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ロイヤル・ドルトン ~Royal Doulton~

ロイヤル・ドルトン~Royal Doulton~とは 

 

ロイヤル・ドルトンは

 

イギリスの陶磁器メーカーです。

 

1815年に、ジョン・ドルトンが

 

ジョン・ワット、マーサ・ジョーンズの2人と

 

創業しました。

 

創業時には重厚な炻器で

 

水差しやビールのピッチャーなどの日用品、

 

また陶磁器の一種でできた下水管などを

 

製造していました。

 

そして1853年、社名は「Dolton」となります。

 

 

ドルトンがその名を広めていったのは

 

父から会社を受け継いだ

 

2代目ヘンリー・ドルトンの時です。

 

産業革命の最中であった当時

 

彼はまず工場の設備に蒸気機関を取り入れ

 

生産効率を向上させました。

 

また、都市部へ人口が集まることによって起きた

 

産業の過密化や

 

公衆衛生の急速な悪化を改善すべく

 

洗面器や便器などの

 

排水設備を改良する衛生用品を製品化し

 

海外への輸出なども行います。

 

しかし1870年頃からは、

 

ドルトンは高級路線を目指していきます。

 

 

1871年にはロンドンのランべスに工房を築き

 

美術学校の生徒の技術を活かした

 

「作家もの」のシリーズ

 

「アート・ポッタリー」の制作を始め

 

1877年、現在の生産拠点でもあり

 

イギリスの陶器の聖地といわれる

 

ストーク・オン・トレントのバーズレムへ

 

窯を移します。

 

ここからボーンチャイナの技術を導入し

 

高級テーブルウェアの制作を始めていきました。

 

後にドルトンの作品が

 

イギリス王室にも知られるようになると

 

ヘンリー・ドルトンは1877年に

 

ヴィクトリア女王から磁器界で初めての

 

「ナイト」の称号を授かり、

 

1901年にはエドワード7世によって

 

「ロイヤル」の称号を受け取ります。

 

こうしてドルトンは

 

「ロイヤル・ドルトン」と名乗るようになり

 

世界最大の陶磁器メーカーとなっていきました。

 

代表作

 

フェイブル

 

北欧の歴史や子供向けの民話の本をモチーフに

 

デザインされた作品です。

 

ロンドンのイラストレーター、

 

キャロライン・シュノールとのコラボレーションで制作され

 

白磁に栄える赤や青の

 

北欧風植物模様が特徴です。

 

 

ロイヤルドルトン フェイブル

 

 

ロンドンコーリング

 

ロンドン塔、バッキンガム宮殿、

 

ロンドン・アイなどの

 

イギリスのシンボル的な景色が

 

モノトーンで描かれたデザインです。

 

ロンドンのテキスタイルデザイナー

 

シャーリーン・ミューレンとのコラボレーションで制作され

 

モノトーンで描かれた町並みの中に

 

赤く小さく描かれたバスやヘリコプターが

 

アクセントとなっている作品です。

 

 

ロイヤルドルトン ロンドンコーリング

 

 

パステル

 

その名の通り、淡く優しい色使いの模様が

 

特徴的な作品です。

 

職人技が織りなす

 

繊細で美しい版画をモチーフに

 

制作されています。

 

ドット模様の「ライラック」、

 

シェブロン模様の「オレンジ」、

 

ダイヤモンド模様の「レッド」、

 

デイジー模様の「グリーン」の

 

4色のパステルカラーで色付けされています。

 

 

ロイヤルドルトン パステル

 

 

KPM ~ベルリン王立磁器製陶所~

KPM ~ベルリン王立磁器製陶所~とは

 

ベルリン王立磁器製陶所は

 

ベルリンの陶磁器メーカーです。

 

1763年フリードリヒ大王によって創立され

 

通称『KPMベルリン』と呼ばれています。

 

 

創業前、KPMベルリンは民間企業でした。

 

ヨーロッパでは制作が困難だった白い中国磁器が

 

「白い金」と呼ばれていた時代、

 

王家の資金で

 

白い磁器の制作を試みたのが始まりです。

 

 

1751年、毛織物工場主である

 

