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アラビア ~ARABIA~

アラビア ~ARABIA~ とは

 

アラビアはフィンランドの陶器メーカーです。

 

元々は1873年に

 

スウェーデンの陶器メーカー、ロールストランド社の

 

子会社として設立されました。

 

 

当初ロールストランド社は

 

隣国のロシア市場への進出を考えており

 

アラビア設立から10年ほどは

 

白地のシンプルなものを製造していました。

 

それから20世紀初頭ごろまでは

 

研究を重ねながらロシア向けの食器や陶器、

 

また銅版転写による

 

ディナーセットを製造していましたが

 

徐々にヨーロッパ全土で

 

民族ごとに異なるそれぞれの芸術性が

 

注目されはじめ、アラビアでも

 

高い装飾技術が生まれていきます。

 

 

1916年になると、

 

第一次世界大戦の影響によって

 

ロールストランド社に売却されたアラビアは

 

正式に独立しました。

 

初代社長となった

 

カール・グスタフ・ヘルリッツは

 

労働環境や製造過程を見直し

 

工場を拡大していき

 

「美しい日常」を

 

会社のスローガンとして掲げます。

 

また、制作方法の簡略化や

 

大量生産が重視される中で

 

彼はデザイナーたちの芸術性を

 

特に重視しました。

 

それによって美しいデザインが

 

次々と生み出されたアラビアの作品は

 

1937年、パリ万国博覧会で金賞を受賞し

 

会社は成長を続けていきました。

 

 

スローガンとなった

 

「美しい日常」という言葉は

 

1940年代の第二次世界大戦の戦時中、

 

また戦後も稼働を続けた工場と

 

フィンランドの人々を支え

 

多くのデザインを生んでいきます。

 

特に20世紀中頃は

 

アラビアにとっての黄金時代となり

 

カイ・フランクやウラ・ペロコッペといった

 

優秀なデザイナーが多く採用されました。

 

アラビアは1990年になると

 

北欧リビング商品を取り扱う

 

iittala」に買収されましたが

 

現在でも創業当初と同じ場所で

 

作品の制作を続け

 

そのデザイン性と機能性に優れた作品は

 

世界中で親しまれています。

 

 

代表作を生み出したアーティスト

 

ビルゲル・カイピアイネン

 

1969年に

 

パラティッシというデザインを制作しました。

 

黒の輪郭線に青や黄色をメインとした色使いで

 

草花とそこにたわわに実る果実を

 

大胆に描いたものです。

 

色違いで、モノクロのブラックパラティッシ

 

紫とオリーブ色を使った

 

パープルパラティッシも人気があります。

 

 

アラビア パラティッシ

 

 

カイ・フランク

 

1946年、

 

アラビアのアート部門所長となった以降も

 

自身で数々のデザインを生み出しました。

 

シンプルな白一色で無駄なものを省いたキルタ

 

また人物が描かれたエミリア

 

パストラーリシリーズの

 

フォルムデザインも手がけました。

 

 

アラビア パストラーリ

 

 

ウラ・プラコッペ

 

鮮やかなコバルトブルーで

 

独特な模様が描かれたバレンシア

 

グレーの地に

 

ぽってりとした丸みのある形で描かれたアネモネ

 

ブラウンを基調としたコスモスなど

 

温かみや深みのあるデザインを

 

多く生み出しました。

 

 

アラビア アネモネ

 

 

セーヴル ~Sevres~

セーヴル ~Sevres~ とは

 

セーヴルは

 

フランスのセーヴルで生産された磁器の事です。

 

繊細なデザインの磁器は

 

古くからフランスの王立製作所で

 

制作されています。

 

元々、セーヴルは

 

民間の企業で制作されていました。

 

自分たちが制作した軟質磁器に

 

柿右衛門や古伊万里風の絵付けをしていた

 

デュポア兄弟が

 

フランスの大蔵大臣に招かれ、

 

パリの東に位置するヴァセンヌ城で

 

窯を構えなおしたのが始まりです。

 

 

しかし、それより約30年も前に

 

硬質磁器を製造して大流行していた

 

ドイツのマイセン窯に対抗しようという

 

フランスのこの取り組みは、

 

