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十三代今泉今右衛門【人間国宝】

十三代 今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)

 

十三代今泉今右衛門は、江戸時代から受け継いできた

 

「色鍋島」に十三代独自のオリジナリティを加え

 

現代の角度からみた色鍋島の製作を行ってきました。

 

十三代が技法として確立した

 

「薄墨吹墨」や「染付吹墨」は

 

伝統工芸展や日本陶芸展などで高い評価を得ており

 

ついに平成元年に人間国宝として認められたのでした。

 

 

十三代今泉今右衛門とは

 

今泉今右衛門窯では江戸時代から

 

代々「色鍋島」という色絵磁器の技術を

 

一子相伝で現代まで伝えてきました。

 

色鍋島は庶民には流通せず、

 

将軍への献上などを目的に作られた焼き物です。

 

今泉今右衛門家はこの色鍋島の伝統という宿命を背負い

 

明治維新、世界恐慌、第二次世界大戦という

 

動乱の世にも耐えながら技術を継承し続けました。

 

十三代今泉今右衛門は

 

色鍋島の伝統技術を継承するだけでなく

 

一作家としての個性を作品に込めるためにも

 

色鍋島にある現代性を引き出すことに尽力しました。

 

そして確立されたのが

 

吹墨」と「薄墨」という技術でした。

 

この技術で色鍋島独特の品性を備えつつも

 

今までにない色鍋島を作ることに成功したのです。

 

 

その後、十三代今泉今右衛門は色絵磁器の

 

重要無形文化財保持者として

 

人間国宝に認められました。

 

十三代は

 

「伝統とはただ引き継ぐのではなく、継承していく中で

 

その時代に合わせたものを新たに作っていくもの」

 

というメッセージを込めて

 

次世代に色鍋島を伝承しました。

 

 

十三代今泉今右衛門の作品の特徴

 

十三代今泉今右衛門は試行錯誤の末に

 

吹墨」という技法を確立しました。

 

吹墨とは作品に墨を吹きつけたような

 

模様を施す技法です。

 

この手法では、呉須を吹き付け、

 

濃淡の付いたしぶきをそのまま模様にします。

 

吹墨が施された陶器は、

 

白磁を地とした色絵付けとは異なる

 

独特の涼しげな風合いを感じることが出来ます。

 

また、同じく十三代が確立させた「薄墨」という技術は

 

吹墨を展開させた技法で、従来の色鍋島にはない

 

紬のような肌合いは温かみを感じさせます。

 

 

代表作

 

十三代の作品として有名なものには

 

「色絵吹重ね草花文蓋付瓶」や

 

「色絵緑地草花更紗文花瓶」があります。

 

「色絵吹重ね草花文蓋付瓶」は縦に伸びる

 

雲地紋の合間に

 

鮮やかな色合いで草花文が施されたもので

 

薄い水色に色づいた地と文様のコントラストは

 

上品さと重厚さを表現しています。

 

また「色絵緑地草花更紗文花瓶」は上絵の緑に

 

染付の青の草花紋が施された作品で、

 

十二代の使った緑地技法を取り入れた

 

伝統的な作品として有名です。

 

 

藤本能道【人間国宝/色絵磁器】

藤本能道(ふじもとよしみち)

 

藤本能道は色絵磁器で

 

人間国宝に認められた陶芸家です。

 

加藤土師萌と富本憲吉という二人の人間国宝を師にもち

 

二人の師が他界したあとは色絵磁器の第一人者として

 

作品を世に送り続けていました。

 

また、ジュネーブ国際陶芸展で銀賞を受賞するなど

 

世界的にも高い評価を受けていた

 

陶芸家としても有名です。

 

そんな藤本能道の生涯と

 

作品の特徴について紹介していきます。

 

 

藤本能道とは

 

東京都で生まれた藤本能道は

 

学生時代を現在の東京芸術大学にあたる

 

東京美術学校の工芸家図案部で過ごしました。

 

卒業後は富本憲吉や加藤土師萌という、

 

