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2020.06.11
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小坂芝田【日本画家/長野県/文展】

小坂芝田(こさかしでん)

小坂芝田(本名:為治郎)は1872年1月に長野県の伊那で生まれました。1888年に南画の山水画で知られている児玉果亭から南画と書について学び、1890年に東京に移り住むと、従兄であり、洋画と書道で多大な成績を築き上げる中村不折と共に暮らし始めます。

その後1895年には奥州を巡った経験を活かして『遊奥画存』を作り、1902年には有明山神社の神楽殿天井画を製作。1911年には積翠山房を立ち上げ、後輩たちを育てています。

また、この間には山岡米華達と共に日本南宗画会の設立に加わっており、1912年の第6回文部省美術展覧会においては『秋爽』が2等賞を獲得。以降も文展で活躍を続け、1910年の『深秋』や1911年『渓山積翠』により褒状となっています。

 

そして息を引き取ったのは、1917年の9月となります。

 

 

作風

小坂芝田の作品は中国発祥の南宗画から生まれた南画の、写実主義のテイストを取り入れているのが特徴です。

 

■南宗画について

普段は絵を描かない職である文人が描く、つまり文人画家による、山水画の事です。なお山水画は道教思想や陰陽五行説などを背景として、崇高な精神性によって描き上げるものだと言われています。

また南宗画と言う位置付けは、明時代の画家や書家でもある董其昌が提案したことが始まりとされています。南宗画と北宗画の2つによる南北二宗論を董其昌は打ち立て、南宗画の方が優れているとしました。

南宗画は中国の江南地方特有の平坦な地面と穏やかな風土の中で描かれ、水墨による柔和なタッチと感性の赴くままに描いているのも特徴です。

 

■写実性について

“写実”とは現実をありのままに描く事を意味します。絵画においては、19世紀のフランスにて、画家のギュスターヴ・クールベが内面にある感情や表現力を描いたロマン主義と対するものとして、写実主義として提案しました。

 

■南宗画に写実主義のテイストを取り入れた当時の背景

精神性を重視する南宗画は、写実主義とは相反するものであるように感じるかもしれませんが、明治末期から大正までの間、当時の日本画家達は南宗画に目を向けるようになりました。

元々南宗画は南画として日本で作られており、また西洋画の最先端の要素を取り入れる気運も高かったので、小坂芝田が南宗画に写実的要素を入れたのは必然だったかもしれません。

 

 

現在でも地元に愛されている小坂芝田の作品

小坂芝田の作品は地元の長野の画廊にて保管されています。また2014年5月に上伊那の美術愛好者達の芝田会の設立20周年に合わせた書画展では、伊那市の日本画家の作品を展示し、その中には中村不折や小坂芝田の作品もあります。

このようにして、今でも小坂芝田は地元で尊重されています。