清水南山は、1875年に
広島県三原市で生まれた彫金家です。
また日本画家でシルクロードとの結び付きが強い
平山郁夫の祖先しても知られています。
清水南山は広島県としては初めての
東京美術学校の特待生としても知られており、
日本画を学ぶ絵画科から彫金科に移りました。
そして21歳で東京美術学校彫金本科を卒業すると
研究科において片切彫りを得意とする加納夏雄や、
刀装具・装飾品を作ってきた海野勝珉から
教えを受けます。
その後、洋風彫刻の教えを受けている藤田文蔵から
塑造の技術を取得し、香川県立工芸学校で
教壇に立ちました。
また1919年から26年間、東京美術学校でも
教授として指導に努め、在職中の1934年、
59歳のときに帝室技芸員に認定されています。
清水南山の作品の特徴は、
加納夏雄と海野勝珉から受け継いだ金工技法によって
作品を格調高く仕上げている所にあります。
代表作には第10回の帝国美術院展覧会で出した
「梅花文印櫃」や、
東京国立博物館が現在所持している
「梅花図鍍金印櫃」などが挙げられます。
また宮内省の依頼により作った
「黒味製鍍金の金燈籠」などもあります。
■金工技法
金工金属を使って行う鍛金作業によって出来た工芸品
またその技法を指します。
型に溶けた状態の金属を入れ込む
鋳金から始まりますが
2種類以上の金属の素材を使う事もある、
奥深い世界となります。
固まった後はそれを叩いたり、彫ったりして
一つの作品として作り上げていきます。
■滅金
鍍金とも呼びます。
金メッキの言葉を聞いた事があると思いますが
滅金は”めっき”と呼び、金属に別の金属のものを
覆う技法を指します。
■塑造(そぞう)
粘土などを使って像を形作る技法です。
インドや中央アジアで広まった技法が、
日本には唐時代に伝わり
奈良時代でピークを迎えています。
清水南山は1915年に香川県立高松工芸学校での指導を
病気で辞めた後、奈良に移り住み、
そこで奈良の美術の研究をしています。
そのため、より塑造に対して
詳しくなった側面がある事が考えられます。
清水南山は金工技術の作品を残した他に、
積極的に後進の指導にあたった事も
功績の一つと言って良いと思われます。
また奈良に移り住み研究で学んだ経験も、
東京美術学校での教授としての指導に
活かされていたことは想像に難くありません。