デュポア兄弟では成功しませんでした。

 

 

その後も研究は続き

 

陶工のフランソワ・グラヴァンが先頭に立ち

 

技術を磨くと

 

「ブリュ・ド・ロワ(国王の青)」

 

と呼ばれる濃紺色や、

 

「クラウデッド・ブルー」と呼ばれる色彩など

 

新たな技術を生み出すことに成功します。

 

これらは貴族たちの関心を集め

 

やがてヴァセンヌ窯はルイ15世や

 

ポンパドゥール夫人の庇護下となりました。

 

 

1756年には、

 

ポンパドゥール夫人の尽力により

 

窯はセーヴルへ移動し、数年後には

 

「王立セーヴル製陶所」が創業されます。

 

芸術に精通していたポンパドゥール夫人は

 

自ら製造工程の改善を行ったり、

 

当時人気を得ていた画家や彫刻家を招いて

 

より芸術性の高い作品の製造に

 

力を注いでいきました。

 

この時期誕生した色彩のひとつ

 

「ローズ・ド・ポンパドゥール(ポンパドゥールの薔薇色)」は、

 

ポンパドゥール夫人が特に愛した色でしたが

 

残念ながら当

 

時の科学アカデミー総裁の死と共に

 

調合法は失われています。

 

 

美しい彩色に加え、フランスがやっと

 

硬質磁器の焼成に成功したのは

 

1768年のことでした。

 

リモージュ近郊で

 

上質な陶磁器に必要不可欠な原料、

 

カオリンが発見されたのです。

 

セーヴル窯は、東洋磁器への憧れから誕生した

 

マイセン窯を目指して創立されましたが

 

硬質磁器完成後の作品のデザインは

 

東洋風というより

 

それまで描いていたデザインを

 

活かしたものとなりました。

 

ロココ調で、白磁に華やかな風景画や草花、

 

そして金彩を施した豪華さがその特徴です。

 

 

セーブル1

 

 

その後セーヴル窯は

 

フランス革命の影響で一度破壊されますが、

 

1804年、ナポレオン1世によって

 

「国立セーヴル製陶所」として

 

再び窯を開きます。

 

作品デザインはロココ調のものだけでなく

 

ギリシアやエジプト風の

 

荘厳なデザインも出来上がり

 

1855年のパリ万国博覧会では

 

金賞を受賞し世界に名を広めていきます。

 

 

そして1876年、

 

製陶所はセーヌ川沿いにある現在の場所に

 

「国立セーヴル陶磁器製作所」

 

として設立されました。

 

現在は生産量が限定され

 

ほとんどがフランスの

 

オフィシャルギフトとされているため

 

一般に流通することは極めて稀で

 

「幻の窯」とも呼ばれているようです。

 

 

セーブル2

 

 

ドーム ~Daum~

ドーム ~Daum~ とは

 

ドームはフランスのガラス工芸メーカーです。

 

「ドーム」とはブランド名ですが

 

これはガラス工房の

 

オーナー一族からとったもので

 

「ドーム」という呼び方の他に

 

工房名にもあった

 

Daum Frères(=ドーム兄弟)」から

 

通称『ドーム兄弟』とも言われています。

 

 

ドームは1878年に

 

ジャン・ドームによって創業しました。

 

彼は普仏戦争後、ドイツの占領を避けて

 

移住してきたフランスのナンシーで、

 

ガラス工場の経営者となりました。

 

これがのちにドームとなる工房の始まりです。

 

「ラ・ヴェルリ・ド・ナンシー」

 

と名付けられた工房では

 

1879年から長男のオーギュスト・ドームが

 

1887年から次男のアントナン・ドームが

 

働き始めました。

 

 

ドーム兄弟が工房で働き始めてしばらくすると

 

彼らはパリの万国博覧会に

 

テーブルウェアを出品します。

 

残念ながら賞は得られませんでしたが

 

そこで同じくナンシーの職人、

 

エミール・ガレの芸術性の高い作品が

 

数々のメダルを受賞しているのを目の当たりにし、

 

ドーム兄弟は1891年から

 

美術工芸品としてのガラスづくりを

 

スタートさせました。

 

 

各工程に優秀な職人を集め

 