ヴィルヘルム・カスパー・ヴェーゲリーは

 

フリードリヒ大王から

 

王立磁器製陶所設立の特権を得ました。

 

設立された製陶所は技術者を迎え入れ

 

作品の制作を始めますが、

 

窯の情報が流出し倒産してしまいます。

 

その後ヴィルヘルムは

 

商人ヨハン・エルンスト・ゴッツコフスキーに

 

資材や道具を譲り、1761年、

 

ゴッツコフスキーは大王より製陶所を取得し

 

多くの技術者をスカウトして

 

技術を磨いていくと共に

 

工場の規模を拡大させていきました。

 

 

しかし7年戦争の影響で

 

工場が立ち行かなくなり

 

大王は1763年に

 

救済措置として工場を買い取ります。

 

さらに当時残っていた146名の従業員に

 

「平均以上の給与」「安定した年金制度」

 

「児童労働者の禁止」「医療基金制度」

 

「孤児や未亡人の支援」を保証し、

 

製陶所に「王室磁器製作所ベルリン」の名前と

 

選候王ブランデンブルクの紋章からとった

 

王家の笏の製品マークを与えました。

 

大王によって整えられた

 

合理的な作業手順や技術、そして

 

従業員への厚い保証のある工房経営など

 

KPMベルリンは現在に続く

 

見本工場となったのです。

 

その後も大王は技術者を集め続け

 

自ら様々な食器類セットを発注したり、

 

工房内でも食器以外に花瓶やフィギュア、

 

陶板画・ビスク焼など

 

多くの作品が制作されました。

 

当時からの優れた芸術家によるデザインや

 

絵付けの技術は現在でも保たれ、

 

その様々なレパートリーは

 

150,000以上の型があるそうです。

 

 

KPMベルリン1

 

 

KPMの絵付けマーク

 

前述した通り、KPMの製品にはマークとして

 

王家の笏のロゴが入れられています。

 

しかしこのマークを見る際に注意したいのが

 

その下にある赤い帝国宝珠のマークです。

 

これは1803年以降、

 

KPMで絵付けされた作品にのみ

 

付けられているもので

 

色は年代ごとに青や緑のものも存在します。

 

絵付けしていない白磁も生産しているKPM

 

他の工房の絵師によって絵付けされた製品と

 

区別するため付けられました。

 

 

KPM 紋

 

 

KPMの陶板画

 

食器はもちろんの事、

 

KPMはフィギュアや陶板画の制作にも

 

力を注いでおり

 

特に銅版画は上質な白磁に焼き付けた

 

緻密で美しい絵付けが

 

世界中で評価されています。

 

作品には肖像画や

 

名画を再現したものなどが多いですが、

 

絵画と異なる陶板画の滑らかな質感や

 

透き通るような色彩は、

 

絵付けと焼成を

 

10回以上繰り返さなければ完成しない

 

当時の最高の技術と製法によって

 

実現されています。

 

 

KPMベルリン2

 

 

フッチェンロイター ~HUTSCHENREUITHER~

フッチェンロイター ~HUTSCHENREUITHER~ とは

 

フッチェンロイターはドイツの陶磁器メーカーです。

 

1814年の創業以来、

 

「人間の手に勝る技術・機械は存在しない」

 

という信念で

 

手作業の絵付けにこだわっています。

 

 

創業のきっかけは、ドイツのシュタインベルクで

 

カール・マグヌス・フッチェンロイターが

 

白磁の原料である

 

カオリンを発見したことでした。

 

父親が陶磁器の絵付け工房を経営しており

 

絵付けの経験があったカールは

 

ホーエンブルグに絵付け工房を設立し

 

自ら陶磁器制作を試みます。

 

しかし、すでにドイツには

 

バイエルンのニュルンベルク王立窯や

 

ニンフェンブルク窯が創業されており

 

中央政府は王立窯と民間企業の競合を恐れた為、

 

なかなか許可を出しませんでした。

 

フッチェンロイターは

 

バイエルン王に熱意をもって懇願を続け

 

それから8年後の1822年、

 

「いかなるものよりも

 

優れた商品をつくること」を条件に

 

