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2019.12.12
骨董品

建畠覚造【彫刻家】

建畠覚造(たてはたかくぞう)

 

建畠覚造は19194月に東京都荒川区で生まれました。

 

父は和歌山県出身で、官展の三羽烏の一人の

 

建畠大夢で知られています。

 

建畠覚造は18歳の時に東京美術学校彫刻科へ入り

 

在学中の1941年には第4回文部省美術展覧会において

 

『黙』を出品し特選を受賞。

 

なお同年に東京美術学校を主席で出ています。

 

1950年には行動美術協会彫刻部の設立に関わり

 

1953年から1955年までフランスに留学。

 

またフランスではサロン・ド・レアリテ・ヌーベルや

 

サロン・ド・メ。

 

サロン・ド・ジュヌスクールチュールへの

 

出品経験も積んでいきました。

 

1955年に帰国した後は、金属を使った

 

幾何学的な造形により、日本の抽象彫刻を

 

代表する存在となっています。

 

1981年には『CLOUD-4』で中原悌二郎を受賞し、

 

1990年には芸術選奨。

 

20062月にこの世を去ります。

 

 

 

作風

 

建畠覚造の作品は活動初期は、

 

ヘンリー・ムーアを思わせる人物像を

 

数多く手がけてきました。(なお1983年には

 

ヘンリー・ムーア大賞展優秀賞を受賞しています。)

 

とは言え建畠覚造の作品は

 

抽象彫刻へシフトする事に注目されており、

 

1970年頃になるとネクタイや雨傘などを

 

作品のモチーフに加えた、

 

ユニークな作品展開を行っています。

 

また1980年代からは金属のみならず合板も利用し

 

雲や風景を題材にした作品を発表。

 

さらに活動していく内に様々な素材を使うようになり

 

セメントや鉄、ブロンズに石膏やプラスチックなど

 

列挙すればキリがないくらいに

 

多種多様なアプローチを行ってきました。

 

 

 

関連用語

 

■ヘンリー・ムーアについて

 

イギリス及び20世紀を代表する

 

彫刻家として知られています。

 

人間や自然愛をテーマにした作品を数多く発表しており

 

また穴の空いた人物像が有名です。

 

なおヘンリー・ムーアもプラスチックや石など

 

様々な素材で作品を作っています。

 

 

■行動美術協会彫刻部

 

洋画と彫刻による美術団体です。

 

戦争の理由で一時解散になった二科会は

 

1945年に再結成となります。

 

その際に本来の二科会とは、方向性が違うことを理由に

 

元二科会の柏原覚太郎や古家新。

 

田辺三重松や向井潤吉などによって結成されました。

 

 

■合板

 

原木から作ったベニヤ板を幾つも合わせたものです。

 

加工のしやすさや強度の高さに特徴があります。

 

 

 

後進に教えを残した建畠覚造

 

建畠覚造は1959年に多摩美術大学の教授となり

 

1986年には武蔵野美術大学客員教授としても

 

就任します。

 

なお1992年に今までの作品をまとめた

 

「建畠覚造作品集」を出版。

 

多種多様な素材を使うなど、

 

研究熱心であることが伺える

 

建畠覚造の教えやその本は

 

後進の作家に大いに役立ったはずです。