お役立ち情報

  • TOP
  • お役立ち情報
骨董品・美術品というと何のことか分からず、「ガラクタ」と考えて処分しようとしていませんか?その眠っている品物に思わぬ価値がある場合があります。まずはご相談ください。

人間国宝 十四代酒井田柿右衛門

十四代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)

 

十四代目酒井田柿右衛門は、

 

有田焼を代表する陶芸家です。

 

美しい色絵の技術や「濁手」と呼ばれる

 

独特の技術を得意としており、

 

海外からも評価の高い作品を

 

次々と作り上げていきました。

 

2001年には

 

「色絵磁器」の重要無形文化財保持者として

 

人間国宝にも認定されています。

 

そんな、十四代酒井田柿右衛門の生涯と

 

手がけた作品について紹介していきます。

 

 

十四代酒井田柿右衛門とは

 

柿右衛門家の始まりは17世紀前までさかのぼります。

 

良質な陶土がとれるとして佐賀県の有田町に移住した

 

酒井田円西は息子の喜三右エ門と共に、

 

白磁や染付などを作っていました。

 

その後17世紀前半

 

赤絵磁器の制作に成功したことを機に

 

「柿右衛門」の名を名乗るようになりました。

 

そこから柿右衛門家は技術と作風を継承し続け、

 

現在までその名前を受け継いでいます。

 

 

十四代酒井田柿右衛門は1934年、

 

佐賀県で生まれました。

 

父は、のちの十三代酒井田柿右衛門となる

 

酒井田渋尾でした。

 

十四代酒井田柿右衛門は、

 

多摩美術大学日本画家に進学し

 

絵画的構想力や絵画技術の基礎を習得していきました。

 

卒業後は十二代柿右衛門や十三代柿右衛門から

 

製陶技術を学んでいき

 

1966年に陶芸家としてデビューしました。

 

デビュー後は、優れた絵画技術と、

 

柿右衛門家で受け継がれる「濁手」と呼ばれる技法で

 

数々の名作を作り上げていきます。

 

国内外で名誉ある賞をもらうようになり

 

2001年、ついに色絵磁器の分野で陶芸家として

 

人間国宝に認定されたのでした。

 

 

 

十四代酒井田柿右衛門の作品の特徴

 

十四代酒井田柿右衛門は

 

「濁手」を中心に創作活動を続け

 

作品を世に送り出してきました。

 

「濁手」とは乳白色の素地のことで

 

通常有田焼で使用するものは青みが強いのに対し,

 

濁手には青みがほとんどないのが特徴です。

 

この濁手の上から色絵を描くことで、

 

絵の色合いが引き立ち

 

鮮明な絵柄の作品が作られるようになるのです。

 

 

実は、濁手の製作は江戸中期に一度中断されており

 

長い間復興されていませんでした。

 

これを復興させたのが十四代の父と

 

祖父に当たる十三代と十二代柿右衛門だったのです。

 

十四代は、先代の技術を受け継いで

 

素晴らしい作品を世に送りだしていったのでした。

 

 

代表作

 

「濁手桜文鉢」は濁手による純白の下地に

 

鮮やかな絵が施されている作品です。

 

淡い色合いで絵が施されており、

 

やわらかな味わいが感じられる作品です。

 

一方「濁手山つつじ文鉢」は

 

赤色の鮮明な色絵が描かれており

 

見る人の眼を引く作品となっています。

 

 

人間国宝 十四代今泉今右衛門

十四代 今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)

 

十四代今泉今右衛門は陶芸家として最年少となる

 

51歳で人間国宝に認定されています。

 

今泉今右衛門窯では代々「鍋島焼」という、

 

販売を目的とせず将軍への献上や

 

幕府の要人に向けての贈り物として作られる焼き物を

 

伝承してきました。

 

伝統を受け継ぎながら

 

新しさを加えることも忘れなかった

 

今泉今右衛門の鍋島焼は、年々作品に磨きがかかり

 

現在では今泉今右衛門は国宝といわれるまでの作品を

 

作るようになったのです。

 

 

ここでは、人間国宝に選ばれた

 

十四代今泉今右衛門についてご紹介していきます。

 

 

十四代今泉今右衛門とは

 

十四代今泉今右衛門が陶芸の道を歩み始めたのは

 

26歳になってからです。

 

大学時代は鉄の彫刻を学び、

 

卒業後はインテリア販売の会社に就職。

 

