日本画家の堅山南風は、
1887年に熊本市に生まれました。
高木高等小学校を卒業後、19歳のときから
地元の画家福島峰雲に師事し
1909年に同郷の山中神風と共に上京しています。
上京後は、神風の紹介で高橋広湖の門下生になり、
文展や巽画会に出品を重ねました。
20代半ばの頃には、文展に今までの歴史画から
一新した新感覚的画風の『霜月頃』を出品し
横山大観の激賞を受け二等賞を受賞します。
その作品は旧藩主細川護立侯に買い上げられ、
以後その庇護を受けました。
そして翌年、1914年には横山大観に師事し、
同年に第一回院展に出品して入選。
さらに、第2回院展に『作業』を出品しました。
翌1916年には画境の変化を目指して
インドに写生旅行に出発し、風景、人物、仏像、
ヒマラヤ連峰などを写生しています。
この時に見たエレファンタ石窟の仏教彫刻に
感銘を受けます。
帰国後、インドの印象を描いた
『熱国の夕べ』などを院展に出品しますが、
次第に花鳥画に傾倒していきます。
そして、1922年に第9回院展に『桃と柘榴』を出品し
横山大観の好評を得ます。
50代以降も東京と京都の画家が集まって結成した
「丼丼会」に結成メンバーとして参加し
1951年には日展運営会参事に就任。
70歳なると日本芸術院会員となり、
後に理事も務めました。
そして、1963年に文化功労者として選ばれ
1968年、81歳の時に文化功労章を受章しました。
堅山南風は、繊細な筆致で表現する花鳥画や
魚類の画を得意としていました。
作品は色彩豊かで、華やかな画風で
テーマを表現しています。
しかし、それにとどまらず独自の画境を開こうと
インドに渡り、様々なものを写生し
その画の領域を広げていきました。
既存の日本画にとらわれず、晩年には
その努力が花開き秀作を残しています。
戦後は花鳥画に加え、モダンな静物画や
円熟味がある肖像画を多く描き、
新しい画境を開拓しました。
代表作の一つに『画室にて』では、
大胆な色彩で花瓶にある向日葵や
テーブルクロスなどを立体的に表現しています。
堅山南風はその日本画壇の中心的な存在として
活躍しましたが、日光の『鳴龍』や
中禅寺の『瑞龍』など寺社の障壁画、
天井画も多く手がけました。
これらの作品も堅山南風の大きな功績として
評価されています。
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