カットや浮彫り、エナメル彩色など

 

様々な技術を駆使した作品は

 

シカゴ万博やナンシー装飾美術展を始めとして

 

数々の賞を受賞するようになりました。

 

同時期に社名を

 

Daum Frère et Cie(ドーム兄弟)」に改名し

 

その名と作品の素晴らしさは、

 

世界に広まっていきました。

 

 

1897年、1900年には万博での受賞と共に

 

オーギュストとアントナンが順に

 

レジオン・ドヌール勲章を授かります。

 

1909年に兄のオーギュストが亡くなった後も

 

弟のアントナンは社名を

 

Daum et Cie(ドーム)」とし

 

ドーム特有のアンテルカレールや

 

ヴィトリフィカシオンといった技法を活かして

 

作品を制作し続けました。

 

 

1987年に工房は

 

ドーム一族の経営ではなくなりましたが

 

現在でもドームは写実的な風景が

 

繊細に描かれたデザインを得意とし

 

作品の制作を続けています。

 

 

ドーム3-000

 

ドーム2

 

 

ドームのクリスタルの特徴・技法

 

ドームの商品は特に

 

その丁寧な造りが評価されており

 

塩入れなどの小物にも

 

繊細で美しい絵付けが施されています。

 

絵柄は自然に恵まれていたナンシーにあった

 

美しくのびのびと咲いた

 

草花や風景がメインです。

 

 

ドーム1.

 

 

また特徴的な技法としては、

 

ガラス素地に絵模様を描いて

 

さらにガラスをかぶせる技術で

 

模様の立体感を引き出すアンテルカレール

 

粉末状にした色ガラスをまぶして再加熱し、

 

素地になじませることでガラスの地に

 

より多くの色を表現する

 

ヴィトリフィカシオンなどが特徴的です。

 

 

デザインにおいては130年間の間に

 

350人以上もの芸術家たちとの

 

コラボレーションを実現しており

 

現在でも多種多様な作品が

 

造られ続けています。

 

 

モーゼル ~Moser~

モーゼル ~Moser~ とは

 

モーゼルはチェコ共和国の

 

ボヘミアンガラスメーカーです。

 

通常の酸化鉛を使ったクリスタルの製法でなく

 

ブナの木の灰を使った

 

複雑な技法を守り続けています。

 

 

1857年、モーゼルは

 

ルートヴィヒ・モーゼルによって

 

ヨーロッパの温泉保養地

 

カルロヴィ・ヴァリに設立されました。

 

ルートヴィヒは長期間自分の工房を持たず

 

他の工房の未加工品を入手して

 

それを加工していました。

 

彼の工房の作品は品質と芸術性が高く

 

カルロヴィ・ヴァリに訪れた

 

裕福な貴族たちから人気を得ていきました。

 

同時に作品をパリやウィーンをはじめ

 

影響力のある産業見本市や万国博覧会に出品し

 

1873年にはウィーン万博で

 

1889年にはパリ万博で

 

メダルを受賞しました。

 

これをきっかけにモーゼルは

 

拠点をロンドンやニューヨークなど

 

国際的に広め

 

チェコ国内では

 

フランツ・ヨーゼフ皇帝御用達としての地位も

 

確立していきます。

 

19世紀末までに

 

会社を大きく成長させたルートヴィヒは

 

仕事を始めて36年後の1893年ついに

 

自身のガラス工房を持つこととなりました。

 

 

20世紀になると工房の経営は

 

ルートヴィヒの息子たちに渡りました。

 

その後も様々なデザインの作品を

 

制作し続けていったモーゼルは、

 

ブリュッセルやパリの万博で

 

再びメダルを受賞します。

 

世界大戦のあと工場を立て直すと

 

1920年、世界で初めて

 

希少類(レアアース)を使った

 

色彩ガラスの生産に成功しました。

 

この色彩ガラスは

 

パリ装飾美術世界展で金賞を受賞し

 

モーゼルの名前を

 

改めて世界に広めていきました。

 

 

ルートヴィヒの息子レオ夫妻が亡くなると

 

モーゼルは一族の手を離れますが

 

第二次世界大戦後チェコで国有化され

 

再び自国でのガラス工場のトップとして

 