様々な芸術の形に触れたのち、陶芸家の鈴木治に

 

弟子入りすることになりました。

 

鈴木治の下では「ろくろや手捻り、老舗の作品など、

 

とにかくいろいろなものを見るように」と教えられ、

 

勉強に励みました。

 

ちょうどその頃は、同年代の陶芸家が

 

公募展で受賞して実績をつくっており

 

周りと比較してしまい焦りを感じていた今右衛門でしたが

 

今この時期に学んだ感性や技術が

 

のちの作品に生きてくるのでした。

 

1990年以降は

 

父である十三代今泉今右衛門のもとで家業を継ぎ、

 

色鍋島を中心とする

 

色絵磁器の陶芸技術を受け継ぎました。

 

その後は、色鍋島の技法に自分独自の技法を織り交ぜ

 

様々な賞を受賞していきました。

 

 

十四代今泉今右衛門の作品の特徴

 

十四代は、古くから鍋島焼に用いられる

 

「墨はじき」という技法を発展させた

 

雪花墨はじき」という技法を考案しました。

 

ここで表現されている模様は

 

ある時伝統の「墨はじき」という技法で

 

梅の花を描いたところ

 

焼き上がりが雪の結晶に見えたことがきっかけで

 

生まれたといいます。

 

墨はじきはまず墨で模様を描き

 

そこに染付け用の呉須の絵具を塗り焼成することで、

 

呉須をはじいた墨が飛び

 

美しい白抜きだけが浮き上がるようになっています。

 

 

代表作

 

代表作の「色絵薄墨墨はじき時計草文鉢」は

 

時計草の花模様と雪の結晶のバランスが絶妙な、

 

やさしい雰囲気に包まれた作品です。

 

墨の濃淡で花が内側から外側に向かって

 

広がっていく様子も

 

見事に表現されています。

 

また、「色絵薄墨墨はじき柘榴文蓋付瓶」も

 

鮮やかな色使いで描かれたザクロの葉と、

 

白く抜かれたざくろ模様が独特の風合いを生む、

 

今右衛門の名作として知られています。

 

 

人間国宝 十三代今泉今右衛門

十三代 今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)

 

十三代今泉今右衛門は、江戸時代から受け継いできた

 

「色鍋島」に十三代独自のオリジナリティを加え

 

現代の角度からみた色鍋島の製作を行ってきました。

 

十三代が技法として確立した

 

「薄墨吹墨」や「染付吹墨」は

 

伝統工芸展や日本陶芸展などで高い評価を得ており

 

ついに平成元年に人間国宝として認められたのでした。

 

 

十三代今泉今右衛門とは

 

今泉今右衛門窯では江戸時代から

 

代々「色鍋島」という色絵磁器の技術を

 

一子相伝で現代まで伝えてきました。

 

色鍋島は庶民には流通せず、

 

将軍への献上などを目的に作られた焼き物です。

 

今泉今右衛門家はこの色鍋島の伝統という宿命を背負い

 

明治維新、世界恐慌、第二次世界大戦という

 

動乱の世にも耐えながら技術を継承し続けました。

 

十三代今泉今右衛門は

 

色鍋島の伝統技術を継承するだけでなく

 

一作家としての個性を作品に込めるためにも

 

色鍋島にある現代性を引き出すことに尽力しました。

 

そして確立されたのが

 

吹墨」と「薄墨」という技術でした。

 

この技術で色鍋島独特の品性を備えつつも

 

今までにない色鍋島を作ることに成功したのです。

 

 

その後、十三代今泉今右衛門は色絵磁器の

 

重要無形文化財保持者として

 

人間国宝に認められました。

 

十三代は

 

「伝統とはただ引き継ぐのではなく、継承していく中で

 

その時代に合わせたものを新たに作っていくもの」

 

というメッセージを込めて

 

次世代に色鍋島を伝承しました。

 

 

十三代今泉今右衛門の作品の特徴

 

十三代今泉今右衛門は試行錯誤の末に

 

吹墨」という技法を確立しました。

 

吹墨とは作品に墨を吹きつけたような

 

模様を施す技法です。

 

この手法では、呉須を吹き付け、

 

濃淡の付いたしぶきをそのまま模様にします。

 

吹墨が施された陶器は、

 

白磁を地とした色絵付けとは異なる

 

独特の涼しげな風合いを感じることが出来ます。

 

また、同じく十三代が確立させた「薄墨」という技術は

 

