陶芸家の大樋年朗は
1927年に大樋窯九代長左衛門の長男として
石川県金沢市に生まれました。
22歳の時に東京美術学校(現東京藝術大学)
工芸科鋳金専攻を卒業し、
1950年に日展に初入選を果たすと
以後1956年と1961年に北斗賞、1967年からは
日展審査員を11回務めています。
その後1982年には第14回日展で花器『歩いた道』
(東京国立近代美術館収蔵)が文部大臣賞、
また3年後には花三島飾壺『峙つ』
(日本芸術院会館収蔵)が
日本芸術院賞を受賞しました。
そのほか60代の時には金沢大学教授や
日本陶磁協会理事に就任、1997年には
サッチャー英国元首相に碧釉花瓶を献上しています。
さらに1999年には日本芸術院会員となり
続けて2004年には文化功労者に認定され
2011年、84歳の時には文化勲章を受章しました。
その後、現代工芸美術家協会理事長も務めています。
2016年、89歳の時には大樋陶冶斎を襲名し
著書に「楽焼きの技法」(雄山閣)、
「茶陶 大樋」(渓水社)、
「茶のやきもの『中国朝鮮』」(淡交社)、
「大樋長左衛門窯の陶芸」(淡交社)などがあります。
大樋年朗は、その作品によって
名前を使い分けています。
大樋焼の当主として創作する際には
「十代大樋長左衛門」、
日展や日本現代工芸美術展や個展など
自由な創作活動の際には「大樋年朗」
を使用しています。
元々、大樋焼は
裏千家の茶道と樂焼の流れを汲んでおり
1666年に金沢の大樋町で築窯しました。
その後、延々と大樋の土、
轆轤を使用しない手捻、飴釉で
侘び寂びの精神を伝承してきました。
作品には一貫して
大樋年朗の“創意創作”の意思が込められています。
単なる伝統や古典を継承するだけでなく
独自の創意工夫を加えていくことで
大樋年朗作品として評価を得てきました。
大樋年朗は、その活動を
海外にも積極的に拡げています。
1995年にヨーロッパに赴いてからは
その後20ヶ国以上の国々を訪れています。
また、陶芸以外の分野にも意欲的に関心を寄せ
絵画や漆芸、書などにも精通していました。
その伝統的な確かな技術を礎に、
現代的なアートを想起させる自由な発想の作品を
多く発表して評価を得ています。