やっと王立以外の開窯の許可を得て

 

陶磁器の制作を始めました。

 

 

条件と共に王から授かった、

 

バイエルン州のシンボル「ライオンマーク」は

 

息子であるロレンツ・フッチェンロイターが

 

1857年に独立した際にロゴデザインとし

 

会社の成長と共に

 

他企業との合併が数回繰り返されます。

 

 

1969年、ついに

 

父のカールが創設したフッチェンロイターを買収すると、

 

新たに技術も向上し、

 

フィギュリンの制作も始められました。

 

フッチェンロイターの職人によって

 

制作されたフィギュリンは

 

その後ドイツ大統領公邸や

 

ホワイトハウスにもコレクションされています。

 

 

フッチェンロイターは

 

「人間の手にまさる技術、機械は存在しない」

 

の信念通り

 

白磁は100人以上の手を経て出来上がり

 

絵付け作業も手作業で行われているそうです。

 

2000年にローゼンタールグループの

 

傘下に加わったものの

 

その芸術性を残しながらも

 

実用性や機能性を兼ね備えたデザインは

 

現在でも世界中で親しまれています。

 

代表作

 

ブルーオニオン・プレミアム

 

1926年に正式にマイセン窯から

 

パターンを譲り受けた、

 

世界的に有名な白磁のデザインです。

 

中国磁器のザクロ模様をモチーフにしたもので

 

描かれた植物にはそれぞれ

 

東洋哲学に基づく意味が込められています。

 

 

フチェンロイター ブルーオニオンプレミアム-0

 

 

エステール

 

19世紀のベルエポック時代に

 

デザインされた作品です。

 

涼しげなブルーに

 

小花柄があしらわれているのが特徴で

 

曲線を多用した繊細で緻密な

 

ロココ調のフォルムです。

 

「エステール」の他に、

 

アレンジされた「ライトエステール」や

 

「ピンクエステール」などのデザインが

 

展開されています。

 

 

フッチェンロイター エステール-0

 

 

パピヨン

 

クリームオフホワイトの地色に描かれた、

 

黄色や青の花の間を舞う蝶が

 

デザインされている作品です。

 

 

フッチェンロイター パピヨン

 

 

ノリタケ ~Noritake~

ノリタケとは

 

ノリタケは日本の陶磁器メーカーです。

 

愛知に工場を置き、

 

洋食器の製造で培った技術を活かし

 

株式会社ノリタケカンパニーリミテドとして

 

工業機材事業、セラミック・マテリアル事業、

 

エンジニアリング事業など

 

セラミックスに関わる様々な事業に携わっています。

 

 

ノリタケは1904年に

 

森村市左衛門によって設立されました。

 

その始まりは江戸末期に、六代森村市左衛門が

 

鎖国の解かれた日本から

 

大量の貨幣が海外に流出することを

 

目の当たりにした頃です。

 

国力の衰退を憂いた市左衛門は

 

師である福沢諭吉に相談し、

 

国外に流れた金を取り戻すには

 

輸出貿易で外貨を稼ぐべきだと悟ります。

 

 

こうして1876年、

 

市左衛門は貿易商社『森村組』を設立し

 

弟の豊(とよ)をニューヨークに送ると

 

MORIMURA BROTHERS

 

(モリムラブラザーズ)』という

 

在米日系雑貨店を開業しました。

 

そこで伝統的な日本雑貨である掛軸や団扇、

 

印籠・屏風・陶磁器・漆器などが

 

アメリカ人たちに非常に人気があること、

 

またアメリカ人の間では有田焼や清水焼より

 

純白の生地に

 

洋風な絵付けが施された陶器の方が

 

人気があることに気づきます。

 

さらにパリの万国博覧会で見かけた

 

白い陶磁器にも感銘を受け、

 

森村組は美しい白磁器の制作を

 

日本で始めました。

 

 

かなりの年月を研究に費やし、

 

白生地が完成した1904

 

森村組は現在に続く形となる

 

「日本陶器合名会社」を愛知に設立します。

 

日本陶器は

 

日本で初めて高級洋食器を生産すると共に

 

明治時代から戦前にかけて

 