後に人間国宝に認定される陶芸家二人から指導を受け

 

色絵磁器について学んでいきました。

 

彼らが他界してからは、色絵磁器の第一人者となり

 

二人の師とはまた違った独自の色絵磁器の表現を

 

追い求めていくことになります。

 

1986年には美しい色絵磁器の技術が評価され

 

「人間国宝」に認定されました。

 

 

東京芸術大学を経て

 

人間国宝の師に指導を受けていた能道は

 

日本の色絵磁器のエリート街道を歩んできた

 

陶芸家とも言えるでしょう。

 

 

藤本能道の作品の特徴

 

藤本能道は陶芸家の中でも

 

非常に絵画的描写が優れていたことで

 

知られていました。

 

能道の描く絵は磁器の立体面の上でも

 

まるで平面に描いたかのような

 

繊細なタッチで描かれています。

 

また、藤本能動は

 

「草白釉」「雪白釉」「梅白釉」「霜白釉」といった

 

作品の下地となる釉薬を自ら作り、

 

オリジナル性の高い作品を作っていました。

 

最晩年には、「焔舞」といわれる技法で

 

妖艶な絵柄の陶器を描いています。

 

 

代表作

 

藤本能道は、優れた描写技術を活かして

 

芸術性の高い作品を多数世に送り出してきました。

 

その一つが「赤絵大壷」です。

 

この作品は、能道が1965年にジュネーブ国際陶芸展で

 

銀賞を受賞した際に出品されたものです。

 

勢いのあるタッチで描かれた草花と蝶は

 

素朴さの中に美しさを感じられます。

 

また、1968年に光風工芸賞を受賞した

 

「礎器色絵花瓶」も有名です。

 

 

加藤土師萌【人間国宝/色絵磁器】

加藤土師萌(かとうはじめ)

 

加藤土師萌は昭和時代を代表する陶芸家です。

 

中国の明時代に作られた

 

陶器の技術を再現した作品を発表するなど

 

東洋の陶器への関心も高く、独創的な作品を

 

多数世に送り出してきました。

 

色絵陶器においては富本憲吉と共に

 

「双璧」と称されるほどの腕前を持ち、

 

1961年にはこの色絵陶器の技術が認められて

 

人間国宝に認定されました。

 

 

加藤土師萌とは

 

1900年、加藤土師萌は瀬戸焼で有名な

 

愛知県瀬戸市に生まれました。

 

元々は画家を目指しており、愛知県立陶器学校の

 

図案科にて陶芸図案を学んでいましたが

 

岐阜県陶磁器試験場にて

 

技師として勤めるようになってからは

 

自身の作品を発表するようになりました。

 

 

1937年には、パリ万博に出品した

 

「指描沢潟文大皿」がグランプリを受賞し

 

陶芸家として広く名が知られるようになりました。

 

戦争で徴兵された後は

 

横浜市日吉に移住し日吉窯を築き、

 

中国明時代の黄地紅彩を復元することに成功します。

 

この黄地紅彩は重要無形文化財にも認められています。

 

さらには金襴手という、陶器に金の模様を

 

施す技法なども研究していきました。

 

その後、東京芸術大学の陶芸科の初代教授に就任し

 

1961年、色絵磁器の技術を認められ

 

人間国宝に認定されました。

 

 

加藤土師萌の作品の特徴

 

加藤土師萌は東洋の陶芸に関心を持っており

 

黄地紅彩金襴手といった

 

中国で使われていた技法を解明し

 

自身の作品に取り入れていました。

 

 

特に黄地紅彩は白磁胎に透明柚をかけて

 

1300度の高温で本焼きし

 

その上に黄釉を塗って約1000度で再度焼き付け、

 

さらにその上に絵の具で文様を描いて

 

850度で焼き上げるという技法です。

 

この手法で作られた作品は色に深みが感じられ、

 

独特の味わいが感じられます。

 

 

代表作

 

加藤土師萌の代表作には

 

「萌葱金襴手」などがあります。

 

こちらの作品は、金襴手の

 

