神戸峰男は1944年8月に、岐阜県土岐市で生まれました。1963年に、在学していた武蔵野美術大学において、アントワーヌ・ブールデルから教わった構築性のある作品群を展開した清水多嘉示。武蔵野美術大学名誉教授ともなり裸婦像の作品群が有名な木下繁から指導を受けています。その後1967年に武蔵野美術大学を卒業すると、1970年に『裸婦像』によって日展中日賞を獲得。以降も日展の場などで活躍を続けていき受賞を重ね、1977年には文化庁主催の現代美術選抜展にて招待出品となりました。
やがて1988年には名古屋芸術大学の教授として務め、2008年には作品『朝』で芸術院賞を獲得。また翌年には日展の理事ともなり、2011年には「彫刻の創作活動と振興」において岐阜県芸術文化顕彰を受賞。
2016年には公益社団法人日本彫刻会の理事長になるなどして、現在に至ります。
神戸峰男は他に1974年に『裸婦』で日本彫塑展日彫賞を獲得。1978年に『裸婦―伸びゆく』で日展を特選すると言ったように、活動最初期において裸婦像の作品群が目立ちます。
ちなみに師弟関係となる清水多嘉示や木下繁も、裸婦像の作品群を多く展開しています。
なお木下繁からは制作に対する向き合い方を教わっていると本人が語っているのですが、木下繁の師匠となるアントワーヌ・ブールデルの系譜を、神戸峰男自身も受け継いでいると言った作風の特徴もあったりします。
それに『徳川家康ブロンズ騎馬像』も2019年に制作。徳川家康と縁のある愛知県岡崎市の東岡崎駅前に建てられ、また徳川家康が覇者となるに必須と思う要素を『知恵』と『慈しみ』。『忍耐』と『勇気』だと捉え、それらに合わせた4つの像を制作しました。それには木下繁から受けた制作に対する姿勢が感じられると考えます。
また神戸峰男は師匠の清水多嘉示からの教えを大切にしています。清水多嘉示からの「その土地が持っている感覚を尊重する」と言う趣旨の言葉に影響を受け、地域発信について考えるようになりました。
“古くから残っている彫刻は、作者のことが判明できなくなってもそれ自体が尊重されている。彫刻家は他の分野の芸術家より、見ているものが遠目にあり、それを制作視野としている”と言った考えが、神戸峰男にはあります。
■他の代表作など
2006年に日展文部科学大臣賞となった『長風』や、他に『駿馬―オグリキャップ』などがあります。
■アントワーヌ・ブールデル
1861年生まれの南フランス出身の彫刻家です。彫刻家のオーギュスト・ロダンの助手となり、最初はその影響を多大に感じさせながらも、それから脱した作品群を展開していきます。1909年の『弓を引くヘラクレス』辺りを転機に認められ、生命感のある構築性が評価されるようになりました。
■徳川家康
徳川幕府の初代将軍です。幼少期は人質として過ごすものの桶狭間の戦い以降は、織田信長と組むことで勢力を拡大。織田信長の死後は豊臣秀吉と戦いそして和解し、豊臣秀吉の死後に徳川幕府の初代将軍として務めました。