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ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)の成り立ちと代表作

ルイ・ヴィトン

1854年に世界最初の旅行鞄のアトリエ「ルイヴィトン」を設立。

時計の歴史

2002年、ルイ・ヴィトンとして初めての時計コレクション「タンブール」を発表。時計界に一大旋風を巻き起こしました。ファッションブランドのイメージが強いため、 腕時計への参入はブランドの貸与的として、それほど注力するものではないと言う見方もありました。 しかし、それを覆す展開をルイ・ヴィトンは示しました、それが自社製ムーブメントの開発製造。 これはルイ・ヴィトンがゼニス同様、腕時計をその心臓部から一貫生産できる マニュファクチュールとなることを意味し、 そして2009年、自社工房であるアトリエ オルロジェ ルイ・ヴィトン で自社製ムーブメントの開発に成功しました。「タンブール」とは、フランス語で「太鼓」という意味で、その時計のデザインは丸形で厚みのある太鼓のような形が特徴的です。人々を熱望へとかき立てる「太鼓」を意味する時計の人気は、響き渡る太鼓の音がごとく、瞬く間に世界中に広まりました。
2011年、ルイ・ヴィトンは自社製ムーブメントを搭載した 「タンブール ミニッツリピーター」 を発表。過去9年間で、ルイ・ヴィトンから出された機械式モデルの中で、最も複雑な機械を採用しています。
ルイ・ヴィトンの時計コレクションは、旅行バッグ専門店としてスタートしたルイ・ヴィトンらしいこだわりが随所に感じられます。

 

ルイ・ヴィトンタンブール㉙

ルイ・ヴィトン タンブールミニッツリピーター㉙

G-SHOCK(ジーショック)の成り立ちと代表作

G-SHOCK誕生の歴史

1981年にカシオ計算機より結成されたPROJECT TEAM TOUGHが1983年に、2年の歳月をかけて開発、初代「G-SHOCK」発表をしたことが始まりです。

 

初代G-SHOCK①

 

当時脆弱性の目立っていた時計業界に、落としても壊れない時計を作りたいという開発者の信念から研究が重ねられました。まず耐衝撃体制からはじまり、対低温仕様・防塵・防泥・初のストップウォッチ機能と着々と開発。今ではTRIPLE G RESISTと銘打たれた、衝撃・遠心重力・振動と3つの重力加速への耐久性をも持ち合わせています。

時計の歴史

1989年、開発当初、デジタル時計のみを作っていました、アナログ時計が開発されたのは6年後です。開発のコンセプトが耐衝撃性である以上、デジタル時計の方がアナログ時計と比べると確実に耐久性と制度に優れるため、デジタル時計が主流となっています。

1998年、アナログ派の要望に応え、次第にアナログ時計の耐衝撃性を高めた開発が進められています。現在では、それぞれの利点を生かしつつ電波時計機能による高精度が図られ、かつ耐衝撃性能も進化し続ける時計が開発されています。

 

G-SHOCK MR-G The G①

「MR-G The G」

 

 

ロジェ・デュブイ(ROGER DUBUIS)の成り立ちと代表作

ロジェ・デュブイとは

1995年に創業。時計師ロジェ・デュブイがジュネーブ時計学校に入学、卒業後ロンジンで数年勤務、パテック・フィリップへ移籍し、1980年自身の工房を開いたのが始まりです。ダイナミックで躍動的なデザインでありながらエレガントで美しいデザインのケース、ジュネーブシールを冠したマニュファクチュールムーブメントをすべてのモデルに搭載、ブザンソン天文台で検定も受けました。完成度の高さや生産数を28本に限定するなどの営業姿勢で一躍その名を知られるようになりました。

時計の歴史

2005年、ブランドを代表するコレクションとなる「エクスカリバー」のダブル・トゥールビヨンを発表。

 

ロジェ・デュブイ エクスカリバー 45 ダブルフライングトゥールビヨン スケルトン㉑

「エクスカリバー 45 ダブルフライングトゥールビヨン スケルトン」

 

2009年、厳格な品質基準ジュネーブシールに加えて、全てのキャリバーに対して専門機関によるテストを行っています。これ以降、スイス公式クロノメーター検査協会においてテストされる事となり、2012年からは全てのムーブメントがスイス公式クロノメーター検査協会の認定を受ける様になりました。