美しい金箔模様が印象的な壺となっています。

 

また、「色絵瑠璃金彩芦文水指」は

 

花模様と黒色の模様が交互に描かれており

 

見る人の目を引く作品です。

 

 

富本憲吉【人間国宝/色絵磁器】

富本憲吉(とみもとけんきち)

 

富本憲吉は建築学や室内装飾など

 

様々な分野に精通した陶芸家です。

 

大正時代初期に、イギリスの有名陶芸家

 

バーナード・リーチの通訳として同行した先で出会った

 

六代目尾形乾山に影響され

 

陶芸の道を志したと言われています。

 

その後様々な感性に触れて

 

人にまねでない独自の絵柄や形を追い求めた富本憲吉は

 

重要文化財の「色絵磁器」の保持者として

 

人間国宝に認定されました。

 

 

ここでは、そんな富本憲吉の生涯と

 

作品の特徴について説明していきます。

 

 

 

富本憲吉とは

 

富本憲吉は1886年に奈良県に生まれました。

 

現在の東京藝術大学にあたる

 

東京美術学校の図案科建築部に通い、

 

在学中にロンドンへと留学します。

 

留学先ではモダンデザインの父と呼ばれる

 

ウイリアム・モリスなどの工芸思想を

 

具現化した仕事に触れる機会に恵まれます。

 

その後日本に帰国した憲吉は

 

イギリスの有名陶芸家として知られている

 

バーナード・リーチと意気投合し

 

彼が師事していた六代目尾形乾山に影響され

 

陶芸の道に入ることとなりました。

 

 

憲吉は「模様から模様を作らず」という信念のもと

 

オリジナルの芸術を追い求め、研究の末に独自の白磁を

 

完成させることに成功しました。

 

そして1955年には「色絵磁器」が認められ

 

濱田庄司、荒川豊藏、石黒宗磨らとともに

 

初の人間国宝の一人に認定されています。

 

 

富本憲吉の作品の特徴

 

富本憲吉は色絵磁器の素晴らしさが評価され

 

人間国宝に認められました。

 

この「色絵磁器」とは、磁器の表面に赤、緑、

 

黄色などの色絵具で文様を表現する技法です。

 

絵の具は、酸化金属とガラス粉によって

 

調合されています。

 

憲吉の描く模様は

 

自然風景や植物を独自に咀嚼して書いたものが多く、

 

オリジナルを求めた憲吉らしい作品が

 

多数作られています。

 

 

代表作

 

富本憲吉の代表的な作品に

 

竹林月夜模様皿や赤更紗模様皿などがあります。

 

竹林月夜は鮮やかな青色を使い

 

素朴なタッチで描かれた絵柄が美しい作品です。

 

また、赤更紗模様皿は

 

引き込まれるような模様が見る人の目を引きます。

 

当時の常識を破る、首の低い、

 

安定感と力強さを持った白磁も

 

憲吉ならではの作品といえます。

 

色彩や模様によるごまかしの利かない白磁には

 

焼きあがった中でも

 

最も形の整ったものにこだわって

 

絵付けを施していたようです。

 

 

人間国宝 工芸技術 ~漆芸について~

人間国宝 工芸技術 ~漆芸について~

 

 

漆芸01-0

 

 

日本では漆芸品は縄文時代からあったとされ

 

海外への貿易品としても活躍してきました。

 

日本の精巧な漆芸技術は外国でも人気を博し

 

その結果英語では「japan」と呼ばれ

 

日本文化の1つとして

 

世界で親しまれています。

 

 

漆芸03-0  漆芸02-0

 

 

ここでは重要無形文化財として認定された

 

その技術をいくつかご紹介します。

 

 

蒔絵(まきえ)

 

漆器の表面に漆で描いた模様に

 

金粉や銀粉を散らして

 

装飾を表現する技術です。

 

平安時代に発達したとされており

 

金粉や銀粉を蒔いた後

 

さらに漆を被せ研磨する

 

研出蒔絵(とぎだしまきえ)や

 

