漆芸家の磯井正美は、1926年に香川県で生まれました。
父は、漆芸家で人間国宝であった磯井如真であり
正美は三男として生まれています。
19歳の頃から漆芸を学び始め
翌年には父の設立した大同工芸美術社に入社し
1949年には漆芸制作に従事しました。
受け継いだ漆芸の技法を元に、
優れた色彩感覚を活かした
繊細な作品の制作を続けた磯井は
31歳の頃より日本伝統工芸展に出品を重ね
朝日新聞社賞や文部大臣賞を受賞しています。
そして1985年、59歳のときに
蒟醤の分野で重要無形文化財保持者に
認定されました。
磯井正美は漆芸技法の中でも特に
「蒟醤」という加飾技法を得意としていました。
「蒟醤」は元来、中国南方の発祥とされており
器の表面に蒟醤剣で文様を彫り
そこに色漆を充填し研ぐことで文様を描きます。
父の磯井如真も蒟醤技法を革新した漆芸家でしたが
父が豪奢で華麗な作風であったものに対して
正美の作風は、繊細で優美なものでありました。
作品デザインのモチーフは
自然の中に生きる植物や小動物などを取り上げ、
また陽炎や波などの自然現象を扱うなど
独自の作風を築きあげています。
その多彩な作品のモチーフを美しく表現する為
磯井は様々な技法を駆使しました。
科ベニヤをはり合わせて成形した素地の「積層」や
木彫用の丸刀を用いて
自由で柔らかな印象を醸し出す「蓮華彫り」
金・銀粉を用いる「沃懸地」
角剣を使って点彫を応用した「往復彫り」
色漆を重ねて塗り
微妙な斑文の色調変化を生み出すなど
様々な技法を駆使して
独自の作品を生み出しました。
古典的な漆の美しさを
現代風の研ぎ澄まされた感覚で
艶やかに奥深いデザインに仕上げていったのです。
磯井正美が評価される点は
伝統的な漆芸の技術の応用で
難しいモチーフも表現し、
漆芸の世界を拡げたことです。
元来の古典的な美の表現も保ちつつ
モチーフが放つ空気感を
新しい感覚で表現しました。
そのモチーフは実に多彩で
波や炎など現象的なものから、身近な敷石、
蝶や草花などを象徴的に表現し
繊細に描写しています。
これらの複雑な表現を、
極めて高い「蒟醤」の技法で再現しているのです。