最初の年からマニュファクチュールブランドとしてシンパシーとオマージュの2コレクションを展開し、伝統的技術とアヴァンギャルドなデザインの絶妙なバランスは時計業界を震撼させています。

 

ロジェ・デュブイ オマージュ オートマティック㉑

「オマージュ オートマティック」

リシャール ミル(RICHARD MILLE)の成り立ちと代表作

リシャール ミルとは

1999年スイスにて創業。高級時計の中でも最も高い部類の時計を生産する。その価格帯は500万円から数千万円するコレクションもある。

時計の歴史

2001年「RM001」を発表。

 

リシャール ミルRM001⑳

「RM001」

 

文字盤を取ってしまったかのようなデザインで機械の動きが見える時計で、メカニカルであり近未来的なデザインが注目を集める。時計に関してはオーデマ ピゲの傘下の「ルノ・エ・パピ」社が製作。一流の職人が関わり、技術的な部分でもトップクラスで、トゥールビヨンを搭載した時計、動きに合わせて巻き上げ効率を調整する「可変慣性モーメント・ローター」など独自機能も発表。非常に高い技術力に加え、耐久性が高いことでも有名。

高級時計作成の基本スタンスを無視して、現代の最新科学を最大限に活用して、ハイテクなやり方で時計を作成。厳選された素材を最高の環境と技術で加工することで時計を作成しており、その機能性や高級感は決して他の高級時計メーカーに劣るものではない。

 

リシャール ミルRM055⑳

「RM055」

ランゲ&ゾーネ(A.LANGE&SÖHNE)の成り立ちと代表作

ランゲ&ゾーネ誕生の歴史

1800年代ドイツにて宮廷時計師であったフェルディナント・アドルフ・ランゲが時計技術を周りの人々に伝授したことに始まり、彼は、現在のドイツザクセン州にあった土地の人々の貧困や失業を減らすため、自らの時計製造のノウハウを伝授していました。 1868年にフェルディナント・アドルフ・ランゲの息子たちによって、ランゲ&ゾーネが会社として設立されました。

1940年代第二次世界大戦を迎え、本社工場が全壊。第一次世界大戦や世界恐慌を乗り越えてきた高い技術力も第二次世界大戦には耐えることができませんでした。 また、東ドイツの共産政権によって1948年には国営企業となり、ランゲ&ゾーネの名は一時歴史から消えることとなりました。 1960年代になり、4代目ヴァルター・ランゲが時計工房をフォルツハイムに設け、インターナショナル・ウォッチ・カンパニーと再興をはかりますが、クォーツ・ショックの最中、残念ながら頓挫の結果に終わりました。

時計の歴史

1990年東西ドイツが統一されたのをきっかけに、ヴァルター・ランゲは、時計製作に復帰。同年12月、ランゲ&ゾーネは、インターナショナル・ウォッチ・カンパニーの社長、ギュンター・ブルームラインの声掛けもあり、時計ブランドとして復活しました。

1994年には、再出発を果たしたランゲ&ゾーネの、記念すべき第一号コレクションとなった、「ランゲ1」「アーケード」「サクソニア」「トゥールビヨン・プール・ル・メリット」が発表。

 

ランゲ&ゾーネ ランゲ1⑲

「ランゲ1」

 

新生ランゲ設立者はアドルフ・ランゲの曾孫にあたるウォルター・ランゲ。ランゲの製造技術を復活させ、現在、ランゲ&ゾーネは最高級ブランドの頂点として高い評価を受けています。

 

ランゲ&ゾーネ グランド・コンプリケーション⑲

「グランド・コンプリケーション」

ブレゲ(BREGUET)の成り立ちと代表作

ブレゲ誕生の歴史

近年、腕時計の複雑化がますます顕著になっています。これらの機能の原点は懐中時計にみられ、18世紀から19世紀に活躍した、カビノチェと呼ばれる時計職人たちがその大半を発明しました。その原点に立つ男が、アブラ・ハム・ルイ・ブレゲです。彼の存在なくして機械式時計の歴史は語れないと言われています。

