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骨董品・美術品というと何のことか分からず、「ガラクタ」と考えて処分しようとしていませんか?その眠っている品物に思わぬ価値がある場合があります。まずはご相談ください。

Samantha Thavasa(サマンサタバサ)

Samantha Thavasa(サマンサタバサ)の歴史と概要

1994年寺田和正氏が日本のバッグブランドとして、株式会社サマンサタバサジャパンリミテッドを創業しました。同年4月には1号店(渋谷パルコ店)をオープンしましたが特に注目を浴びることなく、その後も店舗数を増やしていきました。しかし、国産ブランドである為、人気ブランドになるには程遠いものでした。

 

2003年転機が訪れます。ジュエリー部門を新設し、2004年には銀座に出店、ターゲットを若い層に絞り事業を強化しました。また、ビヨンセ、ヴィクトリア・ベッカム、マリア・シャラポワ、ペネロペ・クルス、モニカ・クルス、サラ・ジェシカ・パーカーとのコラボレーションを行い、徐々に売り上げが上がって行きました。旗艦店を2005年に「表参道GATE店」をオープンし、同年にモバイルユーザーを意識しサイトを立ち上げました。これにより若者層に人気を集め、人気ブランドとしての地位を確立しました。

 

国外初の路面店を2006年にニューヨークのマディソンアベニューに出店を果たし、2007年にはアパレル業界に進出、翌年にはセレクトショップを展開しました。

ZERO HALLIBURTON(ゼロハリバートン)

ZERO HALLIBURTON(ゼロハリバートン)の歴史と概要

1938年アール・P・ ハリバートンが創業しました。世界中をビジネスで飛び回る中、航空機エンジニアのヒントを得てアルミニウム合金を使用した、頑丈な鞄が完成しました。その後「ハリバートン・ケース」社をカリフォルニア州に設立しました。鞄の製造を「ジロルド・カンパニー」社が担当し、発音をしやすくするためジロルド社は1946年に「ゼロ・コーポレーション」と改名し、1952年にハリバートン・ケース社がゼロ・コーポレーションの傘下に入り、1959年に社名が「ゼロハリバートン」となりました。

 

1969年にアポロ計画で、月の石を採集するケースとしてゼロハリバートンの鞄が使用されました。アメリカ航空宇宙局(NASA)から製造を依頼され「月面採取標本格納器」と呼ばれたが、宇宙用として特殊に改造したものではなく、一般に市販されているケースを少し加工しただけでした。その頑丈さ、デザインから様々な人物、シーンで使用されて、テロの爆発に遭っても中身が無事であるなど逸話も多いです。1946年より補強のため、トレードマークでもある2本のプレスラインが入れられるようになり、当初アルミニウム合金製が主流だったが、現在ではポリカーボネート、ナイロンといった素材を使用したケースもあります。近年では牛革を使用した小物シリーズも登場しました。2008年には創業70周年を記念した、限定モデルを発表しました。

GLOBE-TROTTER(グローブ・トロッター)

GLOBE-TROTTER(グローブ・トロッター)の歴史と概要

1897年デビッド・ネルキン氏が「グローブ・トロッター」をドイツに創業しました。後にイギリスに拠点を移し、職人によるハンドメイドにこだわり生産される、数はごく少数で限定されています。

 

ヴァルカン・ファイバーと呼ばれる特殊な紙を何層も重ね、樹脂をコーティングした特殊素材を使用、軽量さ、弾力性、頑強さを実現しています。グローブ・トロッターの最大の特徴は色落ち、風合いが出る点で、空港などで衝撃を受けることでケースに風合いが出てきます。それが100年以上絶大な支持を得ている理由であり、エルメス、ルイ・ヴィトンなどの人気ブランドのトランクとは異なる個性と言えます。90年代後半に日本にも展開を始めました。

 

1997年創立100周年を記念した、最上級ライン「センテナリー」を発表しました。2004年には最上級ライン「センテナリー」に初の女性用シリーズ「Jewel」を発表しました。2008年110周年の集大成としてトランク「110(ワンテン)」を発表し、ヴァルカンファイバー製ではなく、東レ・デュポン社との技術提携により誕生したカーボン・ファイバーを使用しました。特殊繊維を織り込むことで、重量1.4kgという軽量化、硬く頑丈なケースを作りだしました。ブランドや他業界企業とのコラボレーションも積極的に行い、1997年にコム デ ギャルソンとバニティーケースを発表しました。2002年イーリーキシモト、2006年ジョンストンズやエルメス、2007年ランドローバー、2008年ジェイ・クルーやアンダーカバーとコラボレーションでトラベルケースを発表しました。2016年「グローブ・トロッター 銀座」を日本初の旗艦店として東急プラザ銀座にオープンさせました。

RIMOWA(リモア)

RIMOWA(リモア)の歴史と概要

1898年にポール・モルシェックが「Paul Morsceck & Co.」を創業しました。ケルン大聖堂があるドイツ・ケルン市内中心部で創業を開始し、牛革を素材としたスーツケースで有産階級の人達に愛されるブランドになりました。32年後の1930年息子のリチャード・モルシェックが会社を引き継ぎ、「RIchard MOrscheck WArenzeuchen」の頭文字をとって、現在のブランド名「リモワ」となりました。

 

1937年に主流としてきた牛革を使うのではなく、軽量性や強度の面で優れ、航空機の素材として使われていたジュラルミンに着目し、スーツケースの表面を凸凹にするリブ構造を採用し、ジュラルミン製スーツケースの販売を開始しました。