活躍していきます。

 

1991年には株式会社として独立し

 

現在でもカルロヴィ・ヴァリの工場で

 

生産を続けています。

 

 

代表作

 

貴石カラー

 

1920年に誕生したシリーズです。

 

レアアースをガラスに混ぜて

 

天然貴石に似た色を作り出したもので

 

抜群の透明感と美しい色彩、

 

そして光の屈折によって

 

様々な陰影を生み出します。

 

またガラスの厚みによって

 

微妙に変化する色彩が特徴で

 

現在ではアレキサンドライト、アクアマリン、

 

ロザリン、エルダーなど

 

7色が展開されています。

 

 

モーゼル 貴石カラー.

 

 

マハラニ

 

1895年にデザインされた作品です。

 

インドのアリラジャプール回教君主の

 

名前が由来となっています。

 

モーゼルの代表的な装飾技法、

 

カッティングや彫刻、

 

金装飾などが贅沢に用いられた、

 

全体に広がる繊細な模様が特徴です。

 

 

モーゼル マハラニ

 

 

パウラ

 

1902年に発表された作品です。

 

バラのモチーフの彫刻と、

 

縁には金のハンドペイントが

 

施されているのが特徴です。

 

アール・ヌーヴォー期の最高傑作として

 

当時の美術工芸の特徴が

 

今にも伝わっています。

 

 

モーゼル パウラ

 

 

ロイヤルクラウンダービー~RoyalCrownDerby~

ロイヤルクラウンダービー ~Royal Crown Derby~とは

 

ロイヤルクラウンダービーは

 

イギリスの磁器メーカーです。

 

チャールズ皇太子ご成婚の際には

 

引き出物にも使われた、

 

現在でも人気のあるブランドです。

 

 

1750年頃、

 

移民であったアンドリュー・プランシェが

 

磁器で立像や花瓶を造り始めたのが前身でした。

 

その後、絵付け師をしていた

 

ウィリアム・ドゥーズベリと

 

銀行家ジョン・ヒースと共同で

 

ダービー社を立ち上げると

 

運営はウィリアム・ドゥーズベリが

 

担っていきます。

 

彼はガラス質などを使った

 

新しい練り土を開発し

 

高品質な食器の制作に成功しました。

 

当時有名な窯を傘下に納めるなどして

 

瞬く間にダービーの名を広めていきます。

 

 

才能ある造形師や絵付け師を集め、

 

食器セットや立像、人物画、

 

静物画、風景画など

 

多くのデザインのある作品を制作し

 

1775には国王ジョージ三世より

 

クラウンの栄誉を授かりました。

 

 

1815年には

 

日本の伊万里焼からインスピレーションを得た

 

「オールドイマリ」が誕生し

 

以降ロイヤルクラウンダービーは

 

銀食器にモチーフを得た装飾技法や

 

ペルシャ・インド芸術に影響された

 

豪華な色使いを

 

伝統的なダービー様式と融合させ

 

作品を生み出していきます。

 

 

1890年になるとその功績が称えられ

 

ヴィクトリア女王よりロイヤルの名を授かり、

 

「女王陛下御用達の磁器製造業者」

 

として指名されたことで、社名を

 

「ロイヤルクラウンダービー磁器会社」

 

に改めました。

 

その後もロイヤルクラウンダービー社は

 

王室からの受注を始め

 

世界中で人気を得ています。

 

 

代表作

 

ペーパーウェイト

 

1981年に発売が開始されました。

 

当時ガラス製品ばかりだったペーパーウェイトを

 

陶磁器で作ったものです。

 

創業当初からのフィギュア制作の技術を活かし

 

様々な動物を中心に制作されています。

 

 

 

ロイヤルクラウンダービー ペーパーウェイト

 

 

オールドイマリ

 

19世紀に誕生したデザインで

 

現在でも生産されているシリーズの中で

 

最も古い

 

「ダービー・ジャパン」の一種です。

 

中でもこのオールドイマリの最初の記録は

 

1882年になるそうです。

 

白地に金・黒・赤の豪奢なデザインがされた、

 

当時ヨーロッパ貴族の間で憧れであった

 

日本の伊万里風のデザインになっています。

 

 