1775年にパリ・ヴェルサイユの時計職人から独立し、自らの店をオープンしました。最初にした仕事は、自動巻き機構です。この機構はスイスの時計職人ペルレによってすでに発明されていましたが、実用に耐え得る代物ではなく、ブレゲはこの機構に改良を加え、実用化に成功しました。これによりブレゲの名声は王侯貴族にまで鳴り響いたといわれています。

時計の歴史

1783年、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットから注文された懐中時計の製作では「金額、製作期間の制約は一切なく、出来上がった作品は時計のあらゆる機構を持つ最も優れた、かつ最も美しい時計」という注文を受けたブレゲは、すべての仕事を中断してこの時計製作に没入しました。しかし、フランス革命により王政は廃止に追い込まれ、王党派とみなされた多くの人々も粛正を受けることになりました。

その後1793年、生地のスイスに戻り、トゥールビヨン機構、永久カレンダー機構、レバー式シリンダー脱新機機構、引き打ち機構など、時計学の発展を飾る数多くの発明を誕生させました。

1802年、マリー・アントワネットの注文による超複雑時計が、19年もの歳月をかけて完成。時計学の世界に2世紀分の進歩と発展をもたらしたといわれています。激動の時代に生きた天才時計職人の技術と思想は、毎年ほんのわずかな数だけ誕生するブレゲ・ウォッチのなかに、今もなお生き続けています。

 

ブレゲクィーン オブ ネイプルズ⑱ ブレゲトゥールビヨン メシドール⑱

左「クィーン オブ ネイプルズ」

右「トゥールビヨン メシドール」

ブルガリ(BVLGARI )の成り立ちと代表作

ブルガリの歴史

1884年に創業。1977年から宝飾加工の技術を生かし、腕時計「ブルガリ・ブルガリ」のラインをスタートさせました。 1980年には、腕時計分野に本格的に参入し、スイスに腕時計製造専門のブルガリ・タイム社を設立。

1996年、バーゼルにて「グラン・コンプリカシオン(超複雑懐中時計)」を搭載した「ブルガリ・ブルガリ」の新モデルを発表しました。

2000年 にスイスの高級時計メーカー、ジェラルド・ジェンダ社、ダニエル・ロード社、関連製造施設を所有しているマニュファクチュール・オート・オルロジュリー社の株を100%取得。新会社ダニエル・ロード&ジェラルド・ジェンダ オート・オルロジュリー社を設立。 1930年代のイタリアの工業デザインにインスピレーションを得た腕時計「レッタンゴロ」を発表。 また、世界で99本限定で作られたプラチナ製の最高級腕時計「リザーブ・ドゥ・マルシェ」を発表。

現在では複雑時計の自社一貫製造までも手掛ける、世界でも数少ないブランドのひとつとなっています。

 

ブルガリビーゼロワン㉘ ブルガリ㉘

左「ビーゼロワン」

ブランパン(BLANCPAIN)の成り立ちと代表作

ブランパン誕生の歴史

1735年現在のベルン州ジュラ地方にあるヴィルレ村の家屋の2階に最初の工房を構えたのがスタートで、ブランパンは世界最古の時計ブランドと言われています。 280年の歴史を持っています。 時代を超えて常に時計メーカーをけん引する存在であり、貴重なブランドであるといわれています。

1815年、フレデリック・ルイ・ブランパンは製造方法を近代化し、伝統的な手作業の工房を量産可能な工業へと変貌させました。シリンダー脱進機をアンクル脱進機に替えることで、時計製造業界に大きな変革をもたらしました。 1865年には2階建ての工場を建設、製造に要する電力を賄うために水力エネルギーを活用し、製造方法を近代化、高級品の製作に取り組みました。

時計の歴史

1926年世界初の自動巻腕時計を商品化。その4年後、この機構をさらに小さいサイズの腕時計に搭載し、「ロールス」を発表。これが世界初の女性用自動巻腕時計になります。1953年には「フィフティ ファゾムス」を発表。

 

ブランパンフィフティ ファゾムス⑰

「フィフティ ファゾムス」

 

この時計は海中での活動に使用可能な信頼できる腕時計を必要としていたフランス海軍のフロッグマン(軍事活動を行う水中工作員)の要望により製作されたものです。後にダイバー向け腕時計の基準になったといわれています。