商品を欧米向けに大量に輸出しました。

 

制作されたデザインの食器は

 

模造品が出回るほど人気を博し

 

この時期の「オールドノリタケ」

 

と呼ばれるアイテムは

 

コレクターにも人気が高いものです。

 

ちなみに

 

1953年までに販売されたノリタケ製品は

 

現在プレミアノリタケと言われています。

 

 

オールドノリタケ

 

オールドノリタケとは、1800年代末から

 

第二次世界大戦前後までの間に

 

森村組と日本陶器で作られ

 

主にアメリカへ輸出された装飾品や

 

テーブルウェア等の総称です。

 

伝統的な感性と巧みな技術が融合し

 

非常に高い評価を受けたこの時期の作品は

 

大きく2つに分けられます。

 

1つはアールヌーボー様式と呼ばれる

 

1910年代までの作品です。

 

草木や花などの自然をモチーフにした

 

淡いパステルカラーのデザインが特徴です。

 

当時流行した

 

アールヌーボーの影響を強く受けています。

 

2つめはアールデコ様式です。

 

1922年頃から1929年頃の

 

短い間に生産されたもので

 

当時はそれまでの高級な装飾品ではなく

 

ファンシーウェアが

 

機械で大量生産されていました。

 

しかしこれらの製品は

 

ノリタケの工業的に優れた技術や筆使い、

 

色彩の完成度の高さを表したものとされ

 

オールドノリタケの中でも

 

貴重なアイテムとされています。

 

 

ノリタケ アールヌーボー-0

 

ノリタケ アールデコ

 

 

香蘭社

香蘭社とは

 

香蘭社は日本の陶磁器メーカーです。

 

本社は有田焼で有名な佐賀県有田町にあり、

 

高級陶磁器以外にも、

 

電線に使われる器具である

 

「がいし」という器具なども制作しています。

 

 

創業は元禄時代、初代の深川栄左衛門が

 

磁器の製造を始めたことがきっかけでした。

 

後に8代目栄左衛門が

 

明治維新の影響で佐賀鍋島藩の支援を失った

 

有田焼の再興に力を注ぎ

 

絵付け師や陶工を集めて作った結社が香蘭社です。

 

この頃はまだ個人経営でしたが

 

1870年には工部省の要請で

 

香蘭社が有田焼の技術を活かした

 

磁器製の絶縁がいしを日本で初めて製造し、

 

通信事業に大きく貢献することとなりました。

 

 

その後も陶磁器の制作を続けた香蘭社は

 

1875年になると個人経営での発展の限界を感じ、

 

合本組織香蘭社を創業します。

 

以後世界各地で行われた万国博覧会で

 

非常に多くの名誉金牌を受賞し、

 

海外にもその名を広めました。

 

1879年には現在にも続く形となる株式会社、

 

香蘭合名会社を設立します。

 

数年後には宮内省御用達ともなり

 

有田焼の名声と

 

その素晴らしさを世界に広めています。

 

 

香蘭社1

 

 

ブランド

 

現在では洋食器だけでなく

 

明治期のデザインをモチーフとしたペンダントや

 

柄が磁器製の万華鏡など

 

様々な作品も制作している香蘭社ですが

 

シリーズによってはブランド分けされています。

 

 

香蘭社4

 

 

榮左衛門

 

香蘭社の代表的なブランドです。

 

創業者深川栄左衛門にちなみ、

 

主に明治時代に製造した作品をモチーフとした

 

伝統的な技と、優雅で多彩な絵付けが

 

作品の特徴です。

 

商品には、1977年に

 

昭和天皇に献上したセットと同じ

 

デザインを施した、

 

『青華緑彩花車模様切透飾り壺』や

 

明治後期の作品を復刻した

 

古伊万里調の花柄デザインの

 

『染錦草花図長角蓋物』などがあります。

 

香蘭社クラシック

 

有田色絵磁器の多彩な文様で

 

世界から多くの賞を受賞した香蘭社の

 

当時の技法や緻密な文様を再現することで出来上がる

 

クラシカルな雰囲気を醸し出す作品が特徴です。

 

商品に、

 