吹墨を展開させた技法で、従来の色鍋島にはない

 

紬のような肌合いは温かみを感じさせます。

 

 

代表作

 

十三代の作品として有名なものには

 

「色絵吹重ね草花文蓋付瓶」や

 

「色絵緑地草花更紗文花瓶」があります。

 

「色絵吹重ね草花文蓋付瓶」は縦に伸びる

 

雲地紋の合間に

 

鮮やかな色合いで草花文が施されたもので

 

薄い水色に色づいた地と文様のコントラストは

 

上品さと重厚さを表現しています。

 

また「色絵緑地草花更紗文花瓶」は上絵の緑に

 

染付の青の草花紋が施された作品で、

 

十二代の使った緑地技法を取り入れた

 

伝統的な作品として有名です。

 

 

人間国宝 藤本能道

藤本能道(ふじもとよしみち)

 

藤本能道は色絵磁器で

 

人間国宝に認められた陶芸家です。

 

加藤土師萌と富本憲吉という二人の人間国宝を師にもち

 

二人の師が他界したあとは色絵磁器の第一人者として

 

作品を世に送り続けていました。

 

また、ジュネーブ国際陶芸展で銀賞を受賞するなど

 

世界的にも高い評価を受けていた

 

陶芸家としても有名です。

 

そんな藤本能道の生涯と

 

作品の特徴について紹介していきます。

 

 

藤本能道とは

 

東京都で生まれた藤本能道は

 

学生時代を現在の東京芸術大学にあたる

 

東京美術学校の工芸家図案部で過ごしました。

 

卒業後は富本憲吉や加藤土師萌という、

 

後に人間国宝に認定される陶芸家二人から指導を受け

 

色絵磁器について学んでいきました。

 

彼らが他界してからは、色絵磁器の第一人者となり

 

二人の師とはまた違った独自の色絵磁器の表現を

 

追い求めていくことになります。

 

1986年には美しい色絵磁器の技術が評価され

 

「人間国宝」に認定されました。

 

 

東京芸術大学を経て

 

人間国宝の師に指導を受けていた能道は

 

日本の色絵磁器のエリート街道を歩んできた

 

陶芸家とも言えるでしょう。

 

 

藤本能道の作品の特徴

 

藤本能道は陶芸家の中でも

 

非常に絵画的描写が優れていたことで

 

知られていました。

 

能道の描く絵は磁器の立体面の上でも

 

まるで平面に描いたかのような

 

繊細なタッチで描かれています。

 

また、藤本能動は

 

「草白釉」「雪白釉」「梅白釉」「霜白釉」といった

 

作品の下地となる釉薬を自ら作り、

 

オリジナル性の高い作品を作っていました。

 

最晩年には、「焔舞」といわれる技法で

 

妖艶な絵柄の陶器を描いています。

 

 

代表作

 

藤本能道は、優れた描写技術を活かして

 

芸術性の高い作品を多数世に送り出してきました。

 

その一つが「赤絵大壷」です。

 

この作品は、能道が1965年にジュネーブ国際陶芸展で

 

銀賞を受賞した際に出品されたものです。

 

勢いのあるタッチで描かれた草花と蝶は

 

素朴さの中に美しさを感じられます。

 

また、1968年に光風工芸賞を受賞した

 

「礎器色絵花瓶」も有名です。

 

 

人間国宝 加藤土師萌

加藤土師萌(かとうはじめ)

 

加藤土師萌は昭和時代を代表する陶芸家です。

 

中国の明時代に作られた

 

陶器の技術を再現した作品を発表するなど

 

東洋の陶器への関心も高く、独創的な作品を

 

多数世に送り出してきました。

 

色絵陶器においては富本憲吉と共に

 

「双璧」と称されるほどの腕前を持ち、

 

1961年にはこの色絵陶器の技術が認められて

 

人間国宝に認定されました。

 

 

加藤土師萌とは

 

1900年、加藤土師萌は瀬戸焼で有名な

 

愛知県瀬戸市に生まれました。

 

元々は画家を目指しており、愛知県立陶器学校の

 

図案科にて陶芸図案を学んでいましたが

 

岐阜県陶磁器試験場にて

 

技師として勤めるようになってからは

 

自身の作品を発表するようになりました。

 

 

1937年には、パリ万博に出品した

 

「指描沢潟文大皿」がグランプリを受賞し

 

陶芸家として広く名が知られるようになりました。

 

