香川勝広は嘉永6年10月に江戸で生まれました。
香川は、野村勝守や片切彫が有名な
加納夏雄から彫金術を。
能面師の有吉吉長からは木彫りについて。
モダンな作風で好評を博した柴田是真からは、
絵画技術について学んでいきました。
こうして多くの技術を体得し、
明治23年に第3回内国勧業博覧会に出品した作品は
妙技2等賞を受賞し、
さらに明治31年には東京美術学校の教授となりました。
多くの制作活動を行い、53歳のとき、
彫金家としては3人目の帝室技芸員となっています。
代表作としては和歌浦図額や猿猴弄蟷螂図額、
鳳凰高彫花盛器などがあります。
香川勝広の作品の特色としては
加納夏雄譲りの片切彫によって、
四条円山派の柔和な作風を再現したような画風と、
また重厚感のある作風もあげられます。
これは宮内省型とも言われ、
宮内省からの依頼された物を作り上げるためにも
高額な制作費がかかった事も知られています。
宮内省型の作品としては、
昭和11年に宮内省から依頼された十二貫の銀花盛へ、
金象嵌鳳凰の彫刻施した作品などが象徴的です。
■和歌浦図額
パリ万博出展のために制作。
金属彫金彫金作品で、鶴の姿を再現しています。
■猿猴弄蟷螂図額
真鍮の素地に、ニホンザルとカマキリの姿を
素銅や金、銀などで事細かに描写しています。
■彫金
鏨による金属彫刻の作品を指します。
基礎技法とされる毛彫りや一方を斜め、
もう一方を垂直に彫った片切彫。
透かし彫りや象眼などが有名です。
■真鍮
黄銅とも呼ばれます。
銅と亜鉛との合金で、黄金色で錆びにくく
制作も容易と言った特徴があります。
■素銅
不純物の多く混じった山銅とは対象的に
純度の高いものとされています。
香川勝広の生きた明治元年に起こった
大きな革命を指す明治維新は、多くの職人が
方針転換を余儀なくされた側面もありました。
なぜならそれまで武士のために
刀装具を作ってきたのに対し、廃刀令などで
提供出来なくなってしまったからです。
しかし政府によって推し進められた
殖産興業政策によって工芸品を作るようになったので、
香川勝広の作品も、
それに合わせて元々武具を持たない
一般の層からも人気を集めるようになって行きました。
また、明治政府は万国出展など
海外へのアピールも積極的に行ったので、
香川勝広自身にも
宮内省からの依頼があったのだと考えられます。