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2018.08.30
骨董品

音丸耕堂【人間国宝/彫漆】

音丸耕堂(おとまるこうどう)

 

音丸耕堂は18986月に香川県高松市で生まれます。

 

13歳の時に讃岐彫りで有名な

 

石井磬堂の元で修行を積んだ後、

 

大正時代を代表する玉楮象谷からも

 

讃岐彫について教えを受けました。

 

1932年には、第13回帝国美術院展覧会に出品した

 

彫漆双蟹手箱で初入選を得て、以後受賞を重ねると

 

57歳の時に人間国宝として認定されます。

 

石井磬堂譲りの根気のいる作業を

 

徹底して行う作品作りが有名で

 

他に代表作としては彫漆菊水指なども残しました。

 

その他にも、工芸家の地位向上に向け尽力するなど

 

多くの功績も残し

 

1997年、99歳でこの世を去っています。

 

 

 

技法の経歴

 

玉楮象谷の模倣から西洋風の色漆での彫漆

 

音丸耕堂の初期の頃の作品としては

 

堆黒や堆朱、紅花緑葉と言った

 

古くからある色漆を活かした彫漆と

 

また緑漆と黒漆のコントラストを

 

全面に表現したテイストが特徴的です。

 

これらは氏の作品としては

 

大正期から昭和初期から見られるもので

 

香川漆芸の蒟醤で知られている磯井如真や

 

新工芸研究会无型の活躍で知られている北原千鹿。

 

斬新な彫刻作品で有名な大須賀喬と交流を重ねた事も

 

背景にあるのではとも言われています。

 

音丸耕堂は元々は玉楮象谷の模倣から入り

 

そこから西洋風でもある上の色漆での

 

彫漆へと移っていきました。

 

 

独自の彫漆

 

彫漆では数十回から数百回も漆を塗り重ね

 

その上から文様を刻んでいきます。

 

忍耐力が強く求められる作業と言われており

 

音丸耕堂は石井磬堂から

 

こう言った鍛錬を教えられてきました。

 

音丸耕堂の作品は、1977年辺りから見られる傾向で

 

平行の文様である他、色漆に金銀粉が混ざり

 

彫った際の角度などで、独自性がある

 

といった特徴があります。

 

他にも音丸耕堂は

 

一日一枚は必ずスケッチをしており、

 

スケッチを書かずに下絵は行わない事も語っています。

 

 

 

他の細かい技法の解説

 

彫漆

 

漆を塗り重ねて文様を彫る作業です。

 

朱漆を使う堆朱や、黒漆を使った堆黒などが有名です。

 

中国から広まった技法しても知られています。

 

 

色漆

 

乳白色のネバネバした液体が出る

 

漆の樹から樹液を作り

 

そこに水酸化鉄や顔料を入れます。

 

 

 

後世を支援する音丸耕堂

 

音丸耕堂はこれからの職人の為に1982年、

 

公益信託音丸漆芸研究奨励基金を設立しました。

 

また1988年には

 

音丸耕堂鳩寿記念回顧展が開催されています。

 

石井磬堂や玉楮象谷から教えを受けて

 

自身の基盤となったように、

 

資金と作品などを通して後進の育成に励みました。