戦争で徴兵された後は

 

横浜市日吉に移住し日吉窯を築き、

 

中国明時代の黄地紅彩を復元することに成功します。

 

この黄地紅彩は重要無形文化財にも認められています。

 

さらには金襴手という、陶器に金の模様を

 

施す技法なども研究していきました。

 

その後、東京芸術大学の陶芸科の初代教授に就任し

 

1961年、色絵磁器の技術を認められ

 

人間国宝に認定されました。

 

 

加藤土師萌の作品の特徴

 

加藤土師萌は東洋の陶芸に関心を持っており

 

黄地紅彩金襴手といった

 

中国で使われていた技法を解明し

 

自身の作品に取り入れていました。

 

 

特に黄地紅彩は白磁胎に透明柚をかけて

 

1300度の高温で本焼きし

 

その上に黄釉を塗って約1000度で再度焼き付け、

 

さらにその上に絵の具で文様を描いて

 

850度で焼き上げるという技法です。

 

この手法で作られた作品は色に深みが感じられ、

 

独特の味わいが感じられます。

 

 

代表作

 

加藤土師萌の代表作には

 

「萌葱金襴手」などがあります。

 

こちらの作品は、金襴手の

 

美しい金箔模様が印象的な壺となっています。

 

また、「色絵瑠璃金彩芦文水指」は

 

花模様と黒色の模様が交互に描かれており

 

見る人の目を引く作品です。

 

 

人間国宝 富本憲吉

富本憲吉(とみもとけんきち)

 

富本憲吉は建築学や室内装飾など

 

様々な分野に精通した陶芸家です。

 

大正時代初期に、イギリスの有名陶芸家

 

バーナード・リーチの通訳として同行した先で出会った

 

六代目尾形乾山に影響され

 

陶芸の道を志したと言われています。

 

その後様々な感性に触れて

 

人にまねでない独自の絵柄や形を追い求めた富本憲吉は

 

重要文化財の「色絵磁器」の保持者として

 

人間国宝に認定されました。

 

 

ここでは、そんな富本憲吉の生涯と

 

作品の特徴について説明していきます。

 

 

 

富本憲吉とは

 

富本憲吉は1886年に奈良県に生まれました。

 

現在の東京藝術大学にあたる

 

東京美術学校の図案科建築部に通い、

 

在学中にロンドンへと留学します。

 

留学先ではモダンデザインの父と呼ばれる

 

ウイリアム・モリスなどの工芸思想を

 

具現化した仕事に触れる機会に恵まれます。

 

その後日本に帰国した憲吉は

 

イギリスの有名陶芸家として知られている

 

バーナード・リーチと意気投合し

 

彼が師事していた六代目尾形乾山に影響され

 

陶芸の道に入ることとなりました。

 

 

憲吉は「模様から模様を作らず」という信念のもと

 

オリジナルの芸術を追い求め、研究の末に独自の白磁を

 

完成させることに成功しました。

 

そして1955年には「色絵磁器」が認められ

 

濱田庄司、荒川豊藏、石黒宗磨らとともに

 

初の人間国宝の一人に認定されています。

 

 

富本憲吉の作品の特徴

 

富本憲吉は色絵磁器の素晴らしさが評価され

 

人間国宝に認められました。

 

この「色絵磁器」とは、磁器の表面に赤、緑、

 

黄色などの色絵具で文様を表現する技法です。

 

絵の具は、酸化金属とガラス粉によって

 

調合されています。

 

憲吉の描く模様は

 

自然風景や植物を独自に咀嚼して書いたものが多く、

 

オリジナルを求めた憲吉らしい作品が

 

多数作られています。

 

 

代表作

 

富本憲吉の代表的な作品に

 

竹林月夜模様皿や赤更紗模様皿などがあります。

 

竹林月夜は鮮やかな青色を使い

 

素朴なタッチで描かれた絵柄が美しい作品です。

 

また、赤更紗模様皿は

 

引き込まれるような模様が見る人の目を引きます。

 

当時の常識を破る、首の低い、

 

安定感と力強さを持った白磁も

 

憲吉ならではの作品といえます。

 

色彩や模様によるごまかしの利かない白磁には

 

焼きあがった中でも

 

最も形の整ったものにこだわって

 

絵付けを施していたようです。

 

 

ご相談お気軽にお問い合わせください

買取品目

買取品目

LINE査定・WEB査定
買取専門店KURAYA