ガラス工芸家の岩田藤七は
1893年に東京の日本橋に生まれました。
18歳の時に商工中学校を卒業すると
白馬会洋画研究所に在籍していた岡田三郎助に師事し
洋画を学び始めます。
そして翌年には東京美術学校金工科に入学し
海野勝珉から彫金の技術を学びました。
その後1918年に金工科を卒業すると、
今度は西洋画科に再入学。
この間には1922年に建畠大夢から彫刻を学んでおり
第4回帝展に彫刻作品『深き空』を出品しました。
やがて西洋画科を卒業すると
興味があった吹きガラスの製法を今村繁三から学び
工芸の世界に進むことになります。
そして、1928年から1930年にかけて帝展に
『吹き込みルビー色硝子花瓶』、『硝子製水槽』
『はぎ合せ硝子スタンド』を出品し
連続で特選を受賞しました。
同じころに岩田は、岩城ガラス研究室に通い
ガラス工芸の創作に没頭しています。
そして、1931年、38歳の時に岩田硝子製作所を設立
1935年からは以後毎年個展を開催するようになりました。
1938年にはパリ万国工芸展で銀賞を獲得し
1951年には日展に出品した『光りの美』が
第7回日本芸術院賞を受賞。
1954年には日本芸術院会員に推されました。
そして、1970年には文化功労者に選ばれ
以降も日本のガラス細工を
近代ガラス工芸の域にまで高める功績を残しています。
岩田藤七の作品は
色彩の豊かさと流動的なフォルムで、
当時透明や切子ガラスが隆盛だった時代に
色ガラス工芸で新たなガラス芸術世界を切り開きました。
その制作意欲あふれる情熱的な作品は
日本の美意識に基づいたガラス芸術の
独自の世界を築き、花器、食器、
茶器などの作品を多く残しています。
また、色ガラスを用いた装飾壁のコロラートを創出し
ガラスの近代建築への分野を開拓しました。
その岩田藤七の作品は
日本ガラス芸術のパイオニアとして
海外作品展なども行い、
アメリカのメトロポリタン美術館にも所蔵されるなど
世界のガラス芸術にも多大な影響を与えています。