ロイヤルクラウンダービー オールドイマリ

 

 

ロイヤルアントワネット

 

1959年に発売された作品です。

 

白磁にマリー・アントワネットが好んだ

 

小花やバラ、さらに小さな星に

 

ドット模様と金彩の縁取りが施された

 

可愛らしいデザインです。

 

エリザベス女王が週末に訪れるウィンザー城の

 

朝食用テーブルウェアとして

 

使用されています。

 

 

ロイヤルクラウンダービー ロイヤルアントワネット

 

 

ローゼンタール ~Rothenthal~

ローゼンタール ~Rothenthal~ とは

 

ローゼンタールはドイツの陶磁器メーカーです。

 

時代に沿った芸術性の高い作品が

 

人気を博しています。

 

 

ローゼンタールの始まりは1879年、

 

ドイツの南部

 

バイエルン州にあるエアースロイト城で

 

フィリップ・ローゼンタールが

 

絵付け工房を開きました。

 

当時陶器と言えば

 

マイセン窯が大流行していましたが

 

個性を非常に重視していたフィリップは

 

マイセンとは雰囲気を隔した

 

斬新で他には無いデザインを

 

生み出していきました。

 

 

独自のデザインが人気を得ると

 

1891年には良質な陶土を求めて

 

ドイツの磁器生産の中心地である

 

ゼルプに工場を設立し

 

ドイツを代表する磁器メーカーへと

 

成長しました。

 

洋食器の他にも

 

ヨーロピアンタイルやフィギュリンなどと共に

 

様々なテーブルウェアを制作し続け

 

1960年からは世界中の芸術家のデザインを

 

取り入れていきます。

 

芸術性だけでなく実用性もテーマにした作品は

 

世界中から評価されていきました。

 

 

20世紀後半には

 

ウォーターフォード社の傘下になり

 

一時破産状態となりましたが

 

現在ではモダンデザインの

 

「ローゼンタールスタジオライン」や

 

ヨーロピアンクラシックデザインの

 

「ローゼンタールクラシック」など

 

スタイル別にブランドを展開し

 

作品を生み出しています。

 

 

代表作・人気作

 

魔笛(ローゼンタールスタジオライン)

 

1968年に誕生した、

 

デンマーク出身の

 

ビョルン・ヴィンブラッドのデザインです。

 

作品の縁にはローゼンタール独特の

 

繊細な技巧のレリーフが金色に彩られており

 

モーツァルトの名作オペラ

 

「魔笛」がモチーフとなっています。

 

 

ローゼンタール 魔笛

 

 

ラブストーリー(ローゼンタールスタジオライン)

 

1996年に誕生したデザインです。

 

赤・青・黄がメインの

 

エネルギッシュな色合いで

 

出会いから世界一周旅行へ旅立つまでの

 

物語が描かれています。

 

 

ローゼンタール ラブストーリー

 

 

サンスーシ(ローゼンタールクラシック)

 

1894年に誕生した作品です。

 

18世紀半ばに

 

ドイツのブランデンブルグ州に建てられ

 

1990年には建物と庭園が

 

ユネスコ世界遺産となった

 

サンスーシ宮殿が由来となっています。

 

白磁にレリーフと上品なピンクのバラが描かれ

 

縁を金で彩った「モスローズニュー」、

 

同じく白磁にレリーフ

 

そしてバラと共に可愛らしい花々が描かれ,

 

縁には金で繊細な模様が描かれた

 

「ディプロマ」の2つがあります。

 

 

ローゼンタール サンスーシ

 

 

サンスーシブルー(ローゼンタールクラシック)

 

こちらもサンスーシと共に

 

1894年に誕生した、

 

ローゼンタールの最も古いデザインです。

 

上記で紹介したサンスーシと異なり

 

青がメインとなったデザインで、

 

白磁に鳥や蝶など

 

動植物が描かれた爽やかな作品です。

 

 

マッピン&ウェッブ ~Mappin and Webb~

マッピン&ウェッブ~Mappin and Webb~ とは

 

マッピン&ウェッブは

 

イギリスの老舗シルバー工房です。

 

1775年に

 

ジョナサン・マッピンによって創業しました。

 

 

