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2019.08.16
骨董品

岩田久利【工芸作家/ガラス】

岩田久利(いわたひさとし)

 

ガラス工芸家の岩田久利は、1925年に

 

ガラス工芸家の岩田藤七の長男として

 

東京で生まれました。

 

その後東京美術学校の工芸部図案科で学び

 

在学中に第5回日展に出品した『硝子ぶどうの鉢』が

 

初入選を果たします。

 

また、同校を卒業後は制作活動の一環として

 

東京工業大学でガラスの組成研究なども行いました。

 

そして、30歳の時に第11回日展に『藻』を出品すると

 

特選を受賞。翌年の第12回日展でも

 

『萌生』が特選を受賞します。

 

また、この時期より光風会に

 

作品を出品し始めました。

 

1958年には日展会員となって

 

以後、数回日展の審査員を務めています。

 

そして、38歳の時には武蔵野美術大学講師、

 

窯業協会の理事も務めました。

 

その後、1972年には日本ガラス工芸協会を創立し

 

初代会長となります。

 

制作活動に於いては、1976年に第8回日展で

 

『孔雀文大皿』が文部大臣賞を受賞。

 

そして、1979年に紺綬褒章

 

1982年には第23回毎日芸術賞を受賞。

 

さらに第38回日本芸術院賞を『聖華』で受賞しました。

 

 

 

岩田久利の作品の特徴と技法

 

岩田久利は、作品に金箔を用いて繊細で華麗、

 

端正な美しさを表現する事を得意としました。

 

高度な技で緻密な技法を駆使し、

 

ガラスの不透明色の魅力を引き出すことで

 

常に新しい表現方法を発表し続けています。

 

色とりどりのカラフルなガラス作品を

 

芸術の域にまで高め、ガラス芸術における第一人者として

 

高く評価されました。

 

また、そのガラス作品は

 

生活の中において使えることを念頭に制作しており

 

岩田ガラスの名を一層高め、全国に浸透させました。

 

岩田久利は花瓶や壺、ぐい呑みグラスや小品など

 

多種多様な作品を残しています。

 

晩年には、黒、赤、白、青などの単色を用いて

 

躍動感ある大作に取り組みました。

 

 

 

岩田久利の評価される所以

 

岩田久利は幼い頃から父のガラス工芸作品に触れ

 

また青年時代には文学、演劇、デザインなど

 

多岐に渡る造詣への理解を深めて、

 

独自のガラス芸術の世界を打ち立てました。

 

その作品は文学、財界、政界など

 

幅広い層の人達から支持を受けています。

 

岩田久利の作品は、斬新かつ優美といえる作風

 

そして宙吹きガラスなどで

 

独自のガラス芸術の世界を創造し、

 

国際的にも高い評価を得ました。