鏑木清方(本名:健一)は1878年8月に
東京神田で生まれます。
氏は14歳になると浮世絵師や日本画家として活躍した
水野年方に弟子入り、
新聞や雑誌の挿絵を手がけました。
また23歳のときには大野静方や鰭崎英朋達と共に
烏合会を作り、画家としての基盤作りを
目指しています。
なお氏は他に平福百穂や吉川霊華らと共に
金鈴社も立ち上げ、
新しい個性のある作品作りも目標としていました。
とは言え鏑木清方の作風は斬新なテーマと言うより
江戸の文化が強く反映された下町風俗画や
人物画(特に美人画)など古くからあるものが多く
これらの作品が評価され、1944年、66歳のときに
帝室技芸員に認定されました。
代表作としては一葉女史の墓や墨田河舟遊。
築地明石町、三遊亭円朝などがあります。
江戸時代初期の風俗画の中から、
美しい女性の姿を描いたものを指します。
ただし江戸時代当時は美人画とは分けておらず
そう呼ばれたのは明治以降と言われています。
鏑木清方の場合は特にその中で、
その人物の内面を描いていると言われています。
■大野静方
鏑木清方と同じく水野年芳門下の日本画家です。
積極的な浮世絵研究が有名で、その代表作としては
1942年の「浮世版と版画」があります。
■鰭崎英朋
川端康成や三島由紀夫などが彼から影響を受けた
と言われている、小説家の泉鏡花の口絵を
手がけています。
鏑木清方と共に美人画で多大な支持を得ています。
■平福百穂
アララギ派歌人でもあり、自然主義でもある画家です。
南画のテイストを取り入れていることでも有名です。
■吉川霊華
細長い線のタッチに定評のある画家です。
ただし氏自体は無名に近い存在と言われており、
資料的観点から今回のように
結成に関わった人物として記録が残っているのも
貴重と考えられます。
鏑木清方が烏合会や金鈴社を立ち上げた事などで
テイストの共通した他の作家達と関わり合い、
その影響が作品に出ている事が考えられます。
氏の作品は斬新と言うより
古くからものを描いていますが、
その分安心できる作風として、当時の人達に
受け入れられたのではないでしょうか。