当時18歳だったジョナサン・マッピンは

 

小さなカトラリー工房を開きました。

 

場所はイギリス中部のシェフィールド、

 

産業革命以降工業の中心都市として

 

栄えていた場所です。

 

工房は息子によって受け継がれた後

 

1846年からはその4人の息子たちにより

 

社名を「マッピンブラザーズ」と改め、

 

事業を拡大していきます。

 

会社は順調に発展していき

 

1850年代までには

 

ロンドンにショールームをオープンし

 

長男フレデリックは

 

王室よりナイトの称号を与えられました。

 

 

しかし1860年になると

 

4兄弟の内の末っ子ジョン・マッピンが独立し

 

1862年義兄弟のジョージ・ウェッブと共に

 

現在に続く「マッピン&ウェッブ」を創業します。

 

最初の内は兄弟たちの営む

 

マッピンブラザーズと主張し合っていましたが

 

商才のあったジョンは、店を構えた

 

ロンドンのオックスフォード・ストリートで

 

様々なシルバー製品を販売しました。

 

新たなデザインの商品や洗面用具、燭台

 

さらにジュエリーなどはすぐに人気を集め

 

1903年には

 

マッピンブラザーズを買収するまでとなります。

 

この頃にはマッピン&ウェッブは

 

国際的な市場にも進出を始め

 

ヨーロッパのみならず

 

アジアでも店舗を展開していきました。

 

 

フランスの女王マリー=アントワネットを始め

 

ウィストン・チャーチルや

 

チャールズ・ディケンズなどの

 

著名人たちにも愛されたマッピン&ウェッブは

 

1897年にはヴィクトリア女王より

 

英国王室御用達の名を与えられました。

 

現在日本では

 

なかなか手に入りにくくなったものの

 

アンティークの銀製品としての人気は

 

非常に高く

 

世界的にも人気があります。

 

 

マッピンアンドウェッブ1

 

マッピンアンドウェッブ2

 

 

ミントン ~Minton~

ミントン ~Minton~ とは

 

ミントンはイギリスの陶磁器メーカーです。

 

1793年に創業されましたが

 

2015年、

 

親会社であるロイヤルドルトンに買収され

 

残念ながらミントンは廃止されたため

 

ミントンの作品は

 

かなり手に入りにくくなっています。

 

 

創業者のトーマス・ミントンは

 

イギリスで有名な陶磁器の町である

 

ストーク=オン=トレントに移り住むと

 

「ミントン」を設立し

 

その3年後に窯を開きました。

 

 

1796年になると

 

ジョセフ・ポールソンとの共同経営で

 

ボーンチャイナの制作を始め

 

銅版彫刻師でもあったトーマスとジョセフの

 

ボーンチャイナによる作品は、

 

芸術性の高いものが多く

 

その作品は「世界一美しいボーンチャイナ」と

 

ヴィクトリア女王にも称賛されます。

 

急成長していったミントンですが

 

さらに会社を飛躍させたのは

 

トーマスの息子である

 

2代目ハーバート・ミントンです。

 

 

それまでミントン社の作品は

 

陶器やボーンチャイナに装飾を施し

 

実用性を重んじたものがほとんどでしたが

 

ハーバートは会社の発展を優先し

 

多くの熟練職人や芸術家を集めます。

 

そして

 

装飾にこだわった焼き付けタイルの生産や

 

新しい技術の導入

 

またそれまで定番だった型に

 

豪華な模様を施すなどして

 

企業としての経営面、

 

そして芸術性を確立していきました。

 

1840年頃には

 

世界中の施設や教会から注文を受けるほどとなり

 

ミントン社の耐久性と装飾性に優れたタイルは

 

宮殿や、アメリカ合衆国議会議事堂などにも

 

使われました。

 

 

その後も白磁の像や

 

パテ・シュール・パテというという

 

浮彫の技術をもつ芸術家をスカウトし、

 

浮彫模様のある陶器を制作するなどして

 

ミントンの名前は広まっていきます。

 

パテ・シュール・パテを使った陶板画は

 

ヴィクトリア女王からも受注を受け

 

1856年には

 

ミントンはイギリス王室御用達となります。

 

その後3代目のコリンにも受け継がれますが

 