1909年にシアトル太平洋博に出品した際

 

グランプリとなった

 

「染錦唐草遊犬の図」のデザインを復刻した

 

『環付香炉』などがあります。

 

赤繪町工房

 

色絵磁器制作の最終段階である

 

赤絵付けの絵付け師が集まる界隈

 

「赤絵町」に工房を設け

 

作品を制作しているブランドです。

 

2015年には創立25周年を迎え

 

作品はオリジナリティを交えた

 

赤絵付けが施されています。

 

商品に、人気のある「山茶花」が描かれた

 

赤絵柄が特徴の『山茶花蓋物』や、

 

瓢の図柄を施した江戸切子とのコラボ

 

『赤ひさごぐい飲みグラス』などがあります。

 

 

香蘭社 赤繪町工房

 

 

大倉陶園

大倉陶園とは

 

大倉陶園は日本の陶磁器メーカーです。

 

1919年、

 

大倉孫兵衛・和親親子によって創業し

 

高級洋食器を製造しています。

 

 

1919年に

 

現在の東京都大田区蒲田に工場を設立すると

 

大倉孫兵衛はイギリスやフランス、イタリアに

 

劣らない品質の洋食器を造りたいと

 

当時日本では製造されていなかった

 

硬質な白磁の製造を始めました。

 

商品化までには多くの研究と実験を重ね、

 

1922年に初めて菓子鉢が出荷されますが

 

その頃には大倉孫兵衛は

 

他界してしまっていました。

 

 

しかし孫兵衛の努力の甲斐あって

 

数年後には三越と取引が始まり

 

大倉陶園の商品は市販されるようになります。

 

その後ワシントン日本大使館への

 

ディナーセット納入や

 

昭和天皇の長女成子様の成婚で

 

食器調達を受け持つなどして

 

大倉陶園の商品は多くの人々に

 

その品質の高さを認められていきました。

 

 

1945年には空襲で工場が全焼するも

 

翌年には出荷を再開し

 

その後、天皇明仁様と美智子様の

 

成婚祝いの晩餐会用の食器を制作するなどして

 

以後皇室御用達となっています。

 

 

大倉陶園の作品

 

大倉陶園は『良きが上にも良きものを』を理念に

 

鑑賞価値の高い商品を製造しています。

 

前述した皇室に納品した作品以外にも

 

各国の一流ホテルやレストランで幅広く使われ

 

その作品は

 

《セーブルのブルー、大倉のホワイト》

 

と賞されています。

 

 

ブルーローズ

 

1928年に完成したとされ、

 

現在でも人気のある作品です。

 

美しい白磁の地に

 

コバルト絵具と油で絵付けする

 

岡染付という独自の技法を活かして

 

青いバラが素晴らしいグラデーションで

 

描かれているのが特徴です。

 

高火度で繰り返し焚き上げることで

 

完成するそうです。

 

 

大倉陶園 ブルーローズ、-0

 

 

呉須正倉院

 

1961年に誕生した作品です。

 

「呉須」とは日本に古くからある

 

清水焼や有田焼などの磁器に用いられた技法のことで

 

素焼きした地に

 

コバルト絵具と水を使って絵を描きます。

 

正倉院の宝物の中から

 

唐草文や唐花文様が描かれたものが

 

モチーフになっています。

 

 

大倉陶園 呉須正倉院-0

 

 

クラシックローズ

 

1983年の作品で

 

大倉陶園のハンドペイントの

 

代表的なデザインです。

 

白磁に美しいバラと葉・枝が

 

日本画の技法によって描かれています。

 

ナポレオン

 

1970年の作品で、

 

大倉陶園独自の漆蒔という技法を用いて

 

作られています。

 

生地に漆を塗った上に顔料を擦り

 

漆の中に落ち着かせ焼成することで

 

筆跡などのない均一な色合いの

 

色付けになっているのが特徴です。

 

このナポレオンのシリーズには

 

ナポレオン・ボナパルトが好んだ

 

モスグリーンの漆蒔技法が施されており、

 

月桂樹で彼を象徴する

 

蜂と王冠を囲んだデザインになっています。

 

 

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