 

3代目のディーター・モルシェックも、より優れた製品作りに励みました。1984年世界一軽量のABS樹脂製スーツケースの開発に成功しました。最近ではポリカーボネート製スーツケースを発売、大ヒットを収め、現在に活躍が続いています。その時代に応じ、旅行する人たちが便利になる様に創意工夫を続けているのが「リモワ」という企業なのです。

Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)

Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)の歴史と概要

フランスのスーツケース職人のルイ・ヴィトンが創業しました。評価されるようになったのは、創始者であるルイが亡くなった後です。ヴィトン社はまず「グリ・トリアノン・キャンバス」と言うトランク工場として創業し、このトランクは灰色のキャンバス地で覆われておりとても軽量なものでした。1854年ルイは世界初となる旅行用鞄の専門店をパリに創業し、1860年ヴィトン社は需要に押されて規模を拡大していきました。1867年、万国博覧会で銅メダルを獲得し、これにより世界的な評判を得ました。1869年にはエジプト総督のイスマーイール・パシャが、1877年にはロシアのニコライ皇太子が、それぞれ1セットのトランクを発注したことが記録されています。また、スペイン国王アルフォンソ12世からもトランクの注文を受けるなど、主にスラブ、ラテン系王侯族に重用されてきました。

 

トランクの上から布地を貼る技法は、容易にコピー商品が出回ることとなり、1872年ルイは別の布地を使うようになりますが、コピー商品に押されることなく、彼のビジネスは成功を収めました。1885年ヴィトン社はロンドンに進出し、1888年息子のジョルジュが模倣品防止のためベージュと茶褐色のチェス盤にルイ・ヴィトンの銘が入った「ダミエ・ライン」と呼ばれるデザインを考案しました。

 

父ルイの死後、ジョルジュはルイ・ヴィトン社を世界的な企業へと押し上げます。ジョルジュは、万国博覧会に出展するなど、会社をうまく運営し続けましたが、ダミエにも模倣品が出回り、1896年ヴィトン社はそのトレードマークとなる布地を新たに発表し、それは「モノグラム・ライン」と呼ばれました。モノグラムは万国博覧会で目にした日本の家紋に触発され、その模様は様々なシンボルと共にルイ・ヴィトンを示す「LV」というマークでが描かれています。1898年にはパリで行われたオートショーにヴィトン製品を出展しました。1900年代に入り万国博覧会での評価が高くなり「旅行アイテムおよび革製品」の部門担当、また、万国博覧会の議長を務めるなど世界的に信用を得てきました。

 

1978年には日本の東京に3店舗、大阪に3店舗をオープンさせ、1981年には東京銀座に直営店をオープンさせました。その後、シャンパンメーカーのモエ・ヘネシーと合併、LVMHが誕生。LVMHグループは拡大を続け、デザイナーにマーク・ジェイコブスを迎え、アパレル商品、靴の展開をスタートし、2000年代には時計の展開をスタートしました。また、クリスチャン・ディオールやフェンディなど有名ブランドを傘下におさめる巨大ブランド企業に成長しました。

Hermès(エルメス)

Hermès(エルメス)の歴史と概要

エルメス社の母体になったのは、ティエリー・エルメスが1837年にパリに開いた馬具工房で、ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客として発展しました。

ティエリーの孫にあたる3代目のエミール=モーリス・エルメスは事業の多角化に着手し、1892年には、馬具製作の技術を基にエルメス最初のバッグである「サック・オータクロア」を製作しました。1927年に腕時計を発表、さらに服飾品・装身具・香水などの分野にも手を広げ、それらの製品のデザイン、製造、販売をすべて手掛ける会社となりました。

1980年代からエルメス社はシャツや帽子を発注していた会社を次々と買収していきましたが、リシュモン系列やLVMHグループの買収戦略とは異なりました。職人技の維持を第一優先にした為、買収対象は比較的小規模の会社に留まっています。エルメスと資本関係のあるブランドには、食器のサンルイ、ピュイフォルカ、英国靴のジョン・ロブなどがあります。

ケリーバッグとバーキンはエルメスを代表するバッグで、世界的に人気があり、ケリーバッグはサドルバッグをレディース用に改良して1935年に発売したもので、当初は「サック・ア・クロア」という商品名で売られていました。「サック・ア・クロア」を「ケリーバッグ」と改称したきっかけは、1955年モナコ公妃となっていたグレース・ケリーが、パパラッチを避けたときに妊娠中の腹部をとっさに持っていたこのバッグで隠しました。その写真が雑誌に掲載され一躍その認知度が高まりました。エルメスはこれに便乗しモナコ公国の許可を得て、1956年「サック・ア・クロア」を「ケリーバッグ」と改称しました。バーキンは1984年、第5代社長のジャン=ルイ・デュマ=エルメスが、航空機の機内でイギリス出身の有名女性歌手と隣合わせになり、彼女がボロボロの籐の籠に何でも詰め込んでいるのを見て、整理せずに何でも入れられるバッグをプレゼントさせてほしいと申し出たエピソードに由来します。

2004年ジャン=ポール・ゴルチエがマルタン・マルジェラの後継としてデザイナーに就任しました。2004年のパリ・コレクションではエルメスの伝統である馬具、皮革製品を意識し、伝統に配慮し、オレンジや黒を中心とした鋭角的でブランドの風格を意識したデザインを発表しました。2016秋冬コレクションより、ナデージュ・ヴァネ=シビュルスキーがアーティスティックディレクターを務めています。

 

 

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