世界大戦の影響や

 

1950年代の産業合理化の波を受け

 

ミントンはロイヤルドルトン社と合併し

 

1980年代には

 

少数の形状の製品しか

 

制作しなくなっていきました。

 

 

代表作

 

ハドンホール

 

イングランドの古城ハドンホールの

 

タペストリーからインスピレーションを得て

 

1948年に制作されました。

 

白磁にパッションフラワーや

 

カーネーションなどの

 

花々が描かれたデザインで

 

全部で12色もの色を使っている

 

華やかな作品です。

 

ベーシックなデザインに加え

 

格子模様をあしらったハドンホールトレリスや

 

ブルーベースのハドンホールブルーなど

 

模様や色合いに

 

様々なパターンがあるものもあります。

 

 

 

ミントン ハドンホール

 

 

ヴィクトリアストロベリー

 

白磁に優しい色合いの

 

野イチゴが描かれたデザインで

 

これはヴィクトリア女王がスケッチした物が

 

モチーフだと言われています。

 

こちらも白磁に絵付けされたものの他に

 

金彩を施したもの等

 

いくつかのパターンがあります。

 

 

ミントン ヴィクトリアストロベリー 金

 

ミントン ヴィクトリアストロベリー

 

 

ムラーノガラス ~ヴェネツィアングラス~

ムラーノガラスとは

 

ムラーノガラスはイタリアのヴェネツィア、

 

ムラーノ島の工房で作られたガラス工芸品で

 

いわゆるヴェネツィアングラスといわれているものです。

 

日本の九谷焼や有田焼の様に

 

土地の名前が入った工芸品です。

 

 

ムラーノガラス1

 

 

ヴェネツィアで作られたグラスの始まりは

 

7.8世紀頃とも、10世紀頃とも言われ

 

明確には分かっていないようですが

 

ムラーノガラスが作られているムラーノ島に

 

工房が集まったのは13世紀のことです。

 

 

当時、東方貿易で東方諸国の産物を

 

ヨーロッパに独自供給していた

 

ヴェネツィア共和国は

 

その中で最も珍重されていたガラス製品を

 

自国で生産して、利益をあげたい

 

と考えました。

 

しかし、ヴェネツィアでは原材料や燃料を

 

産出することが出来ない為、

 

原材料の仕入れ先である他国に

 

ガラス制作の技法が漏れ

 

コピーや類似品が出回ることを恐れます。

 

そこでヴェネツィア共和国は

 

最も進んだ技術を持っていた

 

アンティオキアと協定を結び、

 

1291

 

「ガラス製造業者および工人・助手、

 

家族等のすべてをムラーノ島に移住させ

 

島外に脱出する者には死罪を課す」

 

という政策を打ち出しました。

 

大胆な政策ではありますが

 

これには技術流出を防ぐだけでなく、

 

ガラスの溶解炉が火元となる火事の被害を

 

最小限に抑える目的もありました。

 

 

家族や販売者と共に

 

狭い島内に押し込められた職人たちでしたが、

 

互いに切磋琢磨し

 

ローマ帝国やイスラム時代の

 

ガラス技術を取り入れるなど

 

独自の技術が進歩していきます。

 

作品の中にはグラステーブルや鏡、

 

シャンデリアなどの名品もあり

 

その繁栄が最も高まった15.6世紀には

 

ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」を作るために

 

12人の職人が

 

島から連れ出されたといわれています。

 

 

現在では継承者が年々減っており、

 

マエストロと呼ばれる

 

ムラノガラスの上級職人は

 

わずか20数人だそうです。

 

 

ムラーノガラスの特徴

 

世界中で評価されているムラーノガラスですが

 

公式でない模造品が多く出回っています。

 

ムラーノガラスは鉛を含まない

 

ソーダ石灰を使用する事が特徴で

 

数種の鉱物を混ぜることで

 

多様な色合いを表現するものですが、

 

装飾性も非常に高く

 

吹きガラスという基本的な技法から

 

空中で吹くことにより極薄に吹き上げる技法、

 

さらにグラスを細く引き伸ばして

 

竜や花などをモチーフにした

 

複雑な装飾を施すなど

 

「軽業師の妙技」と呼ばれる

 