模様部分のみ漆を盛り上げて表現する

 

高蒔絵(たかまきえ)など

 

複数の技術があります。

 

 

螺鈿(らでん)

 

貝の内側の真珠層の部分を

 

模様に合わせて切り取り

 

漆地に貼り付けて模様を表現する技術です。

 

平等院鳳凰堂の

 

内部装飾などにも使用されるなど、

 

この技術も古くから伝わっており

 

夜行貝や蝶貝などの貝が用いられます。

 

 

沈金(ちんきん)

 

沈金は漆器に模様を彫り込み

 

そこに金粉や銀粉、または金箔などを埋めて

 

模様を表現する技術です。

 

彫刻の技法によって様々な模様が表現され

 

また金銀の粉や箔以外にも

 

顔料が用いられることもあります。

 

 

蒟醤(きんま)

 

蒟醤は模様を表す言葉であり

 

元々は東南アジアの

 

同名の薬草に由来しています。

 

漆器の表面に

 

剣(けん)という特殊な刃で彫を入れ

 

そこに色漆を埋めることで

 

模様を表現します。

 

 

髹漆(きゅうしつ)

 

漆塗り自体を施す技術をいいます。

 

素地の選択や下地、仕上げまでの

 

全般の技法を指し

 

漆芸において最も重要な技法とも言えます。

 

材質の特色を生かした工程を経て仕上げるなど

 

複雑な技術ではありますが

 

現在では立体感のある作品や

 

光沢を活かした作品などの

 

制作技法が完成されています。

 

 

人間国宝 工芸技術 ~金工について~

人間国宝 工芸技術  ~金工について~

 

 

金工01-0

 

 

金工とは、金属の特性を利用して

 

加工や装飾をする技術をいいます。

 

主に「五金」と呼ばれる

 

金・銀・銅・鉄・錫を材料として

 

それらを組み合わせたり加工したりし

 

多種多様な技法を展開させてきました。

 

ここでは日本の重要無形文化財に

 

認定されている、いくつかの

 

金工の技法についてご紹介します。

 

 

金工02-0

 

 

鍛金(たんきん)

 

金属を金槌や木槌で打つことで

 

形を作っていく技術です。

 

鍛冶、鎚金などとも言い

 

炉で熱した鉄を鍛え

 

日本刀などを作り上げる鍛造、

 

金属の板を曲げたり

 

異なる金属を合わせて完成させる板金など

 

種類も様々です。

 

鋳金(ちゅうきん)

 

鋳造とも呼ばれる、金属を溶かし

 

鋳型に流し込んで成型する技術です。

 

奈良の薬師寺の薬師三尊も

 

この施術で作られており

 

鋳型の材料や作り方、金属の硬め型によって

 

異なる形や肌触りを制作します。

 

彫金(ちょうきん)

 

鏨(たがね)を使い

 

金属に彫りを入れていく技術です。

 

様々な手法で図柄や文字を

 

彫り入れるだけでなく

 

掘り出した溝に

 

地とは異なる金属や材質を嵌め込む

 

象嵌(ぞうがん)などの技法があります。

 

昔は刀装具を装飾するために

 

使われていましたが

 

廃刀令施行後は主に

 

芸術作品を制作する技法となっています。

 

刀剣研磨(とうけんけんま)

 

字の通り刀剣類を研磨する技術です。

 

廃刀令が公布された後

 

日本刀が美術作品として見られるようになり、

 

刀剣の美しさを引出す

 

研磨技術が完成しました。

 

研磨によって刀の色合いや

 

肌模様などを引き出していきます。

 

銅鑼(どら)

 

茶会などに使われる銅鑼づくりの技術です。

 

見た目以外に音色を重視される銅鑼づくりは、

 

制作工程が複雑で気温も関係するため

 

春夏以外の制作が難しいそうです。

 

現在人間国宝に認定されている

 

三代魚住為楽氏は、

 

名工といわれた祖父から技術を受け継ぎ

 

その技術を活かして

 

茶道具や風鈴も制作しています。

 

 

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