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2020.01.30
ブランド品

宮永岳彦【洋画家】

宮永岳彦(みやながたけひこ)

 

宮永岳彦は19192月に

 

神奈川県秦野市で生まれました。

 

17歳の時に名古屋市立工芸学校を卒業すると

 

松坂屋の宣伝部に務め、多くの企業用のポスターを

 

手がけるようになります。

 

またそれと同時に洋画家として

 

自身の作品も制作していきました。

 

その後20代前半には印象派のテイストを感じさせる

 

穏やかな風景画を描く

 

正宗得三郎の弟子入りを果たしています。

 

翌年、1942年の二科展において

 

『いもん』が初入選となると、

 

6回文部省美術展覧会でも入選作品に選ばれ

 

また二科展出身の作家で設立された二紀会でも

 

出品を行っていきました。

 

30代の頃には日本宣伝美術会の設立に加わり

 

さらに二紀展にて出品作の『鵬』により

 

日本芸術院賞を獲得。

 

1961年に二紀会の理事長を務め、

 

19874月、68歳で息を引き取っています。

 

 

 

作風

 

宮永岳彦は華やかなドレス姿の女性の絵が有名です。

 

なお、有名文具メーカーのキャラクターである

 

『ペペ&ルル』は宮永岳彦が手がけた

 

代表的作品のひとつです。

 

とは言え作品のテーマは幅広く、能や裸婦。

 

フラメンコや欧米民族衣装なども描いています。

 

 

 

関連用語の細かい解説

 

■日本宣伝美術会

 

元は1938年に創られた広告作家懇話会です。

 

そこの会員がデザイナー達の集団として

 

「東京広告作家クラブ」を立ち上げ

 

他の優秀なデザイナーに声を懸け

 

1951年に結成されました。

 

宮永岳彦の他にはタイポグラフィを使った

 

作品群が有名な原弘。

 

資生堂のデサインを担当したことで知られている

 

山名文夫。

 

日本広告技術協議会会長を務める新井静一郎など

 

合計50人ほどの大所帯となっています。

 

また新しい人を公募で募集するなど

 

活動を続けますが、

 

1970年には活動終了となります。

 

 

 

皇太子・皇太妃の肖像画も手掛ける

 

宮永岳彦の誉れ高い仕事の一つとしては、

 

ブラジルの日伯文化協会からの頼みで制作した

 

「皇太子・同妃両殿下御肖像画」があります。

 

皇太子と皇太子妃を描いたものであり、

 

ブラジルのサンパウロ市の

 

日伯文化協会皇太子記念館貴賓室に

 

掲げ奉る形となりました。

 

明治から数えて正式に肖像画として描いたのは

 

宮永岳彦だけとされており、本人自身も

 

非常に名誉で喜ばしい事

 

と言った、趣旨の発言を残しています。

 

 

 

宮永岳彦の軌跡

 

宮永岳彦は他にも1978年から

 

インドネシアのスハルト大統領夫婦及び令嬢の

 

肖像画を依頼によって描いたり、

 

『平和憲法公布記念式典図』を

 

衆議院からの頼みで描くなど、

 

政府や天皇に愛された画家と言えます。

 

またそう言った事を知らなくても、

 

宮永岳彦の描いた華やかなドレス姿の女性像は

 

多くの人の心を

 

ときめかせていたに違いありません。