高度なテクニックが用いられています。

 

 

ムラーノガラス2

 

 

こういった作品が

 

確実にムラーノ島で作られたことが分かる方法としては

 

ヴェネツィアングラスのイメージ・伝統を守り

 

購入者にも本物であることを保証するための

 

職人組合プロモヴェトロ協会による

 

登録商標ラベルが付いていることを

 

確認すると良いでしょう。

 

ムラーノ島で、

 

1000年にわたって受け継がれてきた

 

伝統的な製法だけを用い、

 

マエストロの手によって作られた作品であることを証明する

 

唯一の公的証明書です。

 

 

ムラーノガラス3

 

 

深川製磁

深川製磁とは

 

深川製磁は日本の陶磁器メーカーです。

 

1894年に、有田焼で有名な

 

佐賀県有田町で創業しました。

 

創業者は、同じく陶磁器メーカー

 

『香蘭社』の創業者

 

深川栄左衛門の次男である深川忠次です。

 

深川製磁のロゴは

 

世界の工芸磁器の極みを目指した、

 

富士山に流水のマークとなっています。

 

 

1894年に忠次が会社を設立した頃は

 

まだ個人経営でしたが

 

彼は日本の有田焼を世界に広めるべく

 

1900年には当時

 

史上最大の規模で行ったといわれる

 

パリ万博博覧会に出品し

 

メダーユドールといわれる

 

最高名誉の金賞を受賞しました。

 

これをきっかけに、深川製磁は同年

 

イギリスのワット商会に直接輸入を始めます。

 

その後もワット商会を代理店として

 

ロンドン、パリ、ブリュッセル、

 

ミラノ等を始めとして

 

次々と副代理店を展開し

 

欧州貿易をスタートし、

 

「深川製磁」の名は世界に広まっていきました。

 

 

1910年には皇室に食器類を納品し

 

宮内省御用達の名を授かり

 

翌年1911年、

 

深川製磁は現在に続く株式会社となります。

 

 

忠次の

 

「精巧さのない磁器は決して工藝と呼ばない」

 

という信念の下

 

深川製磁は各工程に熟練した職人を集結させ

 

1916年には日本海軍指定工場となり

 

洋食器の納入を始め、

 

1951年にはアメリカ海軍から

 

それまでの洋食器に加え

 

ディナーセットの発注を受けるまでとなりました。

 

世界に目を向けた深川製磁の作品は

 

欧州と日本の気風を織り交ぜたデザインで

 

「深川様式」を確立し

 

現在でも国内外で大きな評価を得ています。

 

 

深川製磁1 

 

 

代表作・人気作

 

染錦金襴手丸紋鳳凰文様

 

深川製磁の名を世界に広めることとなった、

 

1900年のパリ万国博覧会で

 

金賞を受賞した作品です。

 

1350度もの高温で焼成された大花瓶で

 

通常はその制作過程で

 

へたりや破損が生じますが、それが一切なく

 

底の方に向かってすぼまった形状は

 

深川製磁の技術の高さが伺えます。

 

豪華な金地に描いた窓に

 

多くの文様を盛り込んだデザインは、忠次が

 

欧州で東洋の文様への理解が深まるようにと

 

ひとつひとつのデザインを整理し

 

美しさを強調できるよう

 

考え出したものだそうです。

 

nero

 

neroとはイタリア語で黒を意味します。

 

磁器ならではの伝統色と

 

日本の形にこだわった作品です。

 

漆を塗ったような黒と、

 

朱赤のような明るい赤、

 

そして透き通るような白の

 

3色となっています。

 

その色彩と形の美しさから、発表以来毎年

 

世界最大のデザインの祭典「ミラノサローネ」で

 

新作家具とコラボレーションしています。

 

富士山

 

創設者深川忠次が完成させたといわれる、

 

富士山がデザインされた作品です。

 

パリ万博終了後に

 

ぼかしを施した染付技法に挑戦した忠次は

 

自ら明治の天才陶工に師事し

 

職人たちに技法を伝授しました。

 

そこで確立された

 

ふりかけ技法を駆使して制作された

 

青く描かれた富士山が美しい作品です。

 

 

深川製磁2

 

 

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