1970年代クォーツ・ショックの余波を受け、やむを得ず一時休止状態となりました。1983年にオメガの専務取締役を務めていたビバー氏がブランパン復活させました。

ブランパンの6つのマスターピース、トウールビヨン・永久カレンダー・ミニッツリピーター・ムーンフェイズ・クロノグラフ・ウルトラスリムは同一円型のケースに収めた機械式時計の基本とされており、これらを1つの丸い腕時計のケースに入れ込んだ大傑作が、ブランパン復活を世に強く強調しました。

 

ブランパンヴィルレ⑰

「ヴィルレ」

フランクミュラー(FRANCK MULLER )の成り立ちと代表作

フランクミュラー誕生の歴史

1986年 高級時計のブランド設立を決意し本拠地を構えました。当時は時計を熟知したコレクターたちのオーダーメードのみでした。1992年にブランド名「フランクミュラー」を創設。

時計の歴史

1980年代後半からは、「トゥールビヨン」、「ミニッツリピーター」などの複雑機能を組み込んだ超複雑腕時計の制作を開始しました。1986年には世界で初めて「トゥールビヨン、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー、スプリットセコンド」を開発。世界初の記録を次々に打ち立てるその天才ぶりは、「ブレゲの再来」と絶賛されています。

1998年には世界最小のトゥールビヨン、2000年にはルーレットを装備したヴェガス、独創的なアイディアで時計業界に革新をもたらしました。近年はダイヤモンド、クロコダイルなど装飾や素材をベースとしたラグジュアリーウォッチの発表が盛んです。わずか創業20年足らずで偉業を達成した稀有のブランドです。

 

フランクミュラー ロングアイランド デイト⑯ フランクミュラーカサブランカ⑯

左「ロングアイランド デイト」 右「カサブランカ」

ブライトリング(BREITLING)の成り立ちと代表作

ブライトリング

1884年、レオン・ブライトリングが設立した精密機器を製造する工房に始まります。航空界と親密な関係を築き、コックピット搭載用計器の第一人者として名声を確立しました。

時計の歴史

1915年に、30分積算計を装備した腕時計型クロノグラフ「30分タイマー」を発表。 1923年には最初のクロノグラフ専用のプッシュボタンを開発し、航空用時計の開発も積極的に行なっています。

1934年にリセット専用の第2プッシュボタンを開発。 1936年にはイギリス空軍に正式採用され、ダグラス、ロッキードなどの航空機メーカーにも供給を開始。

1942年、最初の回転計算尺付クロノグラフ、「クロノマット」を発表し、アメリカ軍への供給を開始、各国公式サプライヤーとしての地位をさらに強化しました。

 

ブライトリングクロノマット⑮

「クロノマット」

 

1952年航空用回転計算尺を装備したクロノグラフ、「ブライトリング・ナビタイマー」を発表。

 

ブライトリングナビマスター⑮

「ナビマスター」

 

1960年代には宇宙に目が向けられ、宇宙飛行士スコット・カーペンターが「ブライトリング・コスモノート」を着用して宇宙船オーロラ7号による地球3周に成功。

1970年代クォーツ・ショックの余波を受け、工場の閉鎖などに追い込まれました。

1979年事業の転換期を迎える。パイロットであり、時計・電子工学エンジニアのアーネスト・シュナイダーがウィリー・ブライトリングからブライトリング・ブランドを譲り受け、イタリア空軍の精鋭のエアロパティックス・チーム「フィレッチェ・トリコローリ」の協力を得てクロノマットを開発。 また、1952年に発表した「ナビタイマー」を甦らせて「オールドナビタイマー」を確立し、 アナログとデジタルの結合のクオーツ式時計の「エアロスペース」を発表。

1999年前人未到の全モデルのクロノメーター化を目指す「100%クロノメーター宣言」を発表。スイスの公的機関であるスイスクロノメーター検定協会(C.O.S.C)は秒針のない時計の試験基準は存在しませんでした。 秒針がなく、液晶表示しか持たないエアロスペースを公認モデルとする為にスイスクロノメーター検定協会(C.O.S.C)に対して新たな検査基準の導入を要求。

2001年には全モデルが、スイスクロノメーター検定協会(C.O.S.C)公認クロノメーターとして認められました。

開発から60年以上たつ、「ナビタイマー」シリーズはブライトリングにとって主力商品となり、世界最高峰の腕時計メーカーとして、今も画期的なモデルを発表し続けています。

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