言われています。

 

また日本画と油絵の特徴が合わさっている

 

と言われており、小林和作の経験が

 

見事に活かされている事になります。

 

・日本画と油絵の違いについて

 

日本画は作品を描いている人の心情を現す事を

 

重視していると言われています。

 

また個人的な感情のみならず

 

日本の景色自体に関する思いも、

 

投影されているように見受けられます。

 

反対に油絵はその風景を忠実に描くことを

 

重視しており、余白を大切にする日本画と違い

 

キャンバスいっぱいに風景を表現していきます。

 

小林和作の作品はどちらかと言うと

 

余白の部分はあまりなく写実的でないタッチを

 

画面いっぱいに表現しているように見えます。

 

その点で小林和作の作品は、

 

日本画と油絵の特徴を受け継いでいると言えます。

 

 

 

「天地豊麗」の言葉をよく用いた小林和作

 

小林和作はよく「天地豊麗」と言う言葉を

 

口癖のように使っていたと言います。

 

豊麗とは豊潤で美麗な様子を表現したもので

 

「天地豊麗」は小林和作が作品で目指していたものだ

 

と考えられます。

 

なお実際に「天地豊麗」は

 

小林和作の画集のタイトルにもなっています。

 

日本画に挫折したから洋画家となったようですが

 

日本画を学んだ経験も、自身の作品に対する

 

信念として形作られてきたと言えそうです。