東郷青児(とうごうせいじ)
東郷青児(本名:鉄春)は1897年4月に
鹿児島県鹿児島市で生まれました。
青山学院中学部への在学中、
画家として勉強を始めます。
その後1915年に、18歳の若さでありながら
日比谷美術館にて初期の代表作となる
『コントラバスを弾く』を含んだ初めての個展を行うと
後期印象派を強く受け継ぐ有島生馬と知り合い、
自身の師となります。
また翌年の1916年の二科展でおいては
特賞と位置付けられる二科賞を獲得。
1921年にはフランスのミラノへ渡り
詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが提唱する
未来派に強く共感するものの、
絵画について良い印象は持てませんでした。
しかし、パブロ・ピカソと知り合ったことは
少なからず東郷青児に影響し、1928年に帰国すると
フランスでの経験に基づいた文章作成や
挿絵、壁画などで評判を獲得していきます。
やがて41歳の時には二科会の中に九室会が創られ
猫の作品群と乳白色を多用した作風で知られる
藤田嗣治と共に顧問になりました。
1969年にフランス政府から芸術文化勲章を授かり
1978年4月、80歳で息を引き取ります。
他の代表作としては『創生の歌』や
『パラソルさせる女』などがあります。
作風
東郷青児は女性像に対して強く注目が集まっています。
単純に簡略化されながらも
幻想的で詩情溢れる世界観があり、また
大衆性も兼ね備えていると言った評判があります。
これらは「東郷様式」とも称されていますが
東郷青児自身は様々な恋愛の経験をしてきたようです。
宇野千代について
その中の一人である宇野千代と言う女性とは
心中自殺を図るほど深い仲になりました。
宇野千代自身は小説家でもあり、
女性ならではの感性に満ちた作品群を展開し
『色ざんげ』や『おはん』などが有名です。
宇野千代と言う女性一人に注目しても
東郷青児への多大な影響が伺い知れます。
九室会
昭和初期に結成された、
前衛的な絵画運動を推し進める団体です。
二科会では前衛的な作品を
一部のスペースで展示するのが恒例となり、
その作品群をもっと認められるように
と言う思いで創られました。
しかし戦争に突入すると風当たりが強くなり
ついに1943年に活動が終了となりました。
強い興味心を持つ画家
東郷青児は元々の才能もありますし
フランスで学び、そして女性と交流したことを
上手く作品に活かしていった人物と言えます。
なお1974年にアルジェリアで異国文化を体験したり
その地で亡くなってしまいますが、
1978年に熊本にも訪れています。
東郷青児は強い興味心を持つ人である事が分かります。
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