高畠達四郎(たかばたけたつしろう)
高畠達四郎は1895年10月に東京都神田で生まれました。
19歳の頃に慶應義塾大学の理財科に入るものの
その2年後に中退。
また中退と同時に岡田三郎助が開いた
本郷洋画研究所に入り、1919年には
第7回展光風会で初入選を果たします。
また1921年には帝国美術院展覧会の場においても入選し
同年に猫の作品群が有名な藤田嗣治とも知り合い、
藤田嗣治が人生の半分近くを過ごした
フランスに渡りました。
渡仏後はサロン・ドートンヌの場でも
作品を発表するなど
画家としての勢いが増していきます。
約7年間の滞在後、1928年に帰国すると
国内で展覧会への出品を再開し、
1931年には独立美術協会創立の会員となり
40代になった頃には
帝国美術学校西洋画科の教授を勤めました。
また1951年には毎日新聞社が開く
美術団体連合展に招待されたり、
その翌年には毎日美術賞を獲得していますが
学ぶ意志は衰えず、1965年に欧州地方を渡るなど
充実した画家人生となっています。
代表作には『シャティヨン風景』や『プチ・ジャン』。
『箱根駒ヶ岳神山』や『馬と人』などがあります。
サロン・ドートンヌについて
1903年10月から毎年、秋に開かれている
フランスの美術展です。
新人作家の登竜門的な機能もあり
ポール・セザンヌやパブロ・ピカソなど
錚々たる顔ぶれがこれまでのメンバーに挙げられます
。
大胆な構成であるフォービズムや
キュビズムを大切にしており、
現在も日本人にも開かれた場となっています。
作風
高畠達四郎は見る人に安心感を与える
穏やかな自然描写を得意としています。
原始的・素朴的と言う意味を持つ
プリミティヴィスムの画家とも言われ
鮮やかなその色彩感覚は作家としての感性を、
見た人に優しく印象付けます。
また国内の風景はもとより、
1953年の欧州地方で見た風景などももちろん描いており
風景をただ描写するのでなく、
繊細な心の機微を捉えている
と言う指摘もあります。
欧州の影響を受けながら
私情のある風景画を描いた高畠達四郎
高畠達四郎はモーリス・ドニや
モイーズ・キスリングと言った、
多くの欧州の作家からも学んでいます。
恐らくそれらは海外の作風を真似た
付け焼き刃ではないものとして、
日本国内においても歓迎されたと考えられます。
また私的な感情を作品に込めている
と言われていますが、高畠達四郎の作品を通して
高畠達四郎が見て感じてきた思いが
ダイレクトに伝わるかと思います。