赤地友哉は明治39年、石川県金沢市にて生まれました。
実家は桧物師を生業としていましたが
16歳の頃に地元で活動していた
塗師の新保幸次郎の下で5年間漆塗りを教わり
そのまま桧物師ではなく漆芸家の道へと進みます。
その後24歳で独立を果たし
東京の京橋や日本橋で茶器を制作しました。
また日本橋では塗師の渡辺喜三郎や
蒔絵師の植松包美と出会うなどして、
数々の師から髹漆の技術を教わっています。
また、茶道においては茶器を制作するだけでなく
自身も茶道を学んでおり
江戸時代初期から430年以上の歴史を持つ
遠州流11代目家元の小堀宗明の元で茶道を学び
その経験によって小堀宗明とも号しました。
戦後には大平通商株式会社に勤めながら
自身の制作活動も続け、昭和31年の日本伝統工芸展で
『胡桃足膳』を初出品しています。
以後コンスタントに出品を重ね、5年後となる
昭和36年の第8回日本伝統工芸展で
『曲輪造彩漆鉢』を出品し、
日本工芸会総裁賞を受賞しました。
赤地はこれらの功績が称えられ
昭和49年、68歳の時に人間国宝として
認定されています。
そして、昭和59年6月に息を引き取りました。
そのほか代表作として
『はりぬき朱八角中次』や『木地糸目旅棗』
などがあります。
赤地友哉の作品は、木工の曲物技法をベースにした
曲輪造りの素地を作る所から
塗立での上塗りも一人で行うと言う点が特徴です。
木工の曲物技法は乾燥の際に生じる歪みが
曲輪同士のすき間でカバーされ
柔構造でもありながら強度の高いものに仕上がります。
ちなみに木工の技法には他に指物や挽物、刳物など
がありますが、曲物は滑らかなカーブ具合を見て
楽しむものとされています。
赤地友哉の木工の曲物の作品はその美しさに加え、
漆の艶やかさや刷毛目の軌跡をも楽しめます。