海野勝珉は、明治時代に活躍した水戸出身の金属工芸家です。
海野は金属工芸家にとって苦難な明治時代を新しい金属工芸の方向性を模索しながら、欧米諸国の博覧会に新しい作品を出展し、現地で高い評価を得て、「ジャポニズム」ブームを引き起こしました。
写実的に表現された海野の彫像などの作品には、力強な鏨の力に加えて優しさや伝統的な美しさがあり、海野は色彩センスが豊かな象嵌や片切彫りが得意でした。
海野勝珉は1844年の5月15日に水戸下市肴町で生まれました。
幼名は竹次郎(弥五郎)と称し、9歳位より水戸の装剣金工家である萩谷勝平や叔父の初代海野美盛から金属工芸の技術、安達梅渓から絵、武圧次郎から書などの指導と共に水戸の伝統的な芸術を学びました。
海野には、芳洲、東華斉、藻税軒、基平、貞月庵、旭東、旭登など号がありました。
その後、東京美術学校の雇員になり、1891年(明治24年)には現在の東京芸術大学の前進である東京美術学校の教授になりました。
翌年には、帝室技芸員に任命され、予てから希望していた加納夏雄の門下生にもなることができ「勝珉」と改号して加納の作品の下地を手掛けながら、海野の独創性ある作風を確立していきました。
明治元年、海野は水戸金工として頭角を出し、水戸から東京に移住しましが、この「廃刀令」により海野も刀装具から装飾具の金属工芸家に転向を余儀なくされました。
当時、幕末体制の崩壊により多くの刀装金工は突然職を失ってしまったので、欧米人向けに輸出される貿易用のアクセサリー、花瓶、煙草入れ等を造り始め生活の糧としていました。
しかし、海野勝民は欧米向けの金属工芸品は作らず、文明開化が叫ばれている明治時代に新しい金属工芸の方向性を模索しながら、欧米諸国で開催されていた万国博覧会等に新しい作品を出展していました。
日本は長い鎖国政策を取っていたので、当時は欧米諸国の人々に日本の美術工芸作品はあまり知られていませんでした。
そのため日本の美術工芸は欧米諸国で開催される万国博覧会等で人気に拍車がかかり、「ジャポニズム」ブームを引き起こし、海野の作品は現地で高い評価を得ることができました。
さらに、海野の作品は、19世紀に新しく展開したアールヌーヴォー運動の芸術家達に大きな影響を与えました。
明治の初めは「廃刀令」の交付などによって一時的に彫金などの需要は大きく減少して衰退の一途を辿り始めますが、文明開化によって新しく入ってきた西洋の生活様式の影響で再び需要が増えてきました。
海野の作品には強健な鏨の力に優しい美しさがあります。
明治の中頃になると彫金技術は種類も増えて様々な分野に用いられ、海野にとっても作品に新しい装飾の美しさが見いだされました。
海野の代表的な作品である「蘭陵王置物」や「太平楽置物」、「還城楽額飾」には、海野の独創性ある立体表現が表れています。
「蘭陵王置物」は1890年(明治23年)に開催された第三回内国勧業博覧会で一等妙技賞を受賞し、数年前に東京国立博物館で開催された「皇室の名宝展」にはこの作品が出品され、脚光を浴びました。
この作品のモデルとなった舞人は「蘭陵王」を伝承していた楽師である辻高節とも言われています。辻流の「蘭陵王」は、無駄な動作を極限まで省いて洗練さを極めた舞です。海野はこの作品の製作にあたり、辻氏に師事して装束、面、舞の動作や姿勢などを学んだので、作品にその背景も現れています。この作品の一番の特徴は面の眼球が動き、面を取ると舞人の顔があることです。
「太平楽置物」は1900年(明治33年)に開催されたパリ万国博覧会に出品されて欧米から高い評価を得た作品です。「太平楽置物」は、雅楽の太平楽を舞う舞人の姿を彫金で豪華に表現し、精巧極まりなく製作された彫像です。この彫像は象嵌、金、銀、銅、彫金を使って作られています。
金属工芸家にとって明治の初めは苦難な時代でしたが、海野は海外に目を向けて欧米諸国で「ジャポニズム」ブームを引き起こし、日本の伝統工芸の維持に貢献しました。海野の作品には、幼年期に影響を受けた水戸の伝統芸術や美意識が根